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第25話 偽物
しおりを挟む「ああ、治癒は使わないで下さいよ? 使えば穴を増やしますからね? くふふっ」
灼熱のような熱量。
カルラの言葉は半分も耳に入らなかった。
痛覚神経を走る激痛。それが僕の意識を今にも飛ばそうとしてくる。
「おっと、ご苦労様でした。戦闘しながらの思考誘導は思っていた以上に大変でしたよ……まあ、その価値はあったようですがね――解除」
ぱちん! と――カルラは指を鳴らした。
リリアの瞳に違う光が宿った。
「あれ――え? 魔族、は、え……え? な、なんで、ユウト様……?」
リリアの手から赤く染まったナイフが落ちた。
音を立てて床へと落下した凶器からは、僕の体を流れていた血液が滴っていた。
リリアの慌てぶりは見ていて気の毒なほどだった。
今自分が何をしたのかも理解していないような……
涙を浮かべて子供のように僕へと魔族へと視線を動かす。
挙動が落ち着かず、強く混乱していた。
「ふむ? やはり軽い手ごたえですね。勇者の方も致命傷寸前くらいにしたかったのですが……無意識に抵抗しましたね? この男だと認識出来ないようにしたはずですが……興味深い。これは後で解剖でもしてみますかね」
喉の奥から熱いものが込み上がってきた。
血を吐き出す。不味い……傷が内臓まで達してる。
「な、なんでっ、わたっ、私……いやっ!? ユウト様! 嫌ですッ! いやァァッ!?」
リリアが傷口を抑える。
僕から零れ落ちる血液がリリアの手を濡らしていく。
彼女の行動をカルラは恍惚の表情で見守っていた。
「さて、勇者君。死ぬ前に答え合わせといきましょうか? 出来るだけ分かり易く簡潔に伝えるので、それまで生きていてくださいよ?」
カルラは時間を惜しむように続ける。
このひと時を楽しむように――
「何故、セラ・グリフィスのスキルやステータスを私が知っていたと思いますか?」
「何故、私が召喚されたばかりの勇者である貴方の名前を知っていると思いますか?」
「何故、これほど簡単に王城に進入できたと思いますか?」
僕は否定することが出来なかった。
だけど、それでもと必死に口を開いた。
意識が霞む。リリアが手で押さえて止血を試みるけど、止まらない。
文字通り血反吐を吐きながら、言い訳のような言葉を紡いだ。
「リ……リリア、以外の……内通者がいた可能性は……」
「ぷっ、はははっ、この問答意味あります? 貴方刺されてるのに少しでも庇おうとしてるんですか? ぷくくっ、美しいですねぇ……でも、無駄ですよ。全ては彼女の犯行です」
背中の熱が現実を見ろと激痛を送ってきた。
色々考えたけど……リリア以外にはあり得ない。
リリアは本当に偶然の中の偶然。
その中から正体を知られることなく拾い上げられた存在。
彼女と同じような魔族がそう多くいるとは思えなかった。
何よりもこの城の人間を全て調べたのは僕自身だ。
【神眼】がそれを証明している。この城に住んでいる魔族は、リリア以外に居ない――
「れ、隷属は……どう、やって?」
リリアには僕に不利な行動を禁止させていたはず。
「不利な行動だと自覚させずに操ることで解決できました。隷属は意思を強制させる力。その命令は害意のない相手には通じませんよ?」
もし操られる時間が短かった場合。
リリアがそれを知らなかったとしても不思議ではなかった。
「いやぁ、大変でしたよ。恋愛感情のような繊細な感情を植え付けるのは……ひひひっ、私のスキルは操られてる相手限定ではありますが記憶も読み取れますからねぇ? 丁寧に読み取ってやりましたよぉ! 楽しそうでしたねぇ? 仕込みが多くて苦労しましたが、くく、これを見たいがために私頑張ったんですよォ?」
ああ、それとも――と、カルラが言う。
「もしやその淫魔の気持ちに気付いていませんでしたか? はははっ、これは失敬しました! その女は貴方を好いていたようですよ? 偽物の感情ですけどね。くひゃひゃひゃひゃっ!!」
人の脳は一度思い込んだらそう思うようにできている。
長時間……それが無理だったとしても、仮に短時間しか操れなくても……思い込みで恋愛感情を勘違いし続けるというのは十分可能性があった。
「嘘……嘘です。私、え? 私は……ユウト、様を……え? え?」
カルラが今までで一番の笑みを浮かべる。
会心の笑み。
醜悪さが一際際立つ……その表情のままに言ってくる。
「恋愛ごっこは楽しかったですか?」
パリンッ――と。
心が砕ける音が聞こえた気がした。
「イヤァァアアアアアアアアアァァーーーーーーーッッ!!!!!?!!?!?」
子供のように泣き喚く。
嘘だ……嘘だ……と。
止血しながら、頬を涙が伝い続ける。
現実を受け入れることが出来ずに……ただ泣いていた。
「あああっ!? ユ、ユ゛ウト様! いやっ、ごめ゛っなさいっ! 死゛なないで! 嫌で゛ぅ! ごんなっ、こン゛なの、あ、あ゛んばりですっ!!」
その感情は偽物だったのだと。
僕を殺すために植え付けられたものだったのだと。
必死に傷口を抑えるリリア。僕の体から零れ出る熱が彼女を伝う。
「リ……リリ、ア……」
リリアが震える。
怒られることを恐れている子供のように。
許しを請う。
リリアは、必死に僕に対して……ごめんなさい、ごめんなさい……と。
僕は痛みを無視して体を起き上がらせた。今ばかりはこんなものは気にならなかった。
リリアの頭に手を乗せると――震えていた。
彼女も、そして……僕の手も。
「ごめん……ね。ごほっ……す、少しだけ……待ってて……」
え――? と。
リリアが顔を上げる。
泣いていた。
僕の友達が悲しんでいた。
だから、僕は――
「あの、糞野郎……ぶっ飛ばしてくる……っ」
そのこみ上げる激情のままに決意した。
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