美醜逆転世界で治療師やってます

猫丸

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第25話 手紙

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 トーワさんに想いを告げた日から既に8日。
 日に日に拠点の空気は重くなり、今では顔を上げる元気もありません。
 ミーナさんも食事作りを続けていますが明らかに集中を欠いてきていて失敗が増えています。
 私もボーっとして失敗をしてしまうことが何度かあったり……
 アイリさんも本を読んでいたかと思ったら全然進んでいません。

 最近では、ミーナさんの自室の前を通ると部屋から夜な夜な「みぃみぃ」と聞こえてきますし……あれが求愛の声なんですかね。
 初めて聞きましたが、とても切なそうな鳴き声でした。
 私に向けられたものじゃないと分かっていても、罪悪感のような感情を抱いてしまいましたよ。
 いつも遅くまで本を読んでるアイリさんの部屋もここのところずっと灯りがついていません。
 クエストがない日はよく灯りが遅くまでついていたのに……

「うぅ、トーワさん……会いたいです……」

 胸のところがシクシクします。
 私を含め限界が近いのかもしれません。









「さ、さすがに長くないか……?」

 アイリさんの言葉に私は頷く気力もありません。
 様子を見に行った方がいいんでしょうか。
 でも急かしてるみたいで気が引けますね……

「アタシ達が一緒に暮らしてることって言ったよな?」

「……言いましたね」

「住所も知ってるよな?」

「ミーナさんが一度ここを教えてるらしいので大丈夫だと思いますが……」

 アイリさんが再度ため息を吐きました。
 駄目ですね。このままだと良くない……空気を変えるためにも提案しました。

「明るいことを考えましょう……」

「明るい……例えば?」

「ほら……えーと、もし選ばれたらみたいな。結婚生活とか」

 少しでも明るい話題をと思い言ってみました。
 するとアイリさんはまたため息を……

「んなもんずっと考えてるよ」

「ずっと上の空だったのって、それ考えてたからなんですか……」

「おう……」

 と言いつつアイリさんは、ぽつぽつと語り出しました。
 理想の未来を語るアイリさん。とても幸せそうです。
 少しでも気を紛らわせてほしいと願った私の思惑は上手くいったみたいだった。
 仲間のそんな楽しそうな姿を微笑ましく思っていると不意にアイリさんは表情に影を落としました。

「でも断られたらそれも全部ただの妄想で終わるんだよな……」

 く、暗い。
 暗いですよアイリさん。

「そういうシルヴィはどうなんだよ?」

「私は、トーワさんが隣にいてくれたらそれだけで」

「おい、純情ぶるなよムッツリエルフ」

「し、失礼な!」

 ムッツリエルフ……その不名誉なあだ名まだ残ってるんですか……
 その時、勢いよく扉が開く音がした。
 ドタドタと慌ただしい足音が近づいてくる。
 ミーナさんの声が聞こえてきました。

「き、来た! 手紙っ!」

「ッ!?」

 がたん!
 私とアイリさんが勢いよく立ち上がる。
 椅子が倒れましたがそんなのはお構いなしにミーナさんに詰め寄ります。

「な、なんて書いてある!?」

「待って、今、開けるから!」

 しかし、ようやく届いた手紙は望んだものではなかった。
 裏面を見た時に違う名前が書かれていたので。

「……アラン?」

「誰だ……?」

 アイリさんに視線で問いかけられたので首を振ります。
 聞いたことがある名前で言えば、A級の冒険者の方でアランという方がいます。
 ただ過去に実在した英雄にあやかった名前なのでポピュラーな名前なんですよね。
 この情報だけでは絞り込めないです。
 この街にはトーワさん以外にはロクに知り合いもいませんし。

「でも、宛名はあってる」

 確かに私たちの名前が表面にある。
 その下には”銀翼へ”ともあります。

「とにかく開けてみましょう」

 トーワさんからの物でなかったことは、内心残念ですが……
 しかし、内容を見てアイリさんとミーナさんは目の色を変えた。勿論私も。
 そこにはトーワさんの名前が記されていたから。


◇ ◇ ◇

 先に言っておくと、これはトーワから頼まれて書いた内容だ。
 あいつは文字が書けないみたいだから、俺が代筆することになった。
 こういう手紙を書く時の礼儀みたいなのは知らないから、多少のことは許してほしい。
 でだ。早速あいつからの伝言をそのまま伝える。

 ”お久しぶりです。色々あって帰るのが遅れてしまいそうです。
 返事ももう少し遅れてしまうと思います。
 帰れる目途が立ったらまた連絡します。
 こんな時に本当にごめんなさい。”

 だそうだ。
 あいつも色々気を遣ってるとは思うが、こりゃちょっと言葉が足りない気もするな。
 俺が今余計なことを言うわけにもいかないが、あいつのことに関しては大丈夫だとだけ言っておく。
 まだしばらく滞在をする予定だ。
 どうしても心配なら”ギールの村”まで来るといい。日時が合えば大型のリザード便なら数日で来れる。
 きっとトーワの奴も喜ぶだろう。


◇ ◇ ◇


「ギールの村……ってどこ?」

 ミーナさんの言葉に全員が顔を合わせた。
 聞いたことがある気はしますが……
 するとアイリさんが答えた。

「確か、西の方にある大きめの村だった気がするが……」

「どの辺り?」

「地図持ってきましょうか?」

 頼む、とアイリさんの言葉を受けて急ぎ地図を手に戻りました。
 この近辺の地図を広げる。
 あまり詳細なものではないけど、地図は貴重品です。

「馬車で、10日くらいだろうか?」

「……ちょっと遠いな」

「あ、でもリザード便ってありますよ」

 リザード便とは、グリルの街を経由していくつかの村や街を行き来する、大型の魔物を利用したスケールの大きい馬車のようなものですね。
 馬車よりも速く大人数が乗れるため、護衛や商品を乗せた商人の方たちなどに人気の移動手段です。速度も出ることからちょっとした名物みたいな扱いにもなっていると聞いたことがあります。
 確か4日ごとに1便しか出ていないはずですが……
 詳しいことは調べないと分からないけど、馬車で10日ならリザード便で2~3日前後くらいでしょうか?

「少なくとも忘れられてるわけじゃなかったな」

 そうですね。と頷いた。そこは懸念していたところなので一安心です。
 けど隣でミーナさんが考え込んでいました。

「どうした?」

「ギールの村は、少し前に魔素溜まりが見つかったという情報が……」

「ああ、そういやこの前ギルドで聞いた気もするな」

「うん」

 魔素溜まりとは、神代の巨大な魔物の死体などが長い時間をかけて魔素化した……簡単に言うとエネルギー源です。
 魔力の貴重な燃料にもなると同時に、放置すればその場に魔物が集まり易くなったりといった危険もあるものなんですが……
 トーワさんはお仕事でその村に行ったんでしょうか?
 私と同じ疑問を感じたのかミーナさんが口にします。

「仕事ということ?」

「それは分かんねーけど、そんな危ないところにいてトーワは大丈夫なのか? 怪我とか……」

 ミーナさんが身を翻しました。
 武器だけを手に持って早足で――って、早いですよ!

「待て待て、落ち着けってミーナ。慌てたら入れ違いだってあるかもしれないだろ。もうちょっと考えてからでも……」

「でも、確かリザード便は今日だったはず。逃したら次は」

 ミーナさんの言葉が言い終わらない内にアイリさんがその身一つで出て行こうとします。
 急ぐぞ! と私たちを急かした。
 確かにこれ以上待つとなったら不安でどうになかりそうですけど……
 私は最低限の荷物を手に慌てて二人を追いかけるのだった。







 街の郊外に位置するこの場所にはそれでも人が沢山います。
 でも砂塵があたりを包み目を開けるのも少し大変です。
 見たことはありますが、ここまで来たのは初めてですね。
 リザード便の乗り場には数頭の魔物が並んでいます。 
 この砂塵はあの巨体が動いたときに舞う砂埃でしょうか。しかし改めてみると……ちょっと大きすぎませんかね?
 以前戦闘になった飛竜の方が大きい気はしますけど、ここまでの近距離で見上げたことはありませんでした。
 間近で見ると迫力が違いますね。
 さすがに似たようなサイズの魔物との戦闘経験もあるので怖いということはありませんが後衛職の私にとっては少しばかり新鮮な視点です。
 私とは違い、普段から近距離戦闘をしている二人はまだ驚きが少なそうですが。

「グランドリザード……別名”砂岩竜”とも呼ばれている」

「……もうこれ小さいドラゴンですよね」

 魔物図鑑で見たことがあるような……翼や尻尾が退化した爬虫獣類。
 リザードという名前だけど、竜の子供と比較してもサイズは遜色ない。
 馬とは比較にならない程の馬力があり、調教のしやすさから竜車を引く魔物として人気が高い。でしたっけ。
 積み荷や人が乗る部分は二段構造になっていて、下部には巨大な車輪がついている。これだけで私よりも大きい。

「シルヴィ……乗ったことは?」

「ないですね……変な目で見られるので……」

 うん、とミーナさんが力なく頷きました。
 ですよね……大勢と一緒になる乗り物なんて私達には苦行ですよ。
 低位のころは乗合馬車に身を縮めて乗っていましたが、ある程度移動手段を選択できるようになると他の人と乗り合わせないことを優先的にしていましたからね……
 クエストもグリルの街を中心に受けたので長距離移動の経験はそこまでありません。
 向こうからしても私達みたいな女と一緒にだなんて同じく苦行にしかならないでしょう。

「確かに目立つ……うぅ、人も多いし」

 ミーナさんが私の影に隠れた。
 私たちの周りだけ妙に人が少ないのは気のせいではないんでしょう。
 避けられている。居心地が悪いです……

「そこの露店で防塵用のマスクとローブ買ってきた」

 アイリさんが顔を覆うフルフェイスのマスクを出した。
 それと体を覆うローブも。
 有難すぎますね。お礼と共に受け取った。

「気が利く。感謝する」

 皆に距離を置かれながらリザード便に乗り込みました。
 隠す前に見られてましたかね……乗客の方たちからの嫌悪の視線が怖い。
 それでも顔が見られないというのはだいぶ楽でした。アイリさんに感謝ですね。
 そこでアイリさんが「ん?」と首を傾げました。

「どうしたの?」

「トーワが怪我人を治すために治療師としてその村に行ったと思ってたが……」

「違うんですか?」

 アイリさんが首を振ります。

「日時的に魔素溜まりの情報が持ち帰られたのは前回のリザード便の帰り、だった気がするんだが……」

 私も気づいた。
 仮にそこで怪我人が出ていたとしてトーワさんはそれを知る前にギールの村に向かっている。

「ということは……トーワは何をしに?」

 ミーナさんも首を捻った。
 ここで考えても答えは出ない気がします。

「なんにせよトーワが怪我してないといいんだが……」

「手紙には大丈夫と書かれていましたが」

 私たちの不安を他所にリザード便が動き出しました。









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