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2章 動き出す歯車
3、勝ち目はあるか
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たわいもない話をしたあと、ぼくらはリビングに戻った。`しばし歓談ください`とアナウンスされたわけではないのだけれど、大きなテーブルに並べられた豪華な料理を前にすると、パーティに出席しているかのようだった。
ジイは雪を送迎後に帰宅したので、夕食は山内家の3人とぼく、4人でとった。
雪のお母さんの手料理に舌鼓を打ちながらの楽しい食事時間はあっという間にすぎた。
時刻は21時を回っていたので、ぼくはそろそろ帰路につくことにした。
「今日はご馳走様でした。本当にお世話になりました。そろそろ帰りますね。」
「送っていこうか。」
雪のお父さんは優しく声をかけてくれる。
「いえ、一人で大丈夫ですよ。」
政治家の先生に送ってもらうなんて、気が引けるので、もちろん断った。
「でも心配だね。最近、うちの周りは物騒だから…」
雪は物憂げな表情を浮かべる。
しかしぼくは、「お気になさらないでください。」と断りをいれ、一人で帰路についた。
―――――――――――――――――
初めて入った雪の部屋、その感触を思い出して、放心気分で歩いていた。
「勇。気を入れて歩かんか!」
日曜の朝のニュース番組のように喝を入れてくるのは侍さんだったが、その言葉も右から左に流れていく。
ドン!
そんな上の空気分でふらふらと歩いていたら、前から歩いてきた二人の男たち肩をぶつけてしまったのだ。
「なんだよてめえ」
黒いスーツに身を包んだ男たちは、勇にドスを聞いた声をかける。
「す、すみません!」
ぼくはそう言って、すぐに駆けだした。
こういうときは逃げるに限る。ハンガリーのことわざにもあるように、逃げるという行為は決して恥ではない。
幸いにも男たちは追ってこなかったのだが、ぼくは嫌な予感に気づいた。
こんな時間にスーツ姿の強面の男たちが歩いているのは、明らかに不審だ。
さらに彼らは、ぼくが歩いてきた方向、つまり雪の家の方面に向かっていた。
ぼくは踵を返して、もう一度、雪の家の方角に歩みを進める。
「勇、なぜ引き返す?」侍さんはぼくに問いかける。
「あいつら怪しいよ。少し様子を見るために戻ることにする。」
「やつらからは禍々しい気配を感じるぞ。注意せえ。」
「わかってる。わかってる。」
ぼくはそう答えたが、全くわかっていなかった。
いざとなれば侍さんが憑依してくれて助けてくれると思っていたこともあり、気持ちが大きくなっていたのだ。
しかしたいていの場合、わかったと繰り返すときは...いや、やめておこう。
ぼくは、まるで探偵にでもなった気分で、彼らの尾行を始めた。
彼らと距離をとりながら、ゆっくりとついていく。
5分ほど尾行して気づいたことは、彼らは雪の家の周りを何周も歩いていたということだ。
しかし、雪の家に侵入する気配はない。何か問題行動を起こしているのなら、警察を呼ぶことも考えるのだが、彼らはただ、家の周りを歩いているだけだった。
嫌な予感が大きくなる。何をしでかすつもりだ。
ぼくはやつらの顔を確認するために、さらに距離を詰めようとした。
しかし侍さんはそれを制止する。
「勇、やめておけ。これ以上近づくのは危険じゃ。」
「大丈夫、何もしないよ。様子をみるだけだ。」
取り返しのつかない事態を招くときは、慢心が原因のことが多い。
慢心にさえ気づいていない段階では、少し未来の危機を想像できるはずもなかった。
「おい、坊主。てめえ、さっきから何してるんだ。」
尾行していたはずの男たちは、はるか前方にいるはずにもかかわらず、真後ろからドスのきいた声がした。
振り返ると、真っ黒なスーツに身を包んだ二人の男がぼくを見下ろしていたのだ。
彼らは前方の二人の仲間だった。
つまりぼくは、やつらを尾行していたつもりだったが、別動隊に尾行されていたのだ。
「何してんだって聞いてんだ。」
「いや、別に何も…」
「何もしてねえわけねえだろ!」
そんな押し問答をしているうちに、前方を歩いていた二人もこちらにやってきた。
ぼくはこのとき、前後を4人の男たちに囲まれてしまったのだ。
さらに不幸は重なる。
やってきた男たちの中に、身に覚えのある男がいたのだ。
ただれた皮膚に包まれた卑しい表情、とてつもなく小物臭が漂うその男は、昨晩遭遇した男と同一人物だった。
彼はぼくに気付くなり、声をあげる。
「こいつは、昨日俺たちの邪魔をしたやつだ。
こいつだけは許さねえ。やっちまえ!」
相変わらず、どこかで聞いたような三流のワルの台詞を吐き出す男だ。
しかしぼくは一人ではなかった。
強力な仲間がいるのだから。
「侍さん。出番だよ!早くぼくに憑依して、こいつらをやっつけてよ!」
しかし、侍さんの返答は寂しいものだった。
「無理じゃ。」
「な、なんでだよ!?」
「武器がないじゃろ?
儂が憑依して、お主の潜在能力を引き出しても、丸腰でこやつら数人を打ち倒すことは不可能じゃ。」
たしかにそうだ。本来のぼくは運動神経がよくない。武器を手に取って侍さんの剣術が使えれば、勝ち目はあるが、コンクリートの道路に木の棒などの武器は落ちているはずがない。
「じゃあ、どうするのさ?大声で助けを呼ぶの?!」
「降伏せえ。頭を伏せて、命乞いするしかないじゃろ。だから儂はあんなに深入りはするなと注意したのに…」
ジイは雪を送迎後に帰宅したので、夕食は山内家の3人とぼく、4人でとった。
雪のお母さんの手料理に舌鼓を打ちながらの楽しい食事時間はあっという間にすぎた。
時刻は21時を回っていたので、ぼくはそろそろ帰路につくことにした。
「今日はご馳走様でした。本当にお世話になりました。そろそろ帰りますね。」
「送っていこうか。」
雪のお父さんは優しく声をかけてくれる。
「いえ、一人で大丈夫ですよ。」
政治家の先生に送ってもらうなんて、気が引けるので、もちろん断った。
「でも心配だね。最近、うちの周りは物騒だから…」
雪は物憂げな表情を浮かべる。
しかしぼくは、「お気になさらないでください。」と断りをいれ、一人で帰路についた。
―――――――――――――――――
初めて入った雪の部屋、その感触を思い出して、放心気分で歩いていた。
「勇。気を入れて歩かんか!」
日曜の朝のニュース番組のように喝を入れてくるのは侍さんだったが、その言葉も右から左に流れていく。
ドン!
そんな上の空気分でふらふらと歩いていたら、前から歩いてきた二人の男たち肩をぶつけてしまったのだ。
「なんだよてめえ」
黒いスーツに身を包んだ男たちは、勇にドスを聞いた声をかける。
「す、すみません!」
ぼくはそう言って、すぐに駆けだした。
こういうときは逃げるに限る。ハンガリーのことわざにもあるように、逃げるという行為は決して恥ではない。
幸いにも男たちは追ってこなかったのだが、ぼくは嫌な予感に気づいた。
こんな時間にスーツ姿の強面の男たちが歩いているのは、明らかに不審だ。
さらに彼らは、ぼくが歩いてきた方向、つまり雪の家の方面に向かっていた。
ぼくは踵を返して、もう一度、雪の家の方角に歩みを進める。
「勇、なぜ引き返す?」侍さんはぼくに問いかける。
「あいつら怪しいよ。少し様子を見るために戻ることにする。」
「やつらからは禍々しい気配を感じるぞ。注意せえ。」
「わかってる。わかってる。」
ぼくはそう答えたが、全くわかっていなかった。
いざとなれば侍さんが憑依してくれて助けてくれると思っていたこともあり、気持ちが大きくなっていたのだ。
しかしたいていの場合、わかったと繰り返すときは...いや、やめておこう。
ぼくは、まるで探偵にでもなった気分で、彼らの尾行を始めた。
彼らと距離をとりながら、ゆっくりとついていく。
5分ほど尾行して気づいたことは、彼らは雪の家の周りを何周も歩いていたということだ。
しかし、雪の家に侵入する気配はない。何か問題行動を起こしているのなら、警察を呼ぶことも考えるのだが、彼らはただ、家の周りを歩いているだけだった。
嫌な予感が大きくなる。何をしでかすつもりだ。
ぼくはやつらの顔を確認するために、さらに距離を詰めようとした。
しかし侍さんはそれを制止する。
「勇、やめておけ。これ以上近づくのは危険じゃ。」
「大丈夫、何もしないよ。様子をみるだけだ。」
取り返しのつかない事態を招くときは、慢心が原因のことが多い。
慢心にさえ気づいていない段階では、少し未来の危機を想像できるはずもなかった。
「おい、坊主。てめえ、さっきから何してるんだ。」
尾行していたはずの男たちは、はるか前方にいるはずにもかかわらず、真後ろからドスのきいた声がした。
振り返ると、真っ黒なスーツに身を包んだ二人の男がぼくを見下ろしていたのだ。
彼らは前方の二人の仲間だった。
つまりぼくは、やつらを尾行していたつもりだったが、別動隊に尾行されていたのだ。
「何してんだって聞いてんだ。」
「いや、別に何も…」
「何もしてねえわけねえだろ!」
そんな押し問答をしているうちに、前方を歩いていた二人もこちらにやってきた。
ぼくはこのとき、前後を4人の男たちに囲まれてしまったのだ。
さらに不幸は重なる。
やってきた男たちの中に、身に覚えのある男がいたのだ。
ただれた皮膚に包まれた卑しい表情、とてつもなく小物臭が漂うその男は、昨晩遭遇した男と同一人物だった。
彼はぼくに気付くなり、声をあげる。
「こいつは、昨日俺たちの邪魔をしたやつだ。
こいつだけは許さねえ。やっちまえ!」
相変わらず、どこかで聞いたような三流のワルの台詞を吐き出す男だ。
しかしぼくは一人ではなかった。
強力な仲間がいるのだから。
「侍さん。出番だよ!早くぼくに憑依して、こいつらをやっつけてよ!」
しかし、侍さんの返答は寂しいものだった。
「無理じゃ。」
「な、なんでだよ!?」
「武器がないじゃろ?
儂が憑依して、お主の潜在能力を引き出しても、丸腰でこやつら数人を打ち倒すことは不可能じゃ。」
たしかにそうだ。本来のぼくは運動神経がよくない。武器を手に取って侍さんの剣術が使えれば、勝ち目はあるが、コンクリートの道路に木の棒などの武器は落ちているはずがない。
「じゃあ、どうするのさ?大声で助けを呼ぶの?!」
「降伏せえ。頭を伏せて、命乞いするしかないじゃろ。だから儂はあんなに深入りはするなと注意したのに…」
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