届けない手紙

やぎや

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あなたへ

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 結婚式の1週間前。
 深夜に時計の音が2回鳴った時間、花嫁となる女は机の上でペンを取り、蝋燭の薄暗い灯りを頼りに手紙を書き連ねていた。
 決して届くことのない、人生で最初で最期の心からのラブレターを。





拝啓 あなたへ

 お元気にしていらっしゃいますか。

 私はあなたがいないせいで退屈な日々を送っております。
 とは言え私も後少しで結婚致しますので、このようなことは言ってはならないのでしょうね。若くて希望が満ち溢れている私ががこのようなことを言ってはなりませんって家庭教師が言いそうだわ。

 希望なんてないのになんてこと言うのかしらね? 政略結婚に希望なんか持てて? 相手がお酒とギャンブルと女遊びに溺れない人だったらまだましだと思うだけよ。
 あなたはろくに顔も見たことがないような人を伴侶にするのに抵抗はない? 私はあるわ。
 きっと一生縛られるのよ。世継ぎを産んで貞淑で美しい妻となって旦那を支えるんでしょう……? あぁ、嫌だ。そんなこと私にはできない。
 でも、あなたは愛してる人と結婚できるのだから幸せね。これは決して嫌味ではないのよ、あなたならこの言いにくい気持ちをわかって下さると信じているわ。

 本題に入りましょう。
 私、あなたに感謝しているのです。素晴らしい経験と感性と新しい世界を教えてくださったから。

 私があなたと出会ったのは、私が絵画教室へ通っている時でしたわね。
 男も女も関係なく、ただひたすら絵を描けるあの場所で、私は孤独でした。
 褒められるために絵を描いていたわけではないけど、そこまで親しいお友達もいなかった私は心細かったのです。

 そんな時にあなたが私の隣にやってきて、私が一番頑張って描いた絵を褒めてくださったんですもの。すごく嬉しかったわ。あなたのほうが素晴らしい絵を描いていらっしゃったのに、私の絵を見てあれほどまで賛賞の言葉を下さったこと、私は忘れません。

 私はあなたほど素晴らしいお友達ができたことを誇りに思っています。
 
 百人いたら百人全員が美しいと言うであろうそのお顔。
 低くて安心する素敵なお声。
 抜群のセンスと会話。
 
 絵画教室が終わったら、あなたの周りに女の子が群がってあなたと関わりを持ちたそうに話しかけていらっしゃったわね。

 私はそれをみて、いつか私に興味をなくすのではないかと心配になりました。

 私は何の魅力もない平凡な女なんですもの。

 でも、あなたは私に居場所を下さった。その居場所を取るようなことはしなかった。


  ねえあなた、私があなたのことを好きになるのも、頷けるでしょう?


  ずっとずっと前から、あなたのことをお慕い申し上げております。


  あなたは私の全てなのです。


  眩しい笑顔も、凛とした声も、ウィットに富んだ会話も、素晴らしい知識も、あなたが好きではないあなたの部分も全部好きよ。

  大好きで、大好きで、愛してる。
 

  あなたが好きなものは全て好きになった。例え私が今まで嫌いだった物だとしても。
  あなたが嫌いなものは全て嫌いになった。例え私が今まで好きだった物だとしても。

 好きで好きで堪らなくて、四六時中あなたのことを考えていた。

 お茶会に招待されたらそれはすごく嬉しかったし、あなたが私を抱きしめてくれた時は眠れなかった。
 あなたが私の頰にキスしてくれた時は、もう死んでもいいと思った。
 あなたが私に旅行のお土産をくれた時は、それを一日中眺めて誰にも見られない場所に隠した。
 あなたが私に好きだと言ってくれた時、もうこの世に悔いはないと思った。

 私はあなたの全てを知りたくて、あなたは私の全てを知っていた。

 あなたは私にたくさんの秘密を隠していた。
 何一つ話してくれなかった。



 そうね、あなたが私に打ち明けてくれたことって、一つしかないと思うの。
 


_そう、あなたに恋人がいるってことくらいかしら。



 それを聞いた時、死にたくなった。
 だって、あなたは私と同じ気持ちだろうって思ってたから。
 世界から急に色が抜け落ちたように感じた。
 私の全てが嫌になった。
 全て私の思い込みだったんだって、恥ずかしくなった。

 私に婚約者はいたけれど、彼は私のことを愛していなかった。
 私を心底嫌っているようだった。いえ、興味もなかったのでしょうね。

 あなたが私にくれた居場所は何だったの?
 あなたが私に言った言葉は嘘だったの?
 私はあなたにとって何だったの?
 
 そう思っているうちに、あなたはどこかへ行った。
 後で家に手紙が届いて、あなたが恋人と駆け落ちをしたと知った時、私はあなたに全く愛されていなかったのだとわかった。
 私が手紙を出しても、あなたは返事をくれなかった。
 私はあなたに捨てられたのです。
 私が求めていた愛と、あなたのくれた愛は違った。

 あなたは親にも婚約者にも愛されず、友達もいない私を見て「憐れみの愛」をくれたのだと悟った。

 私はなんて愚かだったのでしょうか。
 それが本当の愛だと信じておりました。
 あなたの全てを信じて、見事にあなたに裏切られました。
 
 全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部、私が作り上げた夢のようなものだったのでしょう。

 


  それでも、私は愛しております。
  永遠にあなたを愛し続けます。
  あなたがくれた愛が憐れみだろうと、そんなことは関係ないのです。
  あなたが私に愛をくれただけでもう満足しました。
  
  このまま私は灰色の世界で、ただただあなたを想って生きていくのです。
  あなたが振り向いてくれなくても、私を忘れてしまっても。
  あなたが旅行に行った時にくれた、この美しい腕輪をあなただと思って。
  好きで好きで好きで堪りません。
  
  ああ、もう死んでしまいたい。




  もう一度だけ言わせて頂戴。


   エミリー、私は貴女のことを愛しております。
     
                                                                愛を込めて。クリスティーナ






そしてクリスティーナは、その手紙を暖炉の灰の中に隠した。
その想いも封じ込められるように。
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