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2章 コルマトン編
聖火の鏡
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良い人だったね」
「ああ、本当にな」
「もしアルヴィンが魔法を使えなかったらここが良かったかもね」
「魔法が使えなかったらそもそもリンガラムから出てないけどな」
「そうだね。こういうのを運命って言うのかもしれない。ところでさ、僕さっき見たあれ食べたいな。ハビナッツとダロベリーのスコーン」
「所属キャラバンが決まったらな」
ちぇ、と口を尖らせたエルヴィスを一瞥して、アルヴィンは地図を広げた。ウィツィに教えて貰った聖火の鏡の場所を確認し、今度はアルヴィンが前を歩いていった。
エルヴィスのわがままを受け流しながら進んで行くと、やがて大地の盾よりも随分小さいキャラバンの本拠地が見えた。
高い位置に掲げられた赤い旗と、入り口付近に突き立てられた飾り物の穂先が潰れた槍と、刃を潰した剣。一目で冒険者キャラバンだと分かるようになっていたため、今度は2人とも通り過ぎることはなかった。
「ここだよね。聖火の鏡かあ、なんか緊張しちゃうな」
聖火の鏡も、大地の盾と同じく王室に名前を与えられた1つだ。
開け放たれたままの入り口の向こうには、大地の盾と同じように仕事の依頼のために並ぶ人々の姿がある。中に一歩踏み入れようとした時、入り口のすぐ側にいた女性に気付かず、アルヴィンはうっかり衝突した。
「あ、すみません」
「え? ああ、すみません」
女性は何かを考え込んでいたようで、ぼんやりとした様子で外へ歩いていった。左手に持った槍を肩に掛けており、冒険者のようだ。
キャラバンの中には木製テーブルと椅子が多く置いてあり、中は外側から見るより広々としている。
大きめのカウンターテーブルの奥では料理人たちが野菜を切ったり、鍋でスープを煮ている。大地の盾にはなかったが、聖火の鏡では食事を提供しているようだ。
受付らしいカウンターは3つ並んでいて、右と中央には仕事の依頼で列ができている。とりあえず、とアルヴィンは左のカウンターに向かった。
「すみません、見学とかってできますか」
「はい、所属希望ですか?」
「まあ、検討中と言いますか」
「分かりました! ではご案内しますね。すみませーん、受付交代お願いしまーす!」
受付を他の者に任せて、女性は改めて挨拶をした。やけに得意げな表情をしており、理由が分からずアルヴィンとエルヴィスは顔を見合わせた。
「クララ・ルースと申します、早速聖火の鏡の紹介をさせていただきます! 御二方とも、タイミングが良かったですよ! ちょうど今、我がキャラバン自慢の金階級の冒険者が1名おります!」
「あんまり上げないでくれよ、クララちゃん。恥ずかしいだろ」
「あっ、ルクフェルさん!」
クララの説明が聞こえていたらしく、大柄な男が笑いながら割り込んだ。あごひげを撫でながら苦笑する彼の前で、クララはふふんと鼻を鳴らした。
「御二方、こちらが聖火の鏡が誇る2名の金階級のうちの1人、ルクフェル・シュバリィさんです!」
「どうも、ルクフェルだ。若い君たちがうちに興味を持ってくれて嬉しいよ」
堂々とした立ち振る舞いと鍛え上げられた身体は歴戦の勇者を名乗るに相応しい貫禄を醸し出している。その割には物言いや声色は謙虚だが、それが却って余裕と懐の深さを窺わせた。
「ここには金階級がもう1人いらっしゃるんですね」
「ああ、今さっき仕事に行ってしまったようだがね。うちに入ればその内顔を合わせると思うよ。さて、俺も一仕事行ってくる。しっかり案内してやんなよ、クララちゃん」
「はい、いってらっしゃい!」
ルクフェルを見送って、クララは勢いよくアルヴィンとエルヴィスに向き合った。柔軟な表情筋が大袈裟な笑顔を形作った。
「さあ、改めて我がキャラバンの紹介です!」
聖火の鏡は実力と結果を何よりも重視している。クララ曰く、難易度が高く報酬の高い仕事も集まるため、冒険者たちはまず聖火の鏡に憧れるのだと言う。
案内された掲示板には鉄と鋼階級の依頼はない。難易度の高くない、或いは聖火の鏡に適していない仕事は大地の盾や別のキャラバンに回すのだと、クララはやたらと誇らしげに説明した。
「聖火の鏡の団員が増えると嬉しくは思いますが、やっぱりご自身の適性で選んでいただくのが一番良いと思います。純粋に力に自信がおありなら聖火の鏡、統率と連携で活きるなら大地の盾というように。他にもキャラバンはありますから、時間があるなら見て回ってもいいですし」
「大分傾向が違うんですね」
「ええ、ですからキャラバンによって道具売り場で売っているものも違ったり、集まる仕事の傾向も変わるんですよ」
セルゲイの件もありあまり魔法を他者に見せられないため、銀階級以上の冒険者とパーティを結成する必要のある大地の盾には入れない。他のキャラバンを見て回ってもいいが、やはり報酬の高い仕事が集まる場所がいい。
アルヴィンがエルヴィスに目線を向けると、エルヴィスも目線を返してきた。2人とも同じことを考えていた。
「分かりました、ありがとうございます。2名入団希望でお願いします。こちらの入団試験はどういったものでしょうか」
「説明した通り、我がキャラバンは実力が全てです。銅階級以上の依頼を選んでいただき、達成すれば合格となります。別々に受けられますか? それともご一緒に?」
「一緒で」
「パーティの場合は、1名人数が増えるごとに階級をひとつ上げます。よって、2名の場合ひとつ上の銀階級の依頼を達成していただきます」
銀階級は冒険者の上位3割に入らなければ与えられない。今まで基準というものがなく、相手をした魔物は雑魚ばかりだ。
小鬼や蛇がここではどの階級に当たるのか2人には分からなかったが、少なくとも聖火の鏡の仕事にはそういった雑魚の名前はなかった。
「分かりました。それではこの銀階級の、ラシアラン領に現れた火狼の討伐でお願いします」
「はい! ご健闘をお祈りします、頑張ってください!」
自分たちが力不足に見えるのか、十分に見えるのか、クララの笑顔からは読み取ることができなかった。ただ自分たちのような者が珍しくないことだけが、クララの手慣れた様から読み取れた。
エルヴィスは近くの武具屋で木製と竹製のものに加え、鉄製の矢を数本購入した。アルヴィンはナイフが刃こぼれしていたため手頃な値段の片手剣を購入した。未知の魔物に対してどれ程の準備が必要か分からないためか、エルヴィスは落ち着きがない。
「この仕事、ラシアランの領主から直接依頼されたものみたいだな。報酬も小鬼の群れの4倍近くある」
「それが聖火の鏡の信用度ってことなんだろうね。 まあコルマトンはバーウェア領より王都に近いし、相場も違うのかもしれないけど」
ラシアラン領まで、コルマトンから列車を乗り継ぎ約3時間だ。すぐに出発しても2人が到着するのは夕方になる。エルヴィスの意見で、ラシアラン領で宿を取り、明日の朝から仕事を始めることになった。
バーウェアでは乗る機会の少なかった列車の車輪が動くのを見て、便利なものだとアルヴィンは独りごちた。
「ああ、本当にな」
「もしアルヴィンが魔法を使えなかったらここが良かったかもね」
「魔法が使えなかったらそもそもリンガラムから出てないけどな」
「そうだね。こういうのを運命って言うのかもしれない。ところでさ、僕さっき見たあれ食べたいな。ハビナッツとダロベリーのスコーン」
「所属キャラバンが決まったらな」
ちぇ、と口を尖らせたエルヴィスを一瞥して、アルヴィンは地図を広げた。ウィツィに教えて貰った聖火の鏡の場所を確認し、今度はアルヴィンが前を歩いていった。
エルヴィスのわがままを受け流しながら進んで行くと、やがて大地の盾よりも随分小さいキャラバンの本拠地が見えた。
高い位置に掲げられた赤い旗と、入り口付近に突き立てられた飾り物の穂先が潰れた槍と、刃を潰した剣。一目で冒険者キャラバンだと分かるようになっていたため、今度は2人とも通り過ぎることはなかった。
「ここだよね。聖火の鏡かあ、なんか緊張しちゃうな」
聖火の鏡も、大地の盾と同じく王室に名前を与えられた1つだ。
開け放たれたままの入り口の向こうには、大地の盾と同じように仕事の依頼のために並ぶ人々の姿がある。中に一歩踏み入れようとした時、入り口のすぐ側にいた女性に気付かず、アルヴィンはうっかり衝突した。
「あ、すみません」
「え? ああ、すみません」
女性は何かを考え込んでいたようで、ぼんやりとした様子で外へ歩いていった。左手に持った槍を肩に掛けており、冒険者のようだ。
キャラバンの中には木製テーブルと椅子が多く置いてあり、中は外側から見るより広々としている。
大きめのカウンターテーブルの奥では料理人たちが野菜を切ったり、鍋でスープを煮ている。大地の盾にはなかったが、聖火の鏡では食事を提供しているようだ。
受付らしいカウンターは3つ並んでいて、右と中央には仕事の依頼で列ができている。とりあえず、とアルヴィンは左のカウンターに向かった。
「すみません、見学とかってできますか」
「はい、所属希望ですか?」
「まあ、検討中と言いますか」
「分かりました! ではご案内しますね。すみませーん、受付交代お願いしまーす!」
受付を他の者に任せて、女性は改めて挨拶をした。やけに得意げな表情をしており、理由が分からずアルヴィンとエルヴィスは顔を見合わせた。
「クララ・ルースと申します、早速聖火の鏡の紹介をさせていただきます! 御二方とも、タイミングが良かったですよ! ちょうど今、我がキャラバン自慢の金階級の冒険者が1名おります!」
「あんまり上げないでくれよ、クララちゃん。恥ずかしいだろ」
「あっ、ルクフェルさん!」
クララの説明が聞こえていたらしく、大柄な男が笑いながら割り込んだ。あごひげを撫でながら苦笑する彼の前で、クララはふふんと鼻を鳴らした。
「御二方、こちらが聖火の鏡が誇る2名の金階級のうちの1人、ルクフェル・シュバリィさんです!」
「どうも、ルクフェルだ。若い君たちがうちに興味を持ってくれて嬉しいよ」
堂々とした立ち振る舞いと鍛え上げられた身体は歴戦の勇者を名乗るに相応しい貫禄を醸し出している。その割には物言いや声色は謙虚だが、それが却って余裕と懐の深さを窺わせた。
「ここには金階級がもう1人いらっしゃるんですね」
「ああ、今さっき仕事に行ってしまったようだがね。うちに入ればその内顔を合わせると思うよ。さて、俺も一仕事行ってくる。しっかり案内してやんなよ、クララちゃん」
「はい、いってらっしゃい!」
ルクフェルを見送って、クララは勢いよくアルヴィンとエルヴィスに向き合った。柔軟な表情筋が大袈裟な笑顔を形作った。
「さあ、改めて我がキャラバンの紹介です!」
聖火の鏡は実力と結果を何よりも重視している。クララ曰く、難易度が高く報酬の高い仕事も集まるため、冒険者たちはまず聖火の鏡に憧れるのだと言う。
案内された掲示板には鉄と鋼階級の依頼はない。難易度の高くない、或いは聖火の鏡に適していない仕事は大地の盾や別のキャラバンに回すのだと、クララはやたらと誇らしげに説明した。
「聖火の鏡の団員が増えると嬉しくは思いますが、やっぱりご自身の適性で選んでいただくのが一番良いと思います。純粋に力に自信がおありなら聖火の鏡、統率と連携で活きるなら大地の盾というように。他にもキャラバンはありますから、時間があるなら見て回ってもいいですし」
「大分傾向が違うんですね」
「ええ、ですからキャラバンによって道具売り場で売っているものも違ったり、集まる仕事の傾向も変わるんですよ」
セルゲイの件もありあまり魔法を他者に見せられないため、銀階級以上の冒険者とパーティを結成する必要のある大地の盾には入れない。他のキャラバンを見て回ってもいいが、やはり報酬の高い仕事が集まる場所がいい。
アルヴィンがエルヴィスに目線を向けると、エルヴィスも目線を返してきた。2人とも同じことを考えていた。
「分かりました、ありがとうございます。2名入団希望でお願いします。こちらの入団試験はどういったものでしょうか」
「説明した通り、我がキャラバンは実力が全てです。銅階級以上の依頼を選んでいただき、達成すれば合格となります。別々に受けられますか? それともご一緒に?」
「一緒で」
「パーティの場合は、1名人数が増えるごとに階級をひとつ上げます。よって、2名の場合ひとつ上の銀階級の依頼を達成していただきます」
銀階級は冒険者の上位3割に入らなければ与えられない。今まで基準というものがなく、相手をした魔物は雑魚ばかりだ。
小鬼や蛇がここではどの階級に当たるのか2人には分からなかったが、少なくとも聖火の鏡の仕事にはそういった雑魚の名前はなかった。
「分かりました。それではこの銀階級の、ラシアラン領に現れた火狼の討伐でお願いします」
「はい! ご健闘をお祈りします、頑張ってください!」
自分たちが力不足に見えるのか、十分に見えるのか、クララの笑顔からは読み取ることができなかった。ただ自分たちのような者が珍しくないことだけが、クララの手慣れた様から読み取れた。
エルヴィスは近くの武具屋で木製と竹製のものに加え、鉄製の矢を数本購入した。アルヴィンはナイフが刃こぼれしていたため手頃な値段の片手剣を購入した。未知の魔物に対してどれ程の準備が必要か分からないためか、エルヴィスは落ち着きがない。
「この仕事、ラシアランの領主から直接依頼されたものみたいだな。報酬も小鬼の群れの4倍近くある」
「それが聖火の鏡の信用度ってことなんだろうね。 まあコルマトンはバーウェア領より王都に近いし、相場も違うのかもしれないけど」
ラシアラン領まで、コルマトンから列車を乗り継ぎ約3時間だ。すぐに出発しても2人が到着するのは夕方になる。エルヴィスの意見で、ラシアラン領で宿を取り、明日の朝から仕事を始めることになった。
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