歌えなくなったオメガを匿った夜から、ふたりの秘密が始まった

スピカナ

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第29話 納車

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 うれしいカンファレンスを終えて帰宅した。
颯太は起きていた。

「颯太、ただいま。帰って来たよ」
うん、と嬉しそうに頷いてくれた。

「あのね。検査結果だけど、どこも悪くないんだって。
ただ、15歳からの過労やストレスが原因だから、これからはしっかり養生して、栄養を摂って、いっぱい寝て、いい夢を見れば絶対治るって。
声も出るようになるって、皆が太鼓判を押してくれたよ。良かったね!」

颯太が笑顔で両手を差し出した。
その手を取って、上半身を起こして抱きしめた。
ぎゅっと、ぎゅっと抱きしめた。

「それとね、家族に宣言した。颯太を一生大切にするって。
そしたら父も“そうしなさい”って言ってくれたよ。
母もすごく喜んでる」

俺と体を離して、え?という顔で見上げてきた。

「どうしたの?いやだった?気が進まない?」

笑って聞くと、胸をゲンコツでポンポン叩かれた。

「うれしい人は手を上げてくださーい!」

そしたら両手をあげた。
アハハハ。また抱きしめた。

一通り抱きしめたら、お腹が空いた。

「颯太、俺お腹が空いた。卵サンドは食べなかったの?」
食べてないのは見れば分かるけど、あえて聞いた。

颯太はタイピングした。
<帰って来るのを待ってた。一緒に食べたいから>

……もう泣かせるねえ。また抱きしめた。
これじゃあ、いつまでも食べられない。

「よし、くっつくのはあとで。今から食べて栄養を摂るよ。いいね?」
うんうんと頷いた。
スープを飲ませたかった。

「颯太、さっき車いすが届いたんだよ。ちょっと座ってみて。まだ荷物見てないでしょう?」
頷く。

「明日、大きなベッドが午前中に届くから、今日の荷物は颯太の部屋に置いてるんだ。持ってくるね」
隣の部屋から車いすを押してきた。

「座ってみて。お尻にクッション敷いた方がいいかもね。明日の午後に買ってくるよ」
颯太がいやいやした。

大きく口を開けて、何か言いたそう。
「ん?これに乗って行く?」
うんうん、と頷く。

「そうか、なるほど。じゃあそうしよう。新車の納車だからな」
笑っていた。

颯太は足を下ろしてベッドに腰かけた。
それから車いすの乗り方と注意点を教えた。最初が肝心だ。

「じゃあ、一人でダイニングまで行けるかやってみる?」
また頷く。
教えた通りに、ゆっくりとベッドから車いすに移れた。よしよし。
後ろからついていく。

早速、車輪を両手で動かしている。
ドアを開けて通り、無事にダイニングまで行けた。

うれしそうに俺を見上げた。
パチパチと大拍手だ。

「じゃあ、サンドイッチ持ってくるから待っててね」
と言いながら、先にポットにお湯を入れてスイッチを入れた。

あ、そうだ。颯太は手を洗ってない。
おしぼりを用意しよう。

濡らしたおしぼりをビニールに入れて電子レンジで温めた。
「颯太、これで手を拭いてね。まだ熱いよ」

ビニールから出して広げると、
颯太はせっせと両手を拭いていた。
……もう、何をやってもかわいい。

お湯が沸いた。
インスタントだけど、コーンスープにお湯を注ぐ。
「颯太、コーンスープだよ。熱いから少しずつね」
レンゲを渡し、その間に卵サンドを取って来て、スープの横に置いた。

俺は何を食べようかな。冷凍のピラフにするか。
「颯太、ピラフもあるけど食べる?」
ううん、と横に振る。
卵サンドを指さしている。

「俺たち、少し手話を練習した方が良くない?簡単な言葉だけでも」
うんうんと頷いて、自分の胸を叩いた。
「任せろって?」
頷く。最近、よく通じる。

そうこうしている間にピラフが温まった。
「じゃあ、食べようね。いただきます」
二人で手を合わせた。

颯太がスープを飲むのを、しばらく見つめていた。
可愛くてさ。食べるのを忘れちゃうよ。

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