恋人を裏切り、富豪の公爵と結婚した令嬢はその瞳に何を映すか?

やぎや

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 3~5話くらいで終わる予定です。

 *~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*


 ぱたぱたぱた、と足音がする。
 私はソファで足を組みながら飲んでいた紅茶のカップを置いて、ソファの肘掛けに肘をついて手の上に顔を乗せた。ため息が漏れてしまう。
 うるさい足音は扉の外から聞こえてくるもので、私の神経を苛立たせた。

 「奥様! 奥様!」

 メイドの甲高い声が聞こえる。私ではない『私』の名を呼ぶ声がする。
 私はその声を聞くだけでもう何もかもが嫌になってきてしまって、朝から時間をかけて結われた美しい流行の髪型を崩して、頭をかきむしりたくなってしまう。

 メイドが私の部屋の扉をドンドンと叩く。煩くてたまらない。

 「奥様!! ベッシーです。入っていいですか?」

 もう少し扉は優しくノックをして、廊下は足音を立てないように綺麗に歩いて、甲高い声で喋らないで。
 ベッシーです、入っていいですか、じゃないのよ。
 奥様、ベッシーです。入ってもよろしいでしょうか?って聞くべきじゃない?

 なんて品がない。

 注意する気もなくなってしまうから、私はため息だけをついて嫌々返事をした。

 「……いいわ、早くお入りなさい。」

 その瞬間、慌ただしく扉が開く。いい加減にして欲しい。騒がしすぎる。

 「奥様!! また・・旦那様からのプレゼントですよ……! 旦那様ったら、奥様のことを本当に大切にされてるんですね! こうやって毎日・・プレゼントをするだなんて。」

 そりゃそうでしょうとも。
 毎日プレゼントを贈るくらい、負い目を感じているのでしょう? 
 こうやって色々なものを送りつけて、あわよくば許して貰いたいと思っているのでしょう?

 「物を毎日送ってくるだけで、愛されているかどうかは分からないわよ。」

 私は表情を変えずに嫌味っぽく言う。
 このメイドは私たちが愛し合って結婚していると信じているようだった。
 私は言ってしまいたくなる。そんなのは嘘、私もあの人もお互いを愛し合ってなんかいないって。

 「そんな寂しいこと言わないでくださいよ、奥様。旦那様は奥様のことをとっても大切になさってるんですから! 愛されておりますよ! 小さい頃からこのお屋敷で働いている私が言うんですよ? 奥様、安心していいのですよ」

 このメイドは私が不安に思っていると考えているのだろうか? 
 そんな筈ないのに。なんなら、私は今この屋敷を追い出されたっていいと思っているほどなのに。

 私が黙っていると、メイドはプレゼントの箱を慌ただしくテーブルの上に置いた。
 黄色いリボンと紺色の包装紙に包まれた小さな箱と、青いリボンと白い包装紙に包まれた大きな箱。それから、緑色のリボンに深緑の包装紙に包まれた中くらいの大きさの箱。
 
 「三つもありますよ! 今日はなんでしょうね?」

 メイドの方が箱の中身が気になって仕方がなさそうだった。
 
 「そんなに気になるのなら、あなたが箱を開けてしまったらどう? わたくしはあまり興味がないの」

 思わず口から出てしまった。
 メイドはすぐさま私の顔を見て、強い口調で言う。

 「そんなことをしたら、私が怒られてしまいます! これは奥様へのプレゼントなんですから、奥様が開けなくちゃ意味がありません!! 旦那様もそんなことは望んでいませんよ!」
 
 もう、プレゼントなんて欲しくないのに。
 私の心の声に気づいてくれないメイドが怒る。私のことを身の程知らずだと、失礼で調子を乗ってる女だと思っているのだろうか。

 「そうね、ごめんなさい。あなたがあまりにも楽しそうにするものだから……。他意はなかったのよ。許して頂戴。今開けるわ。本当に、旦那様に感謝はしているのだけどね……」

 は使用人に謝ることなんてなかったし、こんなに簡単に謝罪の言葉を口にすることもなかった。こうやって軽々しく謝罪してしまうようになった自分が恥ずかしくなってきて、顔に熱が集まりそうになる。必死に冷静になるようにして、表情を取り繕う。
 欲しくもないプレゼント達に手を伸ばして、一番大きな箱を手に取る。

 「何が入ってるのかしら、こんなに大きな箱に。」

 気になりもしない箱の内容に思いを馳せているふりをする。
 嬉しがっているふりをする。
 触り心地のいいリボンに指を絡ませて、そっと引き抜く。いとも簡単にリボンは解けるから、私は深緑の包装紙に手をかけた。ビリビリ、と包装紙を破けば、出てくるのは長方形の白い箱。
 
 「この包装紙、捨てといてくれる? 後ででいいから」

 メイドに言う。メイドは嬉しそうな顔をして「はい」と返事をした。どうして嬉しそうな顔をするんだろう、と疑問に思う。でも、そんなことはどうでもいいことだから、私は湧き上がってきた疑問に蓋をして忘れてしまう。
 長方形の白い箱を開けてみれば、中から出てくるのは薄紙で。その薄紙もかき分けてみれば、薄紅色のドレスが出てきた。
 肩と鎖骨がくっきりと出るデザインで、袖は膨らんでいる。生地はシルクのようだ。光沢があり、部屋の窓から入っている光に照らされて輝いている。袖の部分だけにはシルク生地の上からシフォン生地が重ねてあって、そのシフォン生地には赤い糸で刺繍が施されてある。

 「まぁ! 奥様の雰囲気にぴったりのドレスですね!」

 メイドがはしゃいで言った。

 「そうかしら?」
 「ええ、そうですよ、奥様」
 
 腰の部分は刺繍がしてあるリボンで結べるようになっているから、腰の細さが強調できる。胸元とドレスの裾には繊細なレースが縫い付けられていた。ドレスには沢山のギャザーが寄せてあって、少し動くだけでふわりと形を変えるだろう。裾部分は後ろの裾だけが少しだけ長くなっていた。

 私はそれをじっくりと眺めた後、ソファに乗せた。

 「奥様、後で着てみませんか? それで旦那様を出迎えて差し上げれば、きっと喜びますわ」

 メイドが私にそう提案した。私はそれをすごく却下したい気分だったけど、却下してしまえば夫が期限を悪くすることを知っているから静かに頷いた。
 メイドは満足そうな顔をして、私に次の箱も開けてみたらどうかと勧めた。
 私は中くらいの箱を手にとって、リボンを解き、包装紙を破いた。また、箱が出てきた。丸い箱だ。
 私はその箱の蓋を開けた。

 「まぁ、帽子だわ。手紙も付いてるのね」

 中に入っていたのは、最新流行の帽子だった。薄紫色で、つばの部分が広く、帽子の端にはダチョウの羽が付いている。帽子を囲んでいるのは白と薄紫のストライプのリボン。
 箱の中に入っていた封筒を取り出す。メイドにペーパーナイフを取ってくるように命じて、封筒を開ける。封筒を開ければふわりと香水の香りが漂ってきた。私はその香りが嫌いだ。
 少しその香りを疎ましく思いながら手紙を開けば、ほんの数行の文が書いてあるだけだった。

 『愛しい私のフランソワーズへ
 外出の多い君のためにこの帽子を贈る。喜んでくれたら嬉しいよ。
 君が私の事を忘れないように、この手紙に香水をふりかける事にした。最近流行っているらしいね? 
 外出する時はどこへ誰と行くのか執事に伝えるように。
                        フィリップより』

 「外出の多い」、「外出する時は…」私は心底夫から信用されていないのだなと思う。私が不貞を働く女だと信じて疑っていない。その事実に少し寂しくなりながらも、そう思わせる事をしてきたのは私なのだからと我慢をする。
 文面では愛しいと言いながらも、本心は私のことを全く愛しいと思っていないでしょうに。

 私の暗い表情を感じ取って気をつかったのか、メイドが鏡を持ってきた。

 「奥様、きっとこのお帽子も似合いますよ。一度被ってみませんか?」
 
 そう勧められたから、私は帽子を被った。大きなダチョウの羽が目立つ帽子は、室内用のドレスに合わせるとけばけばしく、少しばかり下品に見えた。

 「本当にお美しいです! お似合いですよ!!」

 メイドがやたらと私を褒める。元気づけようとしているのだろうか。

 「ありがとう」

 一言だけ言って微笑めば、メイドはほっとした顔をする。私は帽子を箱の中に戻した。

 「今度使うわ」

 メイドは少し微笑んで、目線を私からもう一つの残った箱に移した。
 開けてみては、と言う意味らしい。
 私は一番小さな箱を手にとった。

 「何が入っているのかしらね」

 言いながら、リボンと包装紙を外していく。
 中から出たのはビロードのしっかりした箱だった。箱、と言うよりもケースと言った方が正しいかもしれない。
 少しだけ、嫌なものを感じた。本能的に開けたくないと感じた。
 それでもこの箱を開けるしか選択肢はなくって、私は恐る恐る箱を開ける。
 箱を開けて私がみたものはやっぱりいいものではなかった。
 大粒のアメジストが使われた、豪奢なアンクレット。それに、小さなメッセージカード。
 アンクレットの、大粒のアメジストの周りはぐるりとブルーサファイアで囲まれている。チェーンの部分は細い金のチェーンで、所々に小さなアメジストとブルーサファイアが散りばめられていた。

 メッセージカードにはただ一言。

 「左足首に付けなさい」

 泣きたくなってくる。一切信用されていない私がたまらなく惨めだった。
 視界がぼやけてきて、もうだめなのかもしれないと思う。これアンクレットは私の足枷だった。夫が私に用意した、美しい足枷。私はもう逃れられないのだ。

 メイドが私の様子に気付かずに話している。

 「素敵なアンクレットですねぇ! 旦那様の瞳の色のアメジストと、奥様の瞳の色のブルーサファイアを使っていて……。旦那様ったら、奥様のことを独り占めしたいんですね」

 独り占めなんかじゃない。ただ支配したいだけなのよ。そう言おうとするのに口が動いてくれない。舌が私の口の中で固まっている。

 黙っていれば、メイドが私の顔を見て驚いた顔をする。どうしたんですか、具合でも悪いんですか……。何度も声をかけてくる。
 違うの、そうじゃないの、と言いたいのに言おうとすればするほど声が嗚咽に変わってゆく。
 泣きじゃくっていれば、部屋のドアが開いた音がした。
 私は顔も上げられずに泣き続ける。

 誰かが私の前に来て、面白そうに呟いた。

 「私の愛しい奥さんを泣かせたのは誰だ?」

 その男は、私の夫の公爵だった。


 
 
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