美醜逆転世界で治療師やってます

猫丸

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第13話 本屋にて

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「ようやく帰ってこれたな」

「ですね、長かったです……」

 この街の光景が随分と久々に思える。肩をまわして凝った体を解した。
 長いこと馬車に揺られてグリルの街に帰ってきて早速トーワのいる治療院を目指した。
 自然と足取りも軽くなる。

「手土産でも買っていくか?」

「いいですね。何にしましょう?」

 そうして適当にブラブラしていると視線を感じた。
 嫌悪と侮蔑を混ぜて煮詰めたみたいな感じだ。胸が締め付けられる感覚がした。
 街のやつらが気味悪そうにアタシ達を避けていく。

「……ッ」

 シルヴィが自分の容姿を恥じ入るみたいに俯いた。
 目を伏せてばつが悪そうにフードで顔を隠す。
 トーワと話してから忘れかけてた……そうだった。これが”普通”なんだよな。
 ……なんとなく面白くなかった。
 睨み返したら視線が散っていく。

「ケッ」

 気を取り直して話しかける。シルヴィの顔色が曇ってるのは気のせいでもないんだろう。
 馬車の中ではさっきまでトーワに会えるって喜んでたのに……
 勿論アタシもだ。
 空気が重くなる。
 だけど、不意にシルヴィが口を開いた。

「そういえばギルドに報告が必要では」

 空元気にも見えた。けどそれで少しでも気が紛れるならいいだろう。

「あーそうだったな」

 誤報の報告でわざわざギルドに行かないといけないってのも面倒だけどな。無駄な手間を取らされた気がする。
 今回のクエストに参加したやつは報告と帰還したことを伝えないといけないんだったか。
 けどアタシ達の安否を心配してくれるやつなんているのかね?
 風評被害は無理やり黙らせてきたからな、特にアタシなんて色んな店から出禁食らってるし。
 野垂れ死んでても喜ぶやつのほうが多いんじゃねーか?
 ……まあ、別にいいけどな。

「けどなんか違和感あったな。上手く言えねーけど」

 そもそも大行進(スタンピート)程の事件が誤報であること自体がおかしい気がするんだよな。
 胸に何かがつっかえたみたいな違和感があった。

「そうですね……」

 シルヴィも顎に手を当てて思案していた。

「ま、気にしすぎても仕方ねーな。ギルドも調査は続けるだろうし、そっちに任せようぜ」

 考えすぎってこともある。
 何はともあれ報告は必要だ。さっさとギルドに伝えて終わらせよう。 

「私が済ませてきましょうか? パーティーならリーダーだけでよかったはずなので」

「お、いいのか?」

「たまにはリーダーらしいことしないとですからね。あのことで迷惑も心配もかけちゃいましたし」

 トーワとの出会い頭に襲い掛かったあの事件の事だろう。
 アタシはもう気にしてないんだがまだ負い目に感じてるらしい。相変わらずシルヴィは律儀なやつだった。
 そういうことならと、シルヴィと冒険者ギルド前で別れる。その足で治療院に向かおうと思ったけど、シルヴィに任せっきりにしてアタシだけ先駆けて行くのは悪い気もする。

「あっ」

 完全に忘れてたことを思い出した。
 ずっとトーワ関連のことで悩んでたから。
 こんなモヤモヤして嫌な気分のまま会いに行くのってのもあれだしな。
 治療師のことでゴタゴタしてたし。治療院にはしばらく出来てなかった気晴らしをしてから行こう。
 アタシは人で賑わう大きな通りから外れて行った。







「お、あったあった」

 この街には二軒の本屋がある。
 片方は冒険者の人や学者先生が行くような学術書を主に取り扱ったお堅い本屋。
 もう片方は主に大衆娯楽を取り扱った本屋だ。今回僕がやってきたのは後者だった。
 僕の治療院からは少しだけ遠いんだけど、同じ街中だし大きな手間でもない。引き籠りがちな僕にとっていい運動にもなるだろう。
 ここの本屋は小さいものだけど、王都の方には一般公開されている大規模な書庫があるとも聞いている。
 寄贈された本や、有名な過去の名作何かが置いてあるらしい。
 それを聞いていつかは王都に足を運んでみるのもいいかも、なんて思ったり。
 この世界では娯楽が少ないからね。ないこともないけど日本の種類豊富なエイターテイメントに慣れた僕の感覚ではやっぱり物足りなさを感じてしまうというか。
 ライトノベルとかも読んだことがある。こっちでは地球のラノベのような女の子の描かれた表紙はなかった。
 なかったというか表紙に描かれた人物はこの美醜の価値観がおかしい僕にとっては食指が伸びない絵だった。
 だから表紙に絵のない本が流通してたのは有難かった。読んでみたら思っていた以上に面白かったし。
 それからは嗜む程度に読んでいる。軽めの文体の物語が売られていたりするから、今回はそれ目当てで訪れたというわけだ。
 趣があり寂れた雰囲気の建物に入った。

「うぉぉ……いっぱいある」

 何を買うか目移りしちゃうな。
 古書のほかにも初めて見る物もあった。新しく入ったのかな?
 とはいえ僕の収入は大したものではないので、購入できる冊数は随分と限られてしまうけど。
 特に好んで読んでいるのは英雄譚だろうか。奥の方の棚に目を向けた。
 中には実在する人物をモデルに描かれたものがある。

「おお、まさかの続編出てる。これにしよう」

 とある冒険者の活躍を元にした物語だ。
 辞書のように分厚い『龍王』と表題が付けられている一冊を手に取った。
 僕これの前作読んでから大ファンなんだよね。何と言ってもエピソードが派手で全体的に迫力があった。
 この本の主人公になってる人物はまだ存命らしいけど、いつか出会えたりとかするんだろうか。

『龍王』『漆黒の英雄』『薬売りの神様』

 もう2冊ほどタイトルの格好良さで惹かれたものを選んで僕は顔を上げた。
 そういえば仲良くなった彼女たちはこういうのは読んだりするんだろうか。
 ミーナは……読みそうにも思えるけどどうなんだろう。体を動かす方が好きそうな気がする。
 アイリさんは……言っちゃなんだけど読まなさそう。完全に初対面の時のオラオラした空気のイメージで固まってる。
 一番読みそうなのはシルヴィさんだろうか。深窓の令嬢みたいな。綺麗で知的な見た目だから読書してるところとか似合いそう。
 でも自分の趣味を押し付けるつもりはないけど、もしも興味があるなら彼女たちともこういう話で盛り上がりたいな。
 趣味の共有ができる相手はどこかにいないものだろうか。
 高めの棚に置いてある1冊の本に手を伸ばした。

 ――アイリさんがいた。

 咄嗟に隠れた。いや、なんとなく。
 別に悪いこととかしてないし、後ろめたいことはないけど、向こうも姿を隠していたみたいだったから。
 久しぶりに見たアイリさん。長いこと会ってない感じがしたけど元気そうでなによりだ。
 フード付きのマントで姿を隠してるけど赤毛が見えるしアイリさんだと思う。何故か眼鏡もかけていた。
 本屋とアイリさんって随分とミスマッチな組み合わせに思えるけど、何しに来たんだろう。
 普通に考えたら本が欲しいとかだとは思うけど……あ、シルヴィさんもいたりするのかな? 付き添い?
 縮こまったようにコソコソとしていた。何やらキョロキョロと周囲を見回した後で本を1冊手に取った。
 あれ? もしかしてアイリさんも読書するのかな。まあさっきまでの考えは僕の偏見の入った勝手なイメージだったからね。
 アイリさんはどんなジャンルを読むんだろう?
 彼女は本を開いてぺらぺらとページを捲る。その隙に僕はこっそりタイトルに目を向けた。

『赤毛の姫と黒の王子様』

 へぇ、恋愛ジャンルか。意外と言えば意外ではあるけど、アイリさんの女の子らしい一面を可愛いと思う。
 僕も読んだことのあるタイトルなんだよね。確かお転婆な赤毛のお姫様が黒髪の優しい王子様と恋に落ちる王道のラブストーリーだ。
 話が合いそうだな。
 これ以上盗み見するのも悪いと思い、僕はアイリさんに声をかけて――

「……いいなぁ」

 もう一度隠れた。
 まさかだった。アイリさんはそういうタイプだったらしい。物語や登場人物に感情移入しすぎてついつい独り言っちゃう人。
 元の世界でもたまにいたけどアイリさんがそれだとは思いもしなかった。
 アイリさんはハッとしたように顔を赤くして周りを確認している。
 僕は僕で出ていくタイミングを逃してしまう。

 もう一度目を向ければ頬を染めてニマニマと顔を緩めている。
 アイリさんは立ち読みしていた手を止めて満足そうに本を閉じた。
 どうやら購入を決めたらしくそれを持ったままその隣の棚に並べられた学術書にも手を伸ばした。
 へぇ、学術書なんて読むんだ。しかも結構難しそうな……アイリさんって頭いい人だったのか。
 でも本格的に勉強したいならもう一軒の方が都合がよかったんじゃないだろうか?

 彼女は学術書を2冊持った。内容を確認することなく先ほどの『赤毛の姫と黒の王子様』の上と下に重ねた。丁度それをサンドするみたいに。
 そしてもう二度三度と辺りを見回す。

 ……エッチな漫画を買おうとしてる中学生かな?

 言いたい。アイリさんそれどうせ会計される時に見られるんだからあんまり意味ないですよ、って。
 駄目だ。出るタイミングを完全に逃した。
 アイリさんに恥を掻かせるわけにもいかない。なんでラブロマンスをあんな風に隠してるのかはよく分からないけど。
 とにかく彼女が出ていくのを待とう。
 アイリさんが学術書とそれに挟んだ『赤毛の姫と黒の王子様』を手にこちらへ歩いてくる。
 いや、落ち着こう。ただのお客のふりをしよう。後ろを向いてたらアイリさんだってわざわざ――

「トーワ?」

 ……バレた。
 振り向けばそこには唖然としたまま固まったアイリさんがいた。

「あ、えーと、どうも」

 会釈する。
 というか何で僕だって分かって……あ、黒髪か。そういえばこの世界では珍しい色だったことを思い出す。
 でもしばらくぶりに再会した彼女は以前と変わりないようだった。元気そうでなにより。
 ただ顔がだんだん赤くなっていってる。
 声をかけた後で「やべ」みたいな顔をして手を後ろに回していた。

「お久しぶりです。元気そうでよかった」

 僕は気を取り直して戸惑い気味の彼女に声をかけた。ここまで来て知らんぷりってのもおかしいし。

「お、おう。ギルドの方でゴタゴタしててな……」

 やっぱり冒険者稼業のことで忙しかったらしい。あの日から一度も来てくれないから心配してたけど杞憂だったみたい。
 アイリさんは今も手に持った3冊を後ろに回して見えないようにしている。

「アイリさんも本を買いに来たんですか?」

「……そうだな。ちょっと勉強したくてな」

 そう言って先ほどの本を見せてくる。学術書で挟んでいるので間の本は見えない。
 なんで隠してるんだろう? 女の人が恋愛ストーリーが好きって至って普通に思えるけど。
 アイリさんはどことなく気まずそうに再び本を下げた。

「算術をちょっとな」

 算術か。この世界では日本ほど教育機関は普及してないけど識字率は高めだ。だけど四則演算ができない人がチラホラいたりする。
 今見せてくれたのは歴史書だったけどスルーしておいた。碌に内容も見ないで決めるから……
 とはいえ理由は分からないけどアイリさんがわざわざ隠そうとしてるみたいだったので、話を合わせる。

「へー、凄い。僕はそういうの苦手なんですよね。なんかややこしいというか眠くなるというか」

 そうなのか? と少し意外そうなアイリさん。

「けど分かるな……アタシも数字ばっかり見てると頭痛くなるしな」

 アイリさんも同じようなことを思っているらしい。
 やっぱり勉強好きな人って珍しいよね。凄いとは思うけどさ。

「トーワも本読むんだな。どんなの買ったんだ?」

「僕は英雄譚ですね。他には恋愛物とか好きですよ。逆に御堅いのはそこまで読まないですね。軽めのが好きです」

「は、はー、恋愛なぁ。アタシにはよく分かんねーかな? ……英雄譚は好きだけどよ」

 何かよく分からないことを言い出した。
 もう一度アイリさんの手元に目が行ってしまう。

「……そうなんですか?」

「ああ、見ててワクワクするよな。アタシも負けてらんねーって戦いたくなる」

 そう言って快活な笑みを浮かべた。

「恋愛物は見ないんですか?」

 アイリさんは手元の本に視線を揺らした。

「あ、アタシは見ねーな。他人の色恋沙汰なんざ見て何が面白いんだ?」

 何と戦ってるんだこの人は。






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