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826話 適材適所
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桐生くんが来てから、もう1週間が経った。
夏と二人で、そろそろ彼にいろいろ聞いてみたい。
どうやら朝礼のあとは、いつも地下から順に部署を回っているらしい。何を見ているのだろう?
そして、どんなことを感じ取ったのか――それをぜひ聞いてみたい。
コーヒーを出してから、「どうかな? 少しは落ち着きましたか?」と尋ねてみた。
桐生「そうですねえ……正直、まだ全然分からないです。僕にとって医療の現場は初めてなので、スタッフの動きや日々の業務を見ながら、少しずつ感じていることはあります」
夏「へえ~、例えばどんなことなんですか?」
桐生「とにかく、ものすごく多くの手間がかかっているということですね。正直、どうやって毎日無事に終わっているんだろうって不思議なくらいです。
今まで患者として病院に来ていたときは、全く気づかなかったのですが、あれって全部、裏でスタッフの皆さんが丁寧に手をかけてくれていたんですね。感服しました。
しかも、それを自然に手分けして、各自の役割がしっかり機能していて。特に、看護主任と看護部長の采配には驚かされました」
「へえ~」と俺と夏は声をそろえた。ふふふ……
桐生「それと、管理チーフの山野さん。彼の采配も完璧です。見事ですね」
院長「そうなんですよ。彼、元警察官なんです。視野がとても広くて、僕たちが気づかないことにも先回りして対応してくれて、助けられたことが何度もあるんです」
桐生「なるほど……確かに、そんな雰囲気がありますね」
桐生「全体的に見て、菜の花クリニックって本当に恵まれてますよね。それを強く感じました。それに、人間関係の風通しもいい。
不思議なんですよ。不満そうな顔をした人を一人も見なかったんです。普通なら、一人や二人はいて当然だと思うんですけど、人間っていい日もあれば悪い日もあるじゃないですか?
でも、なんだかそういう鬱憤がまるで感じられなくて。不思議で仕方がない。
もちろん、最初からこの形だったとは思っていません。徐々に積み上げてきた結果なんでしょうけど……だとしたら、それは院長や理事の力ですね。
きっと、その人柄に惹かれて、自然に人が集まったんだろうなって思います。皆さん、明るくて仲が良くて――それが、今までの自分の職場では本当にあり得なかったんです。
前職では、社内も社外もライバルだらけで、まるで徒競走のようでした。誰もが競争にさらされていて、ピリピリしていましたね。
たとえば掃除のスタッフだってそうでした。廊下やトイレですれ違っても表情が乏しくて、挨拶も機械的で、チームという感じではなかった。
でも、ここの掃除スタッフはすごく明るくて仲良しで、生き生きと仕事をされていて……。実はこっそり、仕事ぶりを覗いていたんですけどね(笑) そしたら、小さい声で鼻歌を歌いながら掃除している方がいて、思わず笑っちゃいましたよ。楽しくて……あっ、すみません、話が長くなってしまって」
院長「ふふふ、いいんですよ。私たちは、他を知らない分、比較ができなくてね。でも、仲良く仕事ができていればそれだけで十分です。
特に看護部長は人を見る目がすごくてね。適材適所を大事にして人を配置するんです。観察力が鋭いから、このクリニックでいちばんの物知りですよ。分からないことがあったら、何でも彼女に聞いてください」
桐生「はい、ありがとうございます。そうさせていただきます」
夏「ああ~、だから桐生さんは午前中、いつもいろんな部署を見て回っていたんですね。そんなに医療現場って、普通の会社と違うものなんですか?」
桐生「ええ、全然違うと思います。やっぱり<人>が相手だからこそ、<心>が大事なんだなと感じ始めています」
彼が戻っていったあと、夏に訊ねた。
「どう思った?」
「う~んと……俺たち、褒められたんですかねえ?」
「フフフ、そう思ってよさそうだよ。まだ先はわからないけどさ。素直に喜ぼうよ」
夏と二人で、そろそろ彼にいろいろ聞いてみたい。
どうやら朝礼のあとは、いつも地下から順に部署を回っているらしい。何を見ているのだろう?
そして、どんなことを感じ取ったのか――それをぜひ聞いてみたい。
コーヒーを出してから、「どうかな? 少しは落ち着きましたか?」と尋ねてみた。
桐生「そうですねえ……正直、まだ全然分からないです。僕にとって医療の現場は初めてなので、スタッフの動きや日々の業務を見ながら、少しずつ感じていることはあります」
夏「へえ~、例えばどんなことなんですか?」
桐生「とにかく、ものすごく多くの手間がかかっているということですね。正直、どうやって毎日無事に終わっているんだろうって不思議なくらいです。
今まで患者として病院に来ていたときは、全く気づかなかったのですが、あれって全部、裏でスタッフの皆さんが丁寧に手をかけてくれていたんですね。感服しました。
しかも、それを自然に手分けして、各自の役割がしっかり機能していて。特に、看護主任と看護部長の采配には驚かされました」
「へえ~」と俺と夏は声をそろえた。ふふふ……
桐生「それと、管理チーフの山野さん。彼の采配も完璧です。見事ですね」
院長「そうなんですよ。彼、元警察官なんです。視野がとても広くて、僕たちが気づかないことにも先回りして対応してくれて、助けられたことが何度もあるんです」
桐生「なるほど……確かに、そんな雰囲気がありますね」
桐生「全体的に見て、菜の花クリニックって本当に恵まれてますよね。それを強く感じました。それに、人間関係の風通しもいい。
不思議なんですよ。不満そうな顔をした人を一人も見なかったんです。普通なら、一人や二人はいて当然だと思うんですけど、人間っていい日もあれば悪い日もあるじゃないですか?
でも、なんだかそういう鬱憤がまるで感じられなくて。不思議で仕方がない。
もちろん、最初からこの形だったとは思っていません。徐々に積み上げてきた結果なんでしょうけど……だとしたら、それは院長や理事の力ですね。
きっと、その人柄に惹かれて、自然に人が集まったんだろうなって思います。皆さん、明るくて仲が良くて――それが、今までの自分の職場では本当にあり得なかったんです。
前職では、社内も社外もライバルだらけで、まるで徒競走のようでした。誰もが競争にさらされていて、ピリピリしていましたね。
たとえば掃除のスタッフだってそうでした。廊下やトイレですれ違っても表情が乏しくて、挨拶も機械的で、チームという感じではなかった。
でも、ここの掃除スタッフはすごく明るくて仲良しで、生き生きと仕事をされていて……。実はこっそり、仕事ぶりを覗いていたんですけどね(笑) そしたら、小さい声で鼻歌を歌いながら掃除している方がいて、思わず笑っちゃいましたよ。楽しくて……あっ、すみません、話が長くなってしまって」
院長「ふふふ、いいんですよ。私たちは、他を知らない分、比較ができなくてね。でも、仲良く仕事ができていればそれだけで十分です。
特に看護部長は人を見る目がすごくてね。適材適所を大事にして人を配置するんです。観察力が鋭いから、このクリニックでいちばんの物知りですよ。分からないことがあったら、何でも彼女に聞いてください」
桐生「はい、ありがとうございます。そうさせていただきます」
夏「ああ~、だから桐生さんは午前中、いつもいろんな部署を見て回っていたんですね。そんなに医療現場って、普通の会社と違うものなんですか?」
桐生「ええ、全然違うと思います。やっぱり<人>が相手だからこそ、<心>が大事なんだなと感じ始めています」
彼が戻っていったあと、夏に訊ねた。
「どう思った?」
「う~んと……俺たち、褒められたんですかねえ?」
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