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2章 動き出す歯車

8、身分格差

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雪は無知なぼくにも、丁寧に教えてくれる。

「郷士を説明する前に、四万十市の歴史について話すね。
元々、この四万十市中村の地は、土佐一条家が治めていた。
その後、一条家を滅ぼした長宗我部家が統治した。

長宗我部家は、関ヶ原の戦いで西軍についた結果、改易されて、私のご先祖様である山内一豊様が土佐一国を治めることになったの。」

「ぼく、山内一豊が主役の大河ドラマ`功名が辻`を見ていたから知っているよ。
山内家が土佐に入ってきたとき、長宗我部家の残党は抵抗したんだよね?」

「そうなのよ。
土佐にやってきた山内家の人々は土佐に縁のなかった人ばかり。だから長宗我部家の旧臣たちとそりが合わずに、何度も流血沙汰が起こったわ。
山内家は、その後も土佐の支配に苦労したそうなの。

だから山内家は譜代の家臣と長宗我部家臣の一部を上士として、残りの土佐にいた地侍を郷士として、身分差別を行った。

長宗我部家の旧臣たちは郷士と呼ばれて、生粋の山内家臣たちよりも、低い扱いをされてきたの。」

「そんな身分格差があったんだ。そういえば、坂本龍馬は郷士だったよね。」

「そうよ。坂本龍馬は郷士だったから、身分の関係で高知城に登れなかったらしいの。
そして、上士と郷士の対立は、幕末まで尾を引いた。いや、今もまだごく一部で残っているみたい…」

元郷士の暴力団が、藩主であった山内家のことを未だに恨んでいる。
今から400年前の身分差別が現代にも影を落としていることは、とても悲しいことだった。

雪は卵焼きを口に入れながら、言葉を続ける。

「人はみんな、不安なのよ。だから身分格差を作って、自分より下の存在を作って安心しようとするんじゃないかな。
江戸時代だってそうじゃない。士農工商という身分の下に、さらに`えたひにん`という職業階級を作ったの。
えたひにんの漢字は、`穢多`や`非人`よ?
穢れが多い…人に非ず…
そんな言い方、ひどいよ、ひどすぎる。

その仕事内容は忌み嫌われるものだったのかもしれない。けど、その仕事をしてくれる人々がいないとそれはそれで困るわけじゃない。
なのに、そういった職業をしている人を差別するなんて…」

雪は、とても苦しそうだった。言葉を吐き出すたびに、目にうっすら涙を浮かべている。

「雪、無理しなくていいよ。」

「うん、大丈夫。私は自分の考えをちゃんと伝えたいの。勇くんならきっとわかってくれると思っているし...

私はね、職業に貴賎はないと思うの。
もちろん、騙すこと、傷つけることはだめだけど、一生懸命働いている人を差別するのは絶対に間違っている。
上士や郷士と身分を分けるのもおかしいよ…
私の考え、間違っているのかな?」

「ううん。間違ってないと思うよ。」

間違ってはいないと言ったものの、ぼくはそれ以上何を言えばいいのかがわからなかった。身分格差、暴力団。

なにより、雪のお父さんに圧力をかけている暴力団の頭が、自分のお父さんかもしれないのだから。

そのとき、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。
二人は慌てて弁当を片付けて、自分たちの教室へと駆け戻った。


―――――――――――――――――

それから一週間が経った。
日程調整の末、今日があの日になっている。

そう。ぼくが雪の家に泊まり、雪がぼくの家に泊まる日だ。

烏が大空を飛び回る様子は、ぼくに嫌な予感を抱かせた。



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