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夜 年波が引く
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人通りの少ない住宅街に古い木造建築の民家があった。表札はない。そこに似つかわしくない一台の高級車が止まった。
後部座席に座る中年の女Yは運転手に待機するよう命じ、車から降りた。
高いヒールを履き、いかにも高級そうなコートを羽織り、サングラスをみにつけて。
女はある望みを持ってここへやってきていた。
それは愛人契約を結ぶ男Kから聞いた、ある話に由来する。
『まだ君と出会う前、会社に売り込みに来た発明家がいたんだ。俺はその発明品の素晴らしさを見抜き、買い取るよう上司に熱心に説得したんだがね、発明家の身なりで判断し採用されなかった。そのあと、個人的に彼を支援して、ある発明品のおかげで私は今の地位にまで上り詰めたんだ。信じられないって顔をしているね。でも、これは本当の話なんだよ。彼の発明は凄すぎて、世に出回ると世界のパワーバランスが崩壊しかねないほどだ。彼もそのあたりは理解し、私だけの独占契約を結んでいる』
ある日Kが酒に酔って口を滑らしたときの、嘘のような話……。
その発明家の住所がここだった。
女が呼び鈴を押そうとすると、突然扉が開き男が現れた。
その男は背は低く、やや猫背で、眼鏡をしていた。眼光は鋭く女よりも若く見える。そして、なぜか手にスピーカーを持っていた。
「Yさんですかな?」
「!?」
女はここへ来ることはもちろん、まだ名前も告げていない。
なぜわかったのか疑問に思っていると、男は自分の胸に付けた虫型のブローチを指さし、
「このブローチが来訪者を教えてくれるんじゃ」
と、年寄りみたいな口調で教えてくれた。
にわかには信じられない話だったが、本当にそのブローチが教えてくれたのだとしたら、それは発明品であり、いまもここに発明家が住んでいるということ。そして、私の望みは叶うかもしれないと期待が高まった。
「御冗談を……といいたいところですが、私はKさんと親しい間柄でして、素晴らしい発明家によるものだと御推察いたします。ところで、今御在宅でしょうか?」
「御在宅も何もわしがその発明家じゃな。この発明品で若返ったことで勘違いしておるようじゃがの。Yさんの望みもそれじゃろ?」
と言って、先ほどから不自然に抱えていたスピーカーを手渡された。
「え!?」
これにはひどく驚かされた。
「こ これは? というよりまだ話してもいないのに……まさかそれも発明品で知っていた!?」
男はニッコリと笑い肯定した。
女はこの発明家は本物だと確信した。
そう、女の望みとは若さを取り戻すこと。
40代に入り、しわや肌のたるみが気になり始めていた。
普通なら気にすることもないが、女は老いに対して恐怖を感じている。
なぜなら、愛人契約を結ぶKに捨てられるかもしれないからだ。
容姿の醜くなった愛人など必要ない、若い女に乗り換えようとKは考えるかもしれない。
そう予感させる理由として最近は、メールだけで部屋にも来なくなっている。
そういったことから、藁にもすがる思いでここへやってきたのだった。
「Kさんには世話になっておるからのぉ。こうした発明にかかる費用を支援してもらっておる。世には出ないが研究に専念することができたし、その若返るスピーカーを完成させることもできた。タダでというわけにはいかんが、ゆずってやってもよい。まぁ、あなたなら売ってもKさんは納得してくれるだろう」
女は喜んで購入し、男から使い方を教わった。
この若返るスピーカーに付いているボリュームを上げると若返る速度が上がるのだが、個人差があるので最初は最低の1メモリから始めること。
眠っている間に効果があるので眠る前に使用すること。
また、難しいスピーカーの原理も説明されたが、要約するとスピーカーから出る音が体の細胞を活性化し、新陳代謝によって徐々に若返っていくそうだ。
女は帰宅しその夜、使い方に従いボリュームのメモリをセットし眠った。
翌朝。
女はいつも通り鏡を見ると、すでに目元に効果が表れていることに気付いた。
「うそ……!?しわが消えてるわ。信じられない」
そして、その夜もスピーカーをセットする。その翌朝、法令線が薄くなり肌に張りが戻る。女は徐々に若返っていった。
情夫であるKが久しぶりに女のところへやってきた。
一緒に食事をし、お風呂に入り女が髪を乾かしていると、ベッドに横たわるKから見つめられている視線を感じた。
女は鏡越しに問いかけた。
「どうかした?」
「ん いや なんでもない」
女は薄く笑った。
女は毎日スピーカーをセットし、今では30代前半にまで若返っていた。
「このままいけば完璧な私に戻れる。何不自由ない生活は続く」
鏡に映る女はとても美しかった。
久しぶりに来たあの日以来、また来なくなっていたKから連絡があった。
「最近ずっと忙しく、君の所へ行けなくてすまない。わが社の命運をかけたプロジェクトが大詰めを迎えていてね。かかりっきりだったんだ。だけど、それもうまくいったよ。ようやく休みが取れそうなんだ。今度二人で旅行しよう」
「本当に!?約束よ、破ったら承知しないからね」
女は電話を切ると喜びのあまり小躍りした。
「やだ、私ったら大人げない。でも仕方ないか」
と言って、鏡に映る20代前半の自分を見て笑った。
旅行前日の夜。
女はさらに磨きをかけるため、ボリュームを多めに回し、セットした。
翌朝、女の寝床からおぎゃーおぎゃーと赤ん坊の泣き声がした。
後部座席に座る中年の女Yは運転手に待機するよう命じ、車から降りた。
高いヒールを履き、いかにも高級そうなコートを羽織り、サングラスをみにつけて。
女はある望みを持ってここへやってきていた。
それは愛人契約を結ぶ男Kから聞いた、ある話に由来する。
『まだ君と出会う前、会社に売り込みに来た発明家がいたんだ。俺はその発明品の素晴らしさを見抜き、買い取るよう上司に熱心に説得したんだがね、発明家の身なりで判断し採用されなかった。そのあと、個人的に彼を支援して、ある発明品のおかげで私は今の地位にまで上り詰めたんだ。信じられないって顔をしているね。でも、これは本当の話なんだよ。彼の発明は凄すぎて、世に出回ると世界のパワーバランスが崩壊しかねないほどだ。彼もそのあたりは理解し、私だけの独占契約を結んでいる』
ある日Kが酒に酔って口を滑らしたときの、嘘のような話……。
その発明家の住所がここだった。
女が呼び鈴を押そうとすると、突然扉が開き男が現れた。
その男は背は低く、やや猫背で、眼鏡をしていた。眼光は鋭く女よりも若く見える。そして、なぜか手にスピーカーを持っていた。
「Yさんですかな?」
「!?」
女はここへ来ることはもちろん、まだ名前も告げていない。
なぜわかったのか疑問に思っていると、男は自分の胸に付けた虫型のブローチを指さし、
「このブローチが来訪者を教えてくれるんじゃ」
と、年寄りみたいな口調で教えてくれた。
にわかには信じられない話だったが、本当にそのブローチが教えてくれたのだとしたら、それは発明品であり、いまもここに発明家が住んでいるということ。そして、私の望みは叶うかもしれないと期待が高まった。
「御冗談を……といいたいところですが、私はKさんと親しい間柄でして、素晴らしい発明家によるものだと御推察いたします。ところで、今御在宅でしょうか?」
「御在宅も何もわしがその発明家じゃな。この発明品で若返ったことで勘違いしておるようじゃがの。Yさんの望みもそれじゃろ?」
と言って、先ほどから不自然に抱えていたスピーカーを手渡された。
「え!?」
これにはひどく驚かされた。
「こ これは? というよりまだ話してもいないのに……まさかそれも発明品で知っていた!?」
男はニッコリと笑い肯定した。
女はこの発明家は本物だと確信した。
そう、女の望みとは若さを取り戻すこと。
40代に入り、しわや肌のたるみが気になり始めていた。
普通なら気にすることもないが、女は老いに対して恐怖を感じている。
なぜなら、愛人契約を結ぶKに捨てられるかもしれないからだ。
容姿の醜くなった愛人など必要ない、若い女に乗り換えようとKは考えるかもしれない。
そう予感させる理由として最近は、メールだけで部屋にも来なくなっている。
そういったことから、藁にもすがる思いでここへやってきたのだった。
「Kさんには世話になっておるからのぉ。こうした発明にかかる費用を支援してもらっておる。世には出ないが研究に専念することができたし、その若返るスピーカーを完成させることもできた。タダでというわけにはいかんが、ゆずってやってもよい。まぁ、あなたなら売ってもKさんは納得してくれるだろう」
女は喜んで購入し、男から使い方を教わった。
この若返るスピーカーに付いているボリュームを上げると若返る速度が上がるのだが、個人差があるので最初は最低の1メモリから始めること。
眠っている間に効果があるので眠る前に使用すること。
また、難しいスピーカーの原理も説明されたが、要約するとスピーカーから出る音が体の細胞を活性化し、新陳代謝によって徐々に若返っていくそうだ。
女は帰宅しその夜、使い方に従いボリュームのメモリをセットし眠った。
翌朝。
女はいつも通り鏡を見ると、すでに目元に効果が表れていることに気付いた。
「うそ……!?しわが消えてるわ。信じられない」
そして、その夜もスピーカーをセットする。その翌朝、法令線が薄くなり肌に張りが戻る。女は徐々に若返っていった。
情夫であるKが久しぶりに女のところへやってきた。
一緒に食事をし、お風呂に入り女が髪を乾かしていると、ベッドに横たわるKから見つめられている視線を感じた。
女は鏡越しに問いかけた。
「どうかした?」
「ん いや なんでもない」
女は薄く笑った。
女は毎日スピーカーをセットし、今では30代前半にまで若返っていた。
「このままいけば完璧な私に戻れる。何不自由ない生活は続く」
鏡に映る女はとても美しかった。
久しぶりに来たあの日以来、また来なくなっていたKから連絡があった。
「最近ずっと忙しく、君の所へ行けなくてすまない。わが社の命運をかけたプロジェクトが大詰めを迎えていてね。かかりっきりだったんだ。だけど、それもうまくいったよ。ようやく休みが取れそうなんだ。今度二人で旅行しよう」
「本当に!?約束よ、破ったら承知しないからね」
女は電話を切ると喜びのあまり小躍りした。
「やだ、私ったら大人げない。でも仕方ないか」
と言って、鏡に映る20代前半の自分を見て笑った。
旅行前日の夜。
女はさらに磨きをかけるため、ボリュームを多めに回し、セットした。
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※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
「寄る年波」と引っ掛けて夜に年が引く(若返る)という発想が面白かったです。
感想頂けるとは思ってなかったのでうれしいです。ありがとうございます。