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III章 どでかい花火で人生終幕?

39話 世界で一番長い日(6) 諸行無常のバグり島

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花火が打ち上がる夜空の下、ハーモニーは続きます。

♪ドーンドーンドンッ♪

♪ビキビッキィッーー♪

「お前はあかん!お前はええわ!」

「落ち着け!」
「落ち着け!」

「これが落ち着いていられるか!」

「ヒェッ怖っ。コイツァ、キレてやがるぜ!」
「逃げようぜ、きゃぷてん!」

そう言ってボブときゃぷてんは歩みを進め、そんな彼らをぼくは、「待てぇー!」とルパンでも追うように声をあげました。

人混みを押し分け早歩きで進むとは、なんて迷惑な奴らなんでしょう。

茶番にも飽きたのか、シンプルに疲れたのか、ぼくらは歩道の端にみつけたベンチに腰掛けました。

一息つくと、ボブはぼくの顔をジロリとみて呟きました。

「ドンビカチュウか」

「ドンピカチュウってなんやねん」子供たちの人気者、ピカチュウと呼ばれたぼくは少し嬉しそうにボブに言い返しました。

「ドン引きされるピカチュウってことや。ドン引きされてるから」

「誰がドンピカチュウや!」

「あんなキモいメール送っといてよう言うなあ」

♪ビキビッキィー♪

たたみかけるように続くボブの口撃と、横でちゃちゃをいれるきゃぷてんの合いの手は、ぼくの全身から力を奪っています。


そして、ベンチに座り下を向いていたとき、ひときわ大きな音がぼくの耳を貫きました。
 
ドーン

「ウルセェ黙れ!
ドン引きの歌はもううんざりや!!」

「俺らちゃうぞ?」
「花火の音や、あれは」

至って冷静な、ボブときゃぷてんをみて、ぼくは取り乱す自分が恥ずかしくなりました。

少し冷静になり、冷静に今の現実を振り返ります。

「メールの文章は褒めてくれたやん。
'気持ちは伝わってる。ええ文章って
言うたやん'」

訴えるようなぼくの問いかけにボブは優しくもなく言い放ちました。
「気持ちは伝わってるよ。
ただ浅倉さんはたいして話したこともない相手から一方的に好意を押し付けられてるんやぞ。
伝われば伝わるほど浅倉さんはとっしーを遠ざけるのが普通ちゃうんか?」

「なんやと..!」豆鉄砲を食らったような顔になるぼくに、ボブときゃぷてんはさらに語ります。

「まあ、今日の昼にフラれているからな」
「逆になんで浅倉さんが一人で花火に来てると思ったん?友達と来てる可能性高いし、友達と来てたらとっしーとは合わへん」
 
「それをメール送る前に言ってくれよ!!」

「言ったやん」

「じゃあ、俺を止めてくれよ、そんなメール送るなって!」

「止めはせんよ。止めたらおもんないやん」

「おもんない??もしかしてお前ら...」

「あのメール送って、浅倉さんがドン引きして、とっしーが'うわあっー'って叫ぶまで俺たちは見たいねん。
それがおもろいからな」
「せやな、あのパターンが一番好きや」

「て、テメェら!」
バイナイ事件で判明した、ボブときゃぷてんのお笑い至上主義がここでも露呈し、ぼくは怒りを抑えきれません。

塩らしい馬顔を、整った顔立ちのボブにグッと寄せて、今にも殴りかかりそうなそのとき、はるか上空で特大花火が打ち上がったのです。

ヒュルルルルー
ドーンッ!!!

♪ドーンドーンドン♪
すかさず歌い出すボブに、
♪ビキビッキィー♪
合いの手を入れるきゃぷてん。

忌まわしい歌の前に花火の爽快感が一瞬で消え去ったぼくは突っ込む気力さえ湧きませんでした。
 
そうして花火大会が終わり、人々とともにぼくらも帰路につきます。


電車内でのぼくは、あらゆる感情を心の奥底ににしまって扉を閉じてしまっていました。なにも感じないように。なにも考えないように。

浅倉さんは俺のことが好きじゃない。だから振られた...
顕然たる事実がぼくを襲います。


「今日はまっすぐ帰るわ」
バグり島の最寄り駅、西桜ヶ丘駅の1つ前の駅でぼくは彼らに告げました。

「何言うてるねん。バグり島まで来いよ」

いつもと変わらないボブの言葉なのですが、この時のぼくは心が乱れており、彼に突っかかります。

「だいたいよぉ。お前らは西桜ヶ丘駅が最寄りで家への帰り道の途中にバグり島があるやろ?
けど、俺の家は、1つ手前の駅やねん!
なんでわざわざ遠回りして、帰らなあかんねん!
バグり島になんでいかなあかんねん!!」

「ええから来いって」
ボブはそう言ってぼくの手を掴み、バグり島まで連れて行ったのです。


そして、23時を回った真夜中のバグり島。道路の横の石垣に3人が並んで
座っています。

誰も何も言葉を発しません。
朝からの部活、バイナイ事件、中学生にバカにされる、そして人混みの中での花火鑑賞と、数々のイベントをこなして疲れ切っていたのです。

ぼくはただただ、浅倉さんのことを考えていました。
途中親から、はよ帰って来いとの電話がかかってきましたが、「今日はとんでもないことが起こったからまだあかん」という謎の言い訳を叫び、電話をブチ切りします。


「がんばってもがんばってもどうしようもならないことがある。世の無常を観ずるとはこういうことなんやな」

「とっしー、何もがんばってないやん。勝手に告って勝手に振られただけやろ??」

核心を突かれたその瞬間、空から冷たい雨粒がポツリと落ちてきました。

「雨か...」
「空地球も泣きたくなるときもあるわ」

くだらないことを言ってるうちに、雨脚は強まり、土砂降りになりました。

「あかん、どっか雨宿りや!」

3人は雨から逃れるために、ダッシュでバグり島から離れて、タバコ屋の小さな屋根の下に避難しました。

「俺らって、なんで生きてるんやろな」
ポツリと吐き出したきゃぷてんの声は闇夜に力なく消えていきました。
 
「部活に打ち込むわけでもなく、勉強するわけでもなく、こうやってバグり島とかいう道路で時間を潰す日々...」
ボブの達観した言葉は、各々の心に響きます。


ようやく雨が静まると、世界の音がぴたりと止んだようにも感じました。

ぼくらは何も話しません。
ただただ無なのです。流れいく景色に同化するかのように無表情で前を見つめていました。

ちょうどそのとき、時刻は0時を回りました。
バグり島付近の道路で翌日を迎える。

稜北台高校というそこそこ賢い進学校に通い、今までそれなりの優等生として生きてきたぼくらは、この日初めて、外で日を跨いだのです。

誰もが'俺たち何してるねん'という思いを抱きながらも言葉にはしませんでした。

諦念に支配された瞳は、虚ろに月を眺めていたのです。
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