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特別編 ~8年の歳月、淡路島再訪~

16話 温泉の素をぶち込めば…

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【土産】
<5年前(大学1年生)>

和歌山といえば、温泉が有名です。
ぼくは、家への土産として、温泉の素を購入したのですが、これが思わぬ波乱を生みます。

旅行初日の夜、ぼくらは和歌山の「しおさい」の大浴場に入ろうとしました。
周りの宿泊客の姿はなく、ぼくら5人の貸切状態でした。

大浴場という響きに期待したものの、実際は家庭用浴場に毛の生えた程度の規模でした。
浴場は半透明の湯船に、なにかがうよっと浮いています。

それを見たキャプテンは、「なんか大浴場って割に趣がないなあ」と頭をかかえます。

そんなとき、アイデアマンのボブが思いついたように声を出しました。
「そういやとっしー、温泉の素買ってたやろ?
あれを入れてみようや」

「いや、あれは実家への土産なんや」

「土産は明日、もう一個買えばええやん?
とりあえず、今はあれをここにいれてくれよ」

「なんでやねん!
だいたい、勝手に温泉の素をいれたらあかんやろ?」

「ええよ。
温泉の素を入れたら、まず、俺らが嬉しい。
さらに、あとから来る宿泊客も嬉しい。
客が喜べば、旅館のおばちゃんも嬉しい。
つまり、みんなが嬉しいんや!」

「ほんまかあ?」
ぼくはボブの理論が納得できず、いや、ただ自分の温泉の素を入れたくないがために、いまいち乗り気がしませんでした。

「頼むわ、温泉の素いれてくれ」

「いや、けどよお」

「とっしーはこんなことさえしてくれんのか。
もうええわ。俺たちはこのうよっとした風呂に入るだけや。せっかくの旅行やのに残念や」

それを聞いたぼくは、顔を引きつらせながら、「絶対、温泉の素はいれへんからな」と言って、一度浴場から上がりました。

そして、5分後。
みんなが体を洗っている最中に大浴場に戻り、温泉の素を浴場に振りまいたのです。

どっしゃあ…

粉は湯船にまき散らされて、真っ白に染まっていきます。
そして、良い香りが漂うのです。

「うおぉ!!」
「すっげえ!!」

温泉の素の投入を切望していたボブを始め、みんなは口々に声をあげます。
そして、我先にと、狭い浴場に飛び込んでいくのです。

1人が飛び込むたびに、じゃっぶ~んという音をたてて、お湯は減っていきます。
5人目が入ったときには、湯はだいぶ減ってしまったのですが、温泉の素の入った浴場は最高に気持ちいいものでした。


次の日、和歌山のお土産売り場で、ぼくは再度温泉の素を手にとりました。
「とっしー、なんで温泉の素を2つも買うん?」

「2ついるやん。
1つは家に持ち帰る用。
もうひとつは今日、大浴場に入れる用や」

「先回りしてるやん」

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