君…から

megi

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第2章 君を忘れないといけないから

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 朝6時に、目が覚めると、いつものように、ギュウギュウ詰めの満員電車に揺られて、会社へと通う変わらない毎日。

 変った事と言えば、詩織を呼ぶ時に「詩織先輩」から「詩織さん」と、距離が縮んだ。

 あれから、良太は、何故、自分と寝たのか? 自分の事をどう思っているのか? 聞いてはいない。自分の事を他人に問うなんて、勇気がいる。

 そう言えば、不思議と、社内で、彼女の男性関係の話は、耳にした事はない(あんなに、綺麗なのに……)。

「よっ、古賀!」
「宮部、おはよう」

 エレベータへ、乗り込もうとした時、宮部が、走り込んでくる。

「昨日はさっ、経理部のあの子とさぁ……」
「また、寝たの? そのうち、誰かに、刺されるんじゃないの?」
「綺麗な子に、刺されるんなら、本望だよ……!」

 宮部の女性との関係は、一夜限りの関係が、多い。

 彼が、言うには、1人の女性と関係を続ける事は『勿体ない』事だと、豪語する。

 エレベーターから降りると、資料を手にした詩織が、歩いてくる。

 彼女が、歩く時は、爽やかな風が、吹く。

「おはよう! 古賀君! 宮部君!」
「おはようございます」
「何、楽しそうに話してたの?」
「いえ、加賀がですね……彼女が欲しいって言うもんだから」
「言ってないだろう!?」
「こいつは、奥手ですからね……」
「あらっ、そんな事はないと、思うけど……」

 詩織は、ニコリと、笑って、その場を去る彼女の後ろ姿は、黒のノースリーブカッソーに、グレーのタイトスカート姿。頭の上で丸めた髪から、チョンと出た髪が、ピョンピヨンと跳ねる。

「かぁ……いいお尻してるなぁ……あれをお前は……!?」
「そういう言い方、止めろよ!」
「なんだ、独り占めか……」

 宮部の声は、相変わらず大きい。詩織は、ピタリと脚を止めて、戻ってくる。

「宮部君!」
「はっ、はい……」
「そんな目で、女性を見ていると、痛い目にあうわよ!」
「……はい」
「古賀君も、いつまでも、学生みたいな事を言わないの!」
「はい……」

 詩織は、ニコリと笑い、また、去って行った。

 怖っ!? あとから何を言われるか、考えただけでも、怖い……。

 パソコンで、資料を作成しながら、チラチラと、詩織の様子を伺う。

 彼女は、顔を上げる事がない(きっと、聞こえたんだよね……怒ってるんだ……)。

「何か、気になるの?」
「あっ、いえ……」
「そっ!」

 詩織の態度が、そっけない(怒ってる……)。

 *

「この商品は……」

 今日は、今度オープン予定のオーガニックストアーに、卸す商品のプレゼンの為に『株式会社ナチュラル』へ、詩織と来ている。

 会議室に、数人の役員と担当者へのプレゼンは、緊張する(僕が、プレゼンしているわけでは、ないけど……)。

 スクリーンに映る折れ線グラフと、数々ある商品の画像。椅子に踏ん反り返る中年男性と、薄めのメイクに、ツンと澄ました顔の女性を前に、詩織の堂々と説明をする姿は『見事!』の、一言に尽きる。

「じゃぁ……目玉となる商品は、何を入れるんですか?」
「はい! それについては、古賀から、報告します」
「お疲れ様です! 『ニコニコ商社』の加賀です! こちらの商品は……」

 良太の初めてのプレゼン。詩織のアドバイスで、作った資料を片手に、目薄めのメイクの女性へ商品の説明をしていく。

「なるほど……! いいですね……」

 難しい顔をした役員達は、互いに顔を見合わせると、うんうんと頷き、口元が緩む。

 プレゼンは、滞りなく、無事に、終了した。

「フゥ……」
「お疲れ! よかったよ!」
「ありがとうございます! 緊張しました……」
「初めは、そんなものよ!」

『株式会社ナチュラル』を出ると、自動販売機の前で、缶コヒーを片手に、おごそかな『お疲れ会』をする。

「あのう先輩……」
「何……? ってか、詩織でいいよ……」
「じゃ、詩織さん!」

 この時から彼女の事を2人きりの時は『詩織さん』と、名前で呼ぶようになった。

「うん!」
「僕は、どうしたらいいですか?」
「……何が?」
「僕……詩織さんと、寝たんですよね? だったら責任を取らないと……」

 良太は、何故、そんな事を、言ったのか、わからない。つい、口走ったが、正しいのかもしれない。酔った事の出来事とはいえ、詩織の悲しみに付け込んで、簡単に、女性と関係を持つような、軽い男には、思われたくはなかった。

「責任か……」
「はいっ……!」
「簡単に、口にするもんじゃないわ!」
「でも……」
「咲ちゃんだっけ? どうするの?」
「そっ、それは……」

 良太は、言い返す事が、できなかった。心が、痛かった。詩織に言った『責任を取る』は、本気だった。

「良太が、決心できたら、もう1度、告白して!」

 彼女が、悲しんでいるなら、少しでも、力になれたら……浅はかな考えだった。

「戻ろうか……」
「……はい」

 心に咲がいるのに、他の女性へ、告白するなんて……僕は、詩織さんの女性としてのプライドをバカにしたのかもしれない。

 母親に、いたずらを窘められた子供のように、前を歩く詩織の後を5歩離れて歩く。
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