聖者の金杯 〜魔術師の慚愧、魔王の安息〜

雪月黒椿

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2章 コルマトン編

合同調査

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「今の声って」

「え?」

「お、聞き覚えがあると思ったら」

褐色の肌に紫がかった黒い髪、青い瞳。

アルヴィンは数日前に知り合ったばかりの男を見て、目を瞬かせた。

「ウィツィ?」

「ああ、エルヴィスの仲間の、えーと」

「アルヴィン・ファーガス」

「そうだ、アルヴィンだ! どしたよ、何でこんな所にいんだよ」

ウィツィの様子を見て、後ろに控えていた数人も姿を見せた。とは言え警戒心が強いようで、困惑したように顔を見合わせて近寄ろうとはしない。

「ウィツィ、彼は?」

「何日か前にうちに見学に来て、俺が案内したんだ。んな警戒しなくても平気だっての。で、アルヴィンはここで何してんだ?」

「いや、実は同行依頼を受けたんだけども、新月蜘蛛の群れと戦ってたら……」

「ああ、はぐれちまったのか、そらヤベェな。んー……なあ先輩、とりあえずこいつも連れてっていいかな。ここで1人にすんのも危ないだろうしさ」

先輩と呼ばれた男は、少しだけ困ったように眉を下げたが、アルヴィンがまだ少年であることと、ウィツィの顔見知りということですぐに了承した。

「有難いけど俺のことはいいんだ、それよりエルヴィスだ、エルヴィス見なかったか」

「落ち着けって、エルヴィスも1人か?」

「依頼人と一緒にいるんだ、あいつ1人じゃ守りながら魔物と戦えない」

「尚更落ち着け、こういう時エルヴィスだったらどう動く?」

「どうって、あいつのことだから慌てて変な所走り回ってるかもしれない」

「あの、その人の特徴を教えてもらえますか。途中で人に会ったので、もしかしてその人かも」

小柄な青年がおずおずと手を挙げた。アルヴィンはばっと顔を上げて、食らいつくように反応した。

「金髪に青い目で、男か女かよく分からない感じの美形で、弓を持ってます! 薄茶色っぽい髪の男性と一緒にいると思うんですが」

「あっ、多分間違いないです! 男性もいました!」

「えっ、何お前、エルヴィスに会ったの?」

「はい、さっき二手に分かれた時に。弓が使いにくくて広い所に移動したいと言うので、避難場所指定の壕へ向かう道を教えました。ここを300ルィートくらい真っ直ぐ行って、右に曲がって900ルィートくらい進んで、えーと……」

「本当ですか! ありがとうございます!」

「おいこら待て待て」

ウィツィは駆け出そうとしたアルヴィンの首根っこを捕まえた。咳き込みながら不満気な顔で振り返るアルヴィンに簡単に謝って、ウィツィは呆れ顔で頬を掻いた。

「多分お前よかエルヴィスの方が断然冷静だぞ。場所ちゃんと分かってねえだろ、案内すっから着いて来いよ」

「いや、さすがにそこまで面倒をかけるわけには」

「お前な、地下に1人って結構危ないんだっての。しかもコルマトンに来たばっかで構造も知らないし土地勘も何もないだろ。万一のことがあったら俺らめっさ後味悪いんだわ。な、先輩」

「そうだね、今は君が思っている以上に危ない状況だ。それに聖火の鏡の冒険者に貸しを作っておくのも悪くないしね」

アルヴィンが身に付けている団章を見て、先輩と呼ばれた男は苦笑しながら言った。何故だか恥ずかしくなって、アルヴィンは小さく頷いて俯いた。

そうしてウィツィたちの案内で地下通路を進んでいくと、やがてある程度広い空間に出た。そこは照明も用意してあり、地下通路よりは視界も開けている。

「エルヴィス! おいエルヴィス、いないかー?」

「えっ何? アルヴィン?」

「いた!」

大きな柱の陰からひょっこりと顔を出したエルヴィスを見つけて、アルヴィンはほっと息を吐いた。ジャンもエルヴィスの後ろで安堵の表情を浮かべている。

「もう全員腰に縄巻いて繋げとくぞ!」

「嫌だよ動きにくいじゃん、アルヴィンって時々僕よりずっと馬鹿だよね」

「うるっさいこの馬鹿! そもそもはぐれるんじゃない!」

「僕だって好きではぐれたわけじゃないよ! 言っとくけど馬鹿って言う方が馬鹿だからね!」

「だったら先に言い出したお前の方が馬鹿だろ!」

「まあまあ2人とも、無事合流できたのだし落ち着いて」

ジャンに苦笑しながら宥められて、アルヴィンとエルヴィスは我に返って喧嘩を止めた。気まずそうにジャンに頭を下げたアルヴィンを見て、エルヴィスも小さく頭を下げた。

「あれ、ウィツィ? なんでこんな所にいるの?」

顔を上げたエルヴィスは、ウィツィを見て目を丸くした。ぱっと顔を明るくして駆け寄るエルヴィスに、ウィツィも軽く手を上げた。

「俺ら同行依頼で来てんだ。お前らもだろ?」

「うん、誘拐された子どもを探しに」

「お前守秘義務って知ってる?」

ウィツィが呆れた様子で言った。

アルヴィンが慌てて後ろからエルヴィスの口を塞ぎ頭を叩くのを見て、ジャンは呑気に笑った。

「ははは、構わないよ。どうせ社会系からの同行依頼だろう?」

「え、いいんすか」

「君たちの依頼人は……うん、賢者の教典か。我々社会系は普段から情報交換を行うからね。君たちのキャラバンが組合の中で最適なキャラバンに仕事を回すように、我々も共有して振り分けているのさ」

ウィツィたちの依頼人である男が、小さく微笑んで会釈した。身に付けているループタイに団章が使われていて、開かれた本の印が入っている。

ならば、とエルヴィスは張り切った様子で提案した。

「じゃあ依頼内容の共有とかもできるかな」

「それは本来はキャラバン同士で書類のやり取りが必要なんだ。まあ、実際は現場の状況に合わせていくらでも変わるけどね。賢者の教典の彼がいいなら、こちらは構わないよ」

「こちらは人数が多いほど助かるのですが、いかんせん危険があるかもしれなくて……もし厳しそうでしたら無理せず逃げてください」

賢者の教典の依頼内容は、ある犯罪組織の調査だ。

地下通路をよく用いるという情報を元に情報収集、あわよくば構成員の1人や2人捕まえたいとのことだ。

アルヴィンとエルヴィスは大人と比べれば身体が小さい、取っ組み合いにでもなれば不利だ。ウィツィたちの依頼人はそれを懸念しているようだった。

「ちなみにどういう組織なの?」

「何が主かまでは知んないけど、人身売買とかやってるらしい。気を付けろよ、お前みたいな顔の綺麗なガキは捕まったらどうなるか分かんないぞ」

「うん、気を付けるよ。けどガキって、ウィツィだって僕らとそんなに変わらないじゃん。僕らより2つか3つくらい上?」

「いや俺27」

「えっ」

衝撃の事実に、アルヴィンとエルヴィスは目を丸くした。ウィツィはそういった反応には慣れているようで、若いだろ、と悪戯が成功した子どものように笑った。

アルヴィンとエルヴィス、ウィツィたちのパーティ、依頼人2人を足して合計8名だ。現在地を集合場所として三手に分かれて探索することになった。

それぞれに地下通路についてある程度理解している者を配置する必要があり、アルヴィンとエルヴィスは別々の方向に向かうことになった。突然エルヴィスと分かれて行動することになり、アルヴィンは戸惑いながら横にいるウィツィに目をやった。

「俺とアルヴィンとジャンさんか、良い情報手に入るといいな」

「ああ、よろしく頼……みます」

「はははっ、年齢バレっとみんな反応変わんだよな。別に今まで通りでいいのに」

「そうか、じゃあ今まで通りで」

「そんなすぐに元通りされっと、もうちょい恭しくてもよくないかって気持ちになる」

「面倒臭いな」

入り混じった好奇心と不安を顔に出さないように努めて、アルヴィンは両手で頬を叩いた。

今日は何もかも初めて経験することばかりで、少しばかり緊張している。大きく深呼吸をして、前を歩くウィツィを追い掛けた。
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