診察室の午後<菜の花の丘編>その1

スピカナ

文字の大きさ
71 / 431
第4章 菜の花、未来を味わう

69話 川瀬のときめき

しおりを挟む
 翌日。院長室で書類を整理していると、ノックもそこそこに川瀬が入ってきた。

「おい、北原! 昨日の寮の夕飯な、最高だったぞ!」

いきなり満面の笑みで言うものだから、俺はペンを止めて顔を上げた。

「……なんだよ、朝から大声出して」

「いや、聞けよ。スープがあってな、みんなで“いただきます”って声をそろえるんだぞ? 

俺、感動して鳥肌立ったんだから!」

「……はあ?」思わずため息が漏れる。

「お前、それくらいで感動するのか?」

「だってさ、あんなふうにみんなで食卓を囲むの、何年ぶりだと思う? 

いや、下手したら学生時代以来かもしれない。ずっと朝飯もなかったんだ。

前の奥さん、もう俺と口きくのも嫌って感じで……」

川瀬はふっと笑ったが、その目は少し寂しそうだった。

「朝は食べずに病院直行。夜も帰れば冷蔵庫にコンビニ弁当。

そんなのばっかりだったんだぞ。

だから昨日、あったかいスープとおかずが並んでさ。

みんなで笑いながら食べるって……ああ、こういうのが“幸せ”なんだなって思った」

「……」俺は言葉に詰まった。

けれど、すぐにいつもの調子で返す。

「お前なあ……味噌汁くらい、自分で作れるだろ」

「作れるわけないだろ! 俺、料理なんてやったことないし」

「……バカボンめ」

俺が呆れると、川瀬は子供みたいに机に身を乗り出した。

「それでな、西村主任がすごいんだ。

大鍋のスープを温めて、お皿をどんどん並べて、みんなに声かけて……あの人、ほんとに家庭的で、優しくて。

俺、あのマリネ食べたとき、感激して泣きそうになったんだから!」

「……お前、泣くほどか?」

「泣くほどだよ! あんなに美味いもの、久しぶりだったんだ。いや、初めてかもしれない」

俺は笑いながらも、胸のどこかで思った。

――こりゃもう、西村主任との距離が縮まるのも時間の問題だな。

「まあ、よかったな。これからは寮でちゃんと飯食えよ」

「もちろん! あんな食卓が毎晩あるなんて、俺、ここに来てほんとに良かった!」

川瀬は子供みたいに笑っていた。

ぼんぼんの甘ったれが、温かい夕食一つでここまで感激するなんて……しょうがない奴だ。

でも西村主任は離婚したばかりだから、手間のかかる男はどうかなあ?

いらんと思われ可能性はあるよね? 俺は知らんぞ。

俺は心の中で、ため息まじりにそう呟いた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【短編集】こども病院の日常

moa
キャラ文芸
ここの病院は、こども病院です。 18歳以下の子供が通う病院、 診療科はたくさんあります。 内科、外科、耳鼻科、歯科、皮膚科etc… ただただ医者目線で色々な病気を治療していくだけの小説です。 恋愛要素などは一切ありません。 密着病院24時!的な感じです。 人物像などは表記していない為、読者様のご想像にお任せします。 ※泣く表現、痛い表現など嫌いな方は読むのをお控えください。 歯科以外の医療知識はそこまで詳しくないのですみませんがご了承ください。

大丈夫のその先は…

水姫
恋愛
実来はシングルマザーの母が再婚すると聞いた。母が嬉しそうにしているのを見るとこれまで苦労かけた分幸せになって欲しいと思う。 新しくできた父はよりにもよって医者だった。新しくできた兄たちも同様で…。 バレないように、バレないように。 「大丈夫だよ」 すいません。ゆっくりお待ち下さい。m(_ _)m

守り守られ

ほたる
BL
主治医 望月診療所の双子医師 患者 瀬咲朔 腸疾患・排泄障害・下肢不自由 看護師 ベテラン山添さん 準主人公 成海真幌 腸疾患・排泄障害・てんかん 木島 尚久 真幌の恋人同棲中

とある男の包〇治療体験記

moz34
エッセイ・ノンフィクション
手術の体験記

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?

すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。 お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」 その母は・・迎えにくることは無かった。 代わりに迎えに来た『父』と『兄』。 私の引き取り先は『本当の家』だった。 お父さん「鈴の家だよ?」 鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」 新しい家で始まる生活。 でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。 鈴「うぁ・・・・。」 兄「鈴!?」 倒れることが多くなっていく日々・・・。 そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。 『もう・・妹にみれない・・・。』 『お兄ちゃん・・・。』 「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」 「ーーーーっ!」 ※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。 ※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 ※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。 ※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

月弥総合病院

僕君・御月様
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。 また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。 (小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!

処理中です...