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IV章 Don’t Look Back In Anger
PART28 チャリで有馬(4) ~チャリーファースト~
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市を跨いでしまうという選択をした危機感さえなく三田市に突入した3人ですが、
さらに5分ほど進むと、目の前に延々と続く長い上り坂が現れました。
「おい、なんやこの登り坂」
「引き返すか?」
「引き返すっていう選択肢は、俺たちの辞書にはないやろ」
「せやせや」
ナポレオン・ボナパルトを彷彿とさせる台詞を繰り出し、あくまで強気を押し通すスタンスの3人は登り坂に挑み、さらに帰路から遠ざかっていきます。
しかし困ったことに、この道路は交通量が多いにも関わらず、歩道がありませんでした。
勾配の大きい登り坂ですので、自転車から降り、道路の脇に一列になって側道を通るしかありません。
黙々と自転車を押して、登り坂を進んでいると、原チャリがぼくの右側を荒っぽく追い越し、肩をぶつけられてしまいました。
「うわっ」っと情けない声を上げて、足を止めたぼくに、ボブは声を荒げます。
「とっしー、お前アホか!
なんで自分が車道側を歩いてるねん?!危ないやん!?」
「チャリーファーストやんけ!」
ぼくはボブに逆ギレします。
「チャリーファーストってなんやねん?」
ほくは自転車を押しながら、ドヤ顔で見せつけ、ゆっくりと説明を始めました。
「レディファーストのチャリ版や。
レディファーストの時はよ。車側を男が歩いて女の子を守るやろ?
今はチャリを車側に置いて、チャリを守ってるんや!」
「お前って女の子をエスコートする気分でチャリを押してるん?」
「せや。
あさっぴいとデートするときの練習やな」
「無理やのにようそこまで、こだわれるなあ。
あさっぴぃは、無理やから無駄なことすんな」
「なんやと!?」冷たく吐き捨てたボブにぼくはさらにつっかかりました。
するとボブは、にんまりと笑みを見せたかと、思うと冷酷に井伊はないます。
「無理なやつは、一生、無理!!」
「おめぇなあ!!」
ぼくは自転車を押す手を止めて、後ろを振り返り、今にも殴りかかりそうな表情でボブをにらめつけました。
一触即発の雰囲気の中、きゃぷてんは声をあげました。
「お前ら喧嘩すんな。
レディファーストもありっちゃありや。
俺はデートしたことないから知らんけど。
そんなことより今は前に進むしかないやん」
きゃぷてんの一言で喧嘩は収まったものの、このころからぼくらの間に会話はなくなりました。
世紀末のような表情で、ただただママチャリを押して坂道を登ります。
そして、乗用車たちがエンジンを吹かせながら軽々と追い抜いていくのです。
ハ゛ハ゛ハ゛ハ゛というくたびれたエンジン音を吐き出す原付を駆るヨボヨボのおじいちゃんにも抜かれるママチャリは、道路のお荷物でしかありません。
黙々と歩き続けて、坂道を上りきったところで、また大きな標識が現れました。
‐これより三田市-
「ここで、三田市に入ったわけやな」
「三田まで来てもた…」
三田に突入。
事実を告げる標識は、ぼくらの顔面に豪快な左フックをぶちこみます。
`やまちゅう`通りで、うきうきと叫んでいた3人の元気はもう消えてしまっていたのです。
ふと空を見ると、太陽は地平線に沈みつつありました。
「あかん!もう夕暮れやのに、ここ三田やん!!!」
横目で太陽を一瞥したボブは、突然我に帰ったのように叫び声をあげました。
「三田はあかんぞ。遠すぎる。もう帰ろうぜ」
「帰るってどうやって帰るねん??そもそもここ、三田のどこや?」
「どこって、三田は三田や。ん?三田のどこなんやろ?」
3人の会話内容は筋が通っておらず、誰もが混乱と焦りで気が動転していました。
ぼくらが確実にわかったことは、三田市に入ったという事実ですが、ここが三田市のどこなのか、ここからどう進めば地元に帰れるのかがわからないのです。
これが2018年の現代なら、スマートフォンのグーグルマップを見て、すぐに解決してしまうでしょう。
しかし、2009年のこの時代の主流携帯ガラケーは、パカパカと音を立てて機種を開閉させることと通話、メールしか能のない機械でした。
「とりあえず、駅をさがそう」
ぼくらは自力で事態を対処することを模索します。
「けど、俺らママチャリやぞ?電車に乗っけれん」
「いや、ごり押しで乗せよう」
「とっしーがこの前ママチャリ乗っけて失敗したやん。1台でも無理やのに3台ものっけれるか」
「じゃあ、とりあえず、自転車はおいて帰ろうか」
「いや、それはだるい。また後日、三田まで来て自転車とりに帰るのもだるいし、
置いた自転車を探すためにまた迷いそうや」
「なあ、そういう話は駅をみつけてからにせんか?」
「じゃあどこに駅があるねん!!」
不安と疲労がピークに達し、口論を始めますが、何も結論はでません。
元来た道を戻る案もありましたが、何度も右左折を繰り返し、どうやってここまで来たのかさえもわからなくなっていたのです。
何も結論が出ないまま、「とりあえず、前に進む」ということだけを決めて、ぼくらはまた走りだしました。
ほどなく、ぼくはふと、この場所が有野台だということに気付きます。
「この辺さ、有野台の近くなんちゃう?」
「有野ってことは、五社やろ?」
「昔、少年野球の試合で、五社グラウンドまで来たことあるやん。」
ぼくとボブは同じ少年野球チームに所属していたので、その頃の記憶をたどり始めます。
「あのときは、確かさ。桜ヶ丘公園から出発したよな。ほんで有馬街道を通って…」
「有馬街道…?」
3人は、その言葉を聞くと、自転車の速度を落として、目配せを行いました。
そして、「有馬街道や!!」
と、3人で叫んだ瞬間、まるで水を得た魚、全員の顔に生気が蘇ったのです。
有馬街道とは、神戸市兵庫区平野から、三田市の有馬までを結ぶ国道で、神戸市と三田市を結ぶ重要な道路でした。
三田市側から有馬街道を進めば、自ずと神戸市までたどり着くのです。
それがわかれば安心や、安堵の表情を見せるぼくらでしたが、
きゃぷてんの「でも、有馬街道までどういけばいいかわからん」という一言は楽観モードに終止符を打ちました。
3人はほんまや、という顔でお互いを見つめ、黙り込んだのです。
地元を離れて自転車をこぎ続けて、4,5時間、あたりは真っ暗、ここがどこかさえ詳しくはわからない。
危機的状況を打開する、ガチイケメソッド、ともいうべき手段が、このとき3人の頭に同時に浮かび上がりました。
むしろ、このメソッドを使えば、もっと早くこの事態を脱することができたのです。
ほどなく、きゃぷてんとボブは、僕に対して叫びました。
「とっしー、街角調査隊や!」
彼らがそれを言うよりもコンマ数秒早く、ぼくはもう道行く人に声をかけていたのです。
「さーせん!さーせん…!!」
さらに5分ほど進むと、目の前に延々と続く長い上り坂が現れました。
「おい、なんやこの登り坂」
「引き返すか?」
「引き返すっていう選択肢は、俺たちの辞書にはないやろ」
「せやせや」
ナポレオン・ボナパルトを彷彿とさせる台詞を繰り出し、あくまで強気を押し通すスタンスの3人は登り坂に挑み、さらに帰路から遠ざかっていきます。
しかし困ったことに、この道路は交通量が多いにも関わらず、歩道がありませんでした。
勾配の大きい登り坂ですので、自転車から降り、道路の脇に一列になって側道を通るしかありません。
黙々と自転車を押して、登り坂を進んでいると、原チャリがぼくの右側を荒っぽく追い越し、肩をぶつけられてしまいました。
「うわっ」っと情けない声を上げて、足を止めたぼくに、ボブは声を荒げます。
「とっしー、お前アホか!
なんで自分が車道側を歩いてるねん?!危ないやん!?」
「チャリーファーストやんけ!」
ぼくはボブに逆ギレします。
「チャリーファーストってなんやねん?」
ほくは自転車を押しながら、ドヤ顔で見せつけ、ゆっくりと説明を始めました。
「レディファーストのチャリ版や。
レディファーストの時はよ。車側を男が歩いて女の子を守るやろ?
今はチャリを車側に置いて、チャリを守ってるんや!」
「お前って女の子をエスコートする気分でチャリを押してるん?」
「せや。
あさっぴいとデートするときの練習やな」
「無理やのにようそこまで、こだわれるなあ。
あさっぴぃは、無理やから無駄なことすんな」
「なんやと!?」冷たく吐き捨てたボブにぼくはさらにつっかかりました。
するとボブは、にんまりと笑みを見せたかと、思うと冷酷に井伊はないます。
「無理なやつは、一生、無理!!」
「おめぇなあ!!」
ぼくは自転車を押す手を止めて、後ろを振り返り、今にも殴りかかりそうな表情でボブをにらめつけました。
一触即発の雰囲気の中、きゃぷてんは声をあげました。
「お前ら喧嘩すんな。
レディファーストもありっちゃありや。
俺はデートしたことないから知らんけど。
そんなことより今は前に進むしかないやん」
きゃぷてんの一言で喧嘩は収まったものの、このころからぼくらの間に会話はなくなりました。
世紀末のような表情で、ただただママチャリを押して坂道を登ります。
そして、乗用車たちがエンジンを吹かせながら軽々と追い抜いていくのです。
ハ゛ハ゛ハ゛ハ゛というくたびれたエンジン音を吐き出す原付を駆るヨボヨボのおじいちゃんにも抜かれるママチャリは、道路のお荷物でしかありません。
黙々と歩き続けて、坂道を上りきったところで、また大きな標識が現れました。
‐これより三田市-
「ここで、三田市に入ったわけやな」
「三田まで来てもた…」
三田に突入。
事実を告げる標識は、ぼくらの顔面に豪快な左フックをぶちこみます。
`やまちゅう`通りで、うきうきと叫んでいた3人の元気はもう消えてしまっていたのです。
ふと空を見ると、太陽は地平線に沈みつつありました。
「あかん!もう夕暮れやのに、ここ三田やん!!!」
横目で太陽を一瞥したボブは、突然我に帰ったのように叫び声をあげました。
「三田はあかんぞ。遠すぎる。もう帰ろうぜ」
「帰るってどうやって帰るねん??そもそもここ、三田のどこや?」
「どこって、三田は三田や。ん?三田のどこなんやろ?」
3人の会話内容は筋が通っておらず、誰もが混乱と焦りで気が動転していました。
ぼくらが確実にわかったことは、三田市に入ったという事実ですが、ここが三田市のどこなのか、ここからどう進めば地元に帰れるのかがわからないのです。
これが2018年の現代なら、スマートフォンのグーグルマップを見て、すぐに解決してしまうでしょう。
しかし、2009年のこの時代の主流携帯ガラケーは、パカパカと音を立てて機種を開閉させることと通話、メールしか能のない機械でした。
「とりあえず、駅をさがそう」
ぼくらは自力で事態を対処することを模索します。
「けど、俺らママチャリやぞ?電車に乗っけれん」
「いや、ごり押しで乗せよう」
「とっしーがこの前ママチャリ乗っけて失敗したやん。1台でも無理やのに3台ものっけれるか」
「じゃあ、とりあえず、自転車はおいて帰ろうか」
「いや、それはだるい。また後日、三田まで来て自転車とりに帰るのもだるいし、
置いた自転車を探すためにまた迷いそうや」
「なあ、そういう話は駅をみつけてからにせんか?」
「じゃあどこに駅があるねん!!」
不安と疲労がピークに達し、口論を始めますが、何も結論はでません。
元来た道を戻る案もありましたが、何度も右左折を繰り返し、どうやってここまで来たのかさえもわからなくなっていたのです。
何も結論が出ないまま、「とりあえず、前に進む」ということだけを決めて、ぼくらはまた走りだしました。
ほどなく、ぼくはふと、この場所が有野台だということに気付きます。
「この辺さ、有野台の近くなんちゃう?」
「有野ってことは、五社やろ?」
「昔、少年野球の試合で、五社グラウンドまで来たことあるやん。」
ぼくとボブは同じ少年野球チームに所属していたので、その頃の記憶をたどり始めます。
「あのときは、確かさ。桜ヶ丘公園から出発したよな。ほんで有馬街道を通って…」
「有馬街道…?」
3人は、その言葉を聞くと、自転車の速度を落として、目配せを行いました。
そして、「有馬街道や!!」
と、3人で叫んだ瞬間、まるで水を得た魚、全員の顔に生気が蘇ったのです。
有馬街道とは、神戸市兵庫区平野から、三田市の有馬までを結ぶ国道で、神戸市と三田市を結ぶ重要な道路でした。
三田市側から有馬街道を進めば、自ずと神戸市までたどり着くのです。
それがわかれば安心や、安堵の表情を見せるぼくらでしたが、
きゃぷてんの「でも、有馬街道までどういけばいいかわからん」という一言は楽観モードに終止符を打ちました。
3人はほんまや、という顔でお互いを見つめ、黙り込んだのです。
地元を離れて自転車をこぎ続けて、4,5時間、あたりは真っ暗、ここがどこかさえ詳しくはわからない。
危機的状況を打開する、ガチイケメソッド、ともいうべき手段が、このとき3人の頭に同時に浮かび上がりました。
むしろ、このメソッドを使えば、もっと早くこの事態を脱することができたのです。
ほどなく、きゃぷてんとボブは、僕に対して叫びました。
「とっしー、街角調査隊や!」
彼らがそれを言うよりもコンマ数秒早く、ぼくはもう道行く人に声をかけていたのです。
「さーせん!さーせん…!!」
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