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続章【逢魔】四日目②
紗都梨と”覚(サトリ)”
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「お、おい修一郎!! さっきの走り見てたぞ!! 何だあいつ────Aクラスの木葉か!? あいつ足速いな!? 驚いたぞ!!」
興奮気味に猫柳は喋る。
(見られていたのか……)
「何なんだよお前ら! 朝っぱらから楽しそうな事やりやがって!!」
「ああ、ごめんな……負けちまった」
同じ陸上部員として、申し訳ない気持ちになった。
「いやいや、お前の走りも凄かったって! 100Mか!? くそ、タイム計りたかったな」
「猫柳の方が速いよ、あいつは俺より少し速いくらいだ」
「いや、わかんね…っていうか修一郎、お前は今日俺と勝負するって言ってたよな?」
「ああ、そのつもりだよ」
その為に昨日、午前中に練習していた。
だが、勝負前に思わぬ相手に負けてしまった……。
────その事が返って、やる気を出させる。
「……本気で来いよ? 紗都梨ちゃんの秘密をかかってるんだからな」
「…………俺が勝ったら、誰にも言うなよ」
「俺が勝ったら、言って良いのか?」
「俺が勝つまで言うなよ」
やれやれと猫柳は苦笑した。
*
御堂の秘密────────俺も昨日、見てしまった。
泣いている御堂、……鏡さんと一緒にいる御堂。
人の秘密は見るもんじゃない。
色んな憶測が頭を過ぎってしまう。
*
「まあ今は紗都梨ちゃんの事より、昨日の事だ。八橋とデート……どうだった? 手ぐらい繋いだか?」
「あぁ!? そうだ、猫柳! 昨日は何であんな嘘ついたんだよ!! 八橋もびっくりしてたぞ!!」
「ああ、悪ぃ悪ぃ、誘われたんだけど急用入っちまってさあ……駅まで行って断ろうとしてたんだよ。そしたらお前から電話があった」
「だったら事前に言ってくれよ!」
「事前に言っても、お前の事だから断ると思った」
「……どうかな」
「それに、あいつもお前が来て喜んだと思うぜ?」
「それはない」
生八橋は本来お姉さんと行く予定だった。
代わりの代わりも良い所だ。
「あれれ、二人ともそんな所で何やってんの?」
扉の入口を塞ぐ俺達の前に問題の生八橋が現れた。
「おぉ、美生? 今日は早いな? まだHRまで一分もあるぞ!?」
「あたしを馬鹿にしてもらっちゃ困るなー、やるときゃやるんだから!」
(……それでも一分前か)
「修ちゃん! 昨日はありがとうね! 楽しかったよ♪ 猫ちゃんはドタキャンやめてよね!」
「ああ、悪い悪い」
悪びれもせず猫柳は笑う。
「まあ猫ちゃんには舞台なんて退屈だろうねー」
生八橋も気にしてないようだった。
程なくしてチャイムが鳴り、話し込む間もなく席に着いた。
授業中に昨日から今日にかけて起こった色々な事を思い出す。
御堂の事、鏡さんの事、イサミの事、木葉の事……。
……おかげで授業内容は、さっぱり頭に入らなかった。
変な夢も見たし、一向に気が休まらない。
そんな午前中の授業も終わり、昼休みになった。
「お? その荷物……新しいシューズじゃねえか、どれもっと良く見せろ」
猫柳は新しい靴をまじまじと眺める。
「ランスパーク……タイガーバウ復刻モデルか? こりゃ良いシューズだなー、トラック競技用シューズの元祖だよな」
靴は今まで余り興味がなかったので、一目見てわかるなんて凄いと思った。
爺ちゃんの贈り物で村井先輩が選んでくれた靴だ、褒められると気分が良い。
「お前の靴、だいぶ痛んでたもんなー……こりゃ今日の勝負、楽しめそうだ」
「靴でそんなに変わるのかよ」
「そりゃそうだろ……それ以上に気に入ってる靴履くとさ、モチベーションがあがるわな。才能も勿論だけどその時の気分や体調、あらゆる要素でタイムなんて大幅に変わるぜ?」
「あいつに────木葉に絶対に負けたくないって思った。でも、負けちまったよ」
「いやいや、あいつは速いぜ!? あの野郎……文科系だと思ってたのに。今度スカウトしてやる」
「あいつの事を知ってるのか?」
「ああ木葉か? あいつは顔が良いから学年で一番女子に人気があるぜ? うちの先輩からもしつこく聞かれるしな……」
「……そうだったのか、全く知らなかった」
「まあ、俺も他は良くしらねえ。頭も良いらしいし、運動も出来るとなると……唯一の欠点はチビって事くらいか」
「なになに? 勇ちゃんの話?」
ひょっこり現れた生八橋は木葉の話題に食いついてきた。
「生八橋も木葉の事知ってるのか?」
「うん、そりゃあもう。あの子、従兄弟だし」
「従兄弟ぉ? ……全然似てないな」
「従兄弟は普通似てないでしょ! しかしあの子、昔は可愛かったんだけどー……最近、性格悪いんだよ。“遅刻ばっかりしてみっともないですよ”だって! あったまきた!」
「…事実だよな」
「ああ、事実だ」
「で、今日の修ちゃんの弁当何?」
「うん、鴨と軍鶏の唐揚げ甘酢あんかけ……って、やらんぞ」
「えぇー? 昨日くれるって言ったじゃん! あたしの事生八橋って呼ぶ代わりに!」
「使用料かよ!?」
(良くそんな細かいところまで覚えてるな!?)
「ふん、まあ良いわ。せめて八橋って呼んだら許してあげる」
「うん、わかったよ八橋」
「は、早ッ!? ……修ちゃん、成長したわね!」
「人はずいぶんと簡単に成長できるんだな……」
生八橋は諦めて自分の持ってきたサンドイッチを食べる。
物欲しそうに見つめてる……食い辛い。
「しかし美生じゃないが、お前の弁当は本当に美味そうだよなあ」
猫柳は相変わらず購買部のパンだ。
「爺ちゃんも親父も母さんも姉ちゃんも、全員料理巧いんだよ。爺ちゃんや両親に至ってはプロだしな」
俺が一番ヘタクソだ。
もう一つの家、九条庵の事を話した。
「おお? 繁華街越えたところの蕎麦屋……あれもお前の家なのか? 何回か出前頼んだ事あるが、美味いし来るのがすげー早いんだ」
「え? あそこのお蕎麦屋さん、修ちゃんの家なの!? うちはいつもあそこで年越し蕎麦買って作ってるよ。へえー……良いな、いつか皆で行きたいね!」
「────え?」
「おー、それは良いな。行く時は俺も誘ってくれよ」
「あ………ああ……良いよ。きっと爺ちゃんも喜ぶと思う」
「やった! 約束だよ!」
「…………」
こんな誘いは初めてで戸惑う。
そう言えば楓姉は良く友達連れて行ったって言ってたっけ。
────昨日の一件以来、爺ちゃんに対する苦手意識がなくなった。
俺が勝手に壁を作ってただけなんだ……。
爺ちゃんは喜んでくれるだろうか。
◆
放課後、陸上部にて周囲の先輩達が見守る中────猫柳との100M走勝負となった。
今日に限っていつもより陸上部員が多い。
「稲生って短距離速かったっけ?」
「うーん、前に計った時はそこそこ速かったけど……」
以前計った時の事を思い出す。
その時は正直、余り乗り気じゃなかったが……それでも真剣に走った。
結果は普通より少し速い程度の平凡なタイムだった。
────……それ以来、短距離はまともに測ってない。
誰もが結果が見えてる勝負に不思議がっていた。
賭けの内容については誰も知らないのが唯一の救いだ。
「修一郎、お前さ……」
猫柳が小声で話しかけてきた。
「やっぱり紗都梨ちゃんに惚れてるのか?」
────!?!?
「ま、待てよ。こんな時にいきなり何を言い出すんだ!!」
「いやさ……俺は紗都梨ちゃんの事、実は良く知らねえんだよ」
「?」
「何て言うか……何でお前がそこまであの子の事を気にかけるかわからねえ、まあ確かに美人だし頭も良いけどな」
「それは…………」
「あの子は模範的な優等生だ────でもその分、あんまり人間味がねえ感じがするんだよな」
「もう良い、やめてくれよ」
聞きたくない、友達を悪く言われるのは気分が悪かった。
「作り物のお人形さんみたいな印象だ」
「……いい加減にしろよ、本気で怒るぞ」
「ああいうタイプほど…………裏で何やってるかわからねえもんだ」
珍しく猫柳は真剣な顔つきだ。
(何故わざわざそんな事を……)
本気で腹が立ってきた。
────猫柳を睨み付ける。
しかし猫柳は俺を見ず、先輩達の方を見た。
「せんせーい、準備出来ました。あ、今回ピストル使って良いですか? ね、お願いしますよ……一発だけ!」
顧問は今回だけだぞ、と渋々承諾した。
振り向いた猫柳の眼は真剣そのものだ。
「さて……と。────本気で行くぜ、修一郎」
こんな猫柳の眼は初めてだ────血が騒いだ。
「位置についてー!!」
顧問の声が響く、重心を前に倒す……倒れすぎないように前を見た。
「用意!!」
パァン!と銃声が響く────猫柳は凄い勢いで駆け出した。
(何てバネだ……ッ!)
序盤から差をつけられる、猫柳の背中を追った。
前へ……────前へ。
ただ無心に背中を追った。
ただ無心に前を追った。
すると……離れていく一方だった背中が────次第に近付いてくる。
背中は徐々に大きくなり……────届きそうな程の距離になった。
だが、それと同時に猫柳はラインを越えた。
猫柳は失速し、俺は加速が止まらずラインをだいぶオーバーした。
前のめりになり、倒れこむ。
しばらくは息があがり何も出来ない……行動不能だ。
────速い。
猫柳が速いのは知っていたが────……ここまで速いというのを意識した事はなかった。
呼吸を整え、猫柳のところへ向かう。
……完敗だった。
猫柳は前のめりになったまま息を吐き出し続ける。
「はあ、はあ……も、もうちょっと……」
終いには転がり込んでしまった。
「はあ……もうちょっと────距離があれば……」
猫柳の近くで座り込んだ。
俺も酸欠で倒れそうだ……足も自分の足じゃ無い様に上がらない。
「やばかった……マジで」
先輩達が何やら騒いでた。
タイムがどうとか言っている。
だが、それとは別に視界にふと眼に入った影に心を奪われる。
図書室の窓に────御堂の姿が見えた。
こちらをずっと見ている。
遠すぎて御堂の表情まではわからない。
俺が見ている事に気付いたのか、軽く手を振っている────様に見えた。
先輩達が駆け寄る。
どうやら猫柳のベストタイム更新だったらしい。
……俺の方も何か色々言われたが、余り頭に入らなかった。
今まで手を抜いてたとか言われる始末だ。
手を抜いてた訳じゃない……だが、前に走った時とは感覚が全然違った。
体力が落ち着いた後、もう一度走らされた。
だが、先程の様な走りは出来なかった。
気合入れれば入れるほど、まるで調子が狂ってしまう。
足が空回りしてすかすかだった。
極端に走りにムラのある奴だと、見直されたり呆れられたりした。
◆
「悪かったな」
部活終了後、二人になった時に猫柳がポツリと呟いた。
「…………」
「────紗都梨ちゃんへの悪口さ」
続けて猫柳は口を開く。
「お前を怒らせた方が面白いかと思った。まあ…本心も少しは入っちゃあいるがな」
「……まんまとその手にひっかかったよ」
「紗都梨ちゃんの秘密……話しても良いぜ?」
「いや、聞かない────勝っても……聞きたくないんだ」
「はは、お前、結構頑固だよなあ。相手が気になるなら、普通聞きたがるものだけどよ
何も答えず首を振る。
聞いた所で心のもやが増える一方だ。
「紗都梨ちゃんってさー、なんつーか気品があるし、良いところのお嬢さん……って感じだろ? 入学式の時はすげえ高級車で送り迎えされてたらしいし」
「高級車……?」
やはりと言った感じだが、むしろそっちの方に驚いた。
御堂に……庶民的な一面もある事を俺は知っている。
初めてまともに会話をした時……彼女はスーパーの特売コーナーにいた。
「まあここまで引っ張っといて何だが、大した話じゃねえ……俺、その紗都梨ちゃんが質素な安アパートに入ってくのを見たんだ」
「おい!! 聞きたくないって言っただろう!?」
「俺は勝負に勝った、話すのは自由だろう? 安心しろ、お前以外には絶対言わねえから」
「安アパート? ……確かに、大した話じゃないな」
だけど……御堂のイメージには全く合わない。
「家は裕福なんだろうし、まあ俺も色んな憶測をした訳よ。ははは、男の所なんじゃねえかとついついエロスな事想像しちまってさー」
「……失礼な想像するなよ」
猫柳を睨み付けた。
いつもの冗談のはずなのに、笑えない。
「わかった、冗談だよ。……まあカッカすんな、真実はたいした事ないかもしれねえだろ?」
「たいした事あったらどうするんだよ」
「……その時は受け止めるしかねえな。誰だって人に言えない隠し事は持ってるさ」
当たり前の言葉がズシリと胸に響く。
誰にも言えない様な隠し事を……自分も持っている。
それは他の人間にも……御堂にも言える事だ。
心のもやがますます濃くなってきた。
『ウゥ~』
吽狛が大きくあくびをする。
これはストレスを感じ始めた時のサインだ。
このもやは……御堂に会わない事には晴れなさそうだった。
◆
部活を切り上げ、今日は一人で帰ると猫柳に別れを告げ図書室へ向かう。
先程図書室で御堂の姿を見た。
今ならまだいるかもしれない────……会って話がしたい。
何か抱え込んでいるのなら、力になってあげたい。
図書室に辿り着いた時、ちょうど御堂が扉を開けて出て来た。
「あ……、修一郎君?」
こちらが声をかけるより早く、御堂が声をかけてきた。
“お静かに”の看板が目に入り、廊下へと移動する。
「さっきね、図書室の窓から見てたよ。────修一郎君の走り」
「え? ああ、やっぱりあれ……見てたんだ?」
「うん、あんまり速いからびっくりしちゃった。凄いね!」
「いや……俺、結局負けちゃったし」
「もう一人の彼も凄く速いね。二人とも……人ってあんな風に走れるんだ……ってつい見蕩れちゃったよ」
「あいつのはな……俺のフォームは、結構むちゃくちゃだったと思う」
褒められるのは慣れてない。
……どうしても否定的な言葉が出てしまう。
「ふふ、がむしゃらな感じだった……男の子だなあ……って思ったよ」
「…………女子もやってるけど」
どうでも良い返答をする。
やっぱり俺は口下手だ。
「……うん、だけどあんな風に走れる女性はテレビでしか見た事ないなあ……」
その時、御堂は何かを思い出したかのように俯いた。
「……でも、その人薬物疑惑の末……若くして亡くなっちゃったみたい」
────その話は、聞いた事がある。
それは陸上番組じゃなくて、筋肉増強剤……ステロイドの怖さを特集した番組だった。
「人に無い力を手に入れる為に、命を引き換えにしたんだよね……」
それで獲た栄光に意味はあったんだろうか。
御堂の表情は昨日の時の様に曇っていた。
「ごめん、何だか暗い話になっちゃったね。私は感動を伝えたかったの、修一郎君に会いに行こうかと思ってたんだ」
(そ、そうなんだ……)
会いに来たのはこっちだった。
「でも時間大丈夫? 図書室に用事があったんじゃないの?」
図書室に用事は……あ、あった。
「うん、これを返しに来た」
鞄の中からピーター・パンの文庫を取り出すした。
「あ……」
御堂は一瞬眼を見開き、背けた。
そうだ────昨日、御堂は舞台を見て泣いていた。
しまったと感じ、慌てて本を鞄にしまう。
「よ、読んだ? どう、面白かった?」
笑顔で問いかけてくる────しかし、少し声が震えている気がした。
「うん、子供の頃に読んだ時と、感じ方がまるで違った。ラストは覚えてなかったしな……」
「そうだね、私は……私がもしウェンディなら、きっとネバーランドに────残ったと思う」
「?」
「小さい頃、お婆ちゃんになった……飛べなくなったウェンディが辛かった。何で残らなかったんだろうって納得がいかなかった」
「……でも、ピーターは身勝手だ。相棒の妖精のティンクの事もフックの事も最後は忘れてる。ネバーランドも楽しい事ばかりじゃない」
────御堂の言葉は真剣だった。
だから、つい真剣に反論してしまう。
「うん、でも……ウェンディの事は忘れてなかった」
ピーターがウェンディの事を忘れなかった理由……。
……昨日の八橋との会話が思い出された。
「お母さんだもんな、忘れないさ」
「お母さん……そうだね、お母さんの事は……忘れないかな」
……気のせいだろうか。また別の事を考えてる気がした。
「修一郎君のお母さんは海外で仕事してるんだよね?」
「……────海外?」
きょとんとしてしまう。
「前にご両親は海外に居るって……言ってなかったっけ?」
(────あ!)
すっかり忘れてた、説明がつかないから……海外に居るなんて嘘付いたんだった。
「う、うん……そうだった。そんな事を言ってたっけ」
「嘘……だったの?」
御堂に問われる。
そうか、あの時は御堂に“覚”は憑いていなかった。
そのまま通ってしまったのか。
「うん、ちょっと訳ありでね、説明が難しい。とにかく、母さんも親父も居ないんだよ」
「ううん、こっちこそごめん……話したくない事って誰でもあるよね、それを私は勝手に覗いてきた」
嘘をついた事を非難されるかと思ったが、御堂は自分を責める様な事を言い出した。
「私の“覚”の心を読む能力は、強い意志や全体の空気は伝わる……咄嗟に出た嘘もわかる。でもそれは嘘に対する感情が強いから伝わるだけ────心が通じる相手じゃないと深くは読めないの」
そう言って、御堂は頭上の“覚”を優しく撫でるような仕草をする。
「……今は読んでいないよ。この子には、もう心を読まないようにお願いをしているの。信じて……」
────御堂に憑いている“覚”を見る。
「信じるも何も……今、“覚”は眼が閉じられている状態だ。それに……弱ってる────気枯れてるようにも見える」
「え……? そうなの……? ね、ねえ、ちょっと見せてもらっていいかな?」
「見るって? …………あ!」
以前に御堂は“覚”の能力を高め、俺に直接触れる事によって俺が見ているものを見ることができた。
ややこしいが────要するに俺と手を繋げば御堂も妖が見える。
俺の手を御堂は両手で優しく包み込んだ。
(……柔らかい)
御堂に手を触れられ、一瞬くらっとなった。
頭を振り、御堂に憑いている“覚”を見すえる────“覚”の眼がゆっくりと開くのが見えた。
「あは……────見えた」
「……まるで鏡だな、どういう風に見えるのか一度体験してみたいよ」
「不思議……見えているってだけでこの子に感触があるみたいに感じる」
御堂は自分の頭上を擦る────そこにないものがあるかの様に……優しく撫でていた。
気枯れていた“覚”に活力が戻ってくる。
それに合わせてか御堂の顔も次第に明るくなって行った。
「心が読めるんなら読めば良いじゃないか……俺や紅葉は“覚”の能力に色々助けられたんだ。使い方を間違えなければ誰も非難しないよ」
「うん……ありがとう、そう言ってくれるだけで救われる。私にとってこの子はかけがえのないものなの、でも……今は人の心を読む事にどうしても罪悪感がでちゃう……だから」
御堂はそこで一瞬ためらいがちに目を伏せた後、向き直って口を開いた。
「だから────……私が気持ちの整理がつくまで、預かっててもらえないかな……」
「────え? 預かる!?」
俺が大声を出したので御堂は慌てふためいた。
もっと落ち着くところで話がしたいと、場所を移動した。
“覚”を預かる……確かに以前、家にしばらく引き取った事はある。
ペットじゃないんだから────と、言おうとしたが吽狛も普段はペットとほぼ変わらない。
「無理を言ってるのはわかってる。お礼は何でもするわ、しばらくの間で良いの」
「……わかった。だいぶ弱ってる……気枯れてるみたいだし、気生(きよ)めておくよ」
すると御堂の表情は先程よりさらにぱあっと明るくなった。
「…………ありがとう!!」
……御堂は握った手をもっと強く握った。
もう頭がおかしくなりそうだった。
吽狛を使役し、覚を掴ませた。
「…………あ。……ダメだなあ私────何だか不安になっちゃう」
“覚”が居なくなった御堂は、一層か弱く感じられた。
まるで体の一部を失ったかのように落ち着きが無い。
「い、今……そこに居るの?」
俺の右隣を指差す────残念ながら吽狛は左隣に回りこんでた。
「この子が憑けば……修一郎君も心が読めるのかな?」
「……さあ、どうだろう」
「私の心、読んでみて」
「────いや、それは……」
「お願い、人に心を読まれるのがどんな感じが体験したいの」
ザザッと“覚”が吽狛を経由し、俺の頭上に這い上がってくる。
取り憑かれる感覚だ。
だが、不快感はなかった。
「……!」
────頭の中が冴え渡る。
周囲の空気……思念が伝わってきた────音としてだけではなく五感全体が鋭くなり、第六感に働きかけた。
今────目の前にいる御堂の感情が伝わってくる。
これは……不安なのだろうか、期待なのだろうか。
「……どう、かな?」
恐る恐る御堂は尋ねてくる────まるで怯えているかのようだ。
「これは……不思議な感覚だな、御堂の思念みたいものが伝わるよ」
【……わがまま言ってごめんなさい】
────そんな思念が、心に直接響いてきた。
「ははは……、まるで漫画みたいだな。気にしてないよ、不謹慎だけど結構面白い」
「……心の方が言葉より伝わる時があるの」
【……心の方が言葉より伝わる時があるの】
御堂の言葉と心が同時に意思を伝えてくる。
【……何か質問してみて】
「そんな事言われても……いきなり思いつくもんじゃない……うーん、好きな食べ物は?」
【……エビフライ】
「エビ……って、そんな質問しないでよ……!」
御堂は顔を真っ赤にして恥ずかしがる。
二倍伝わってしまった…………そんなに好きなのか、エビフライ。
「もっと答え難そうな事を聞いていいよ、大丈夫だから……」
「そっか、参ったな…………」
昨日の事を思い出す。
泣いていた御堂の事を……そして鏡さんの事、猫柳が目撃したアパートの事。
しかし、そんな事を尋ねるのは勇気が要る────だけど。
『俺の連れは“魔”に取り憑かれているんだ』
鏡さんの発言が気になって離れなかった。
「御堂は、兄弟とかいるのか?」
「…………!!」
御堂の目が大きく見開かれる。
「────兄弟? ……い、いないよ?」
【私に兄弟は────……いない、いない、いない……いない!】
────?
否定の思念が伝わる、それは不自然なくらいに強調されていた。
「ど、どうしてそんな質問をするの?」
「あ……ご、ごめん。何となくだよ…………」
嘘をついた────おそらく御堂も嘘をついている。
「こ、戸籍上の兄はいるわ、でも……血は繋がってないの」
【兄じゃない、私に……兄はいない】
震えるような思念が伝わってくる。
御堂は明らかに取り乱していた。
“覚”を離れさせる────これ以上、質問する気が起きない。
「御堂、“覚”は離れた────もう、心を読んでいないよ」
「ごめんね……私から頼んだのに、嫌な気分にさせてしまって。私の心はどう……伝わった?」
「強い否定を感じた────……不自然なくらいの」
「……う、うん、嘘ついたから……心も、嘘をつくの」
御堂は深く息を吐き、気持ちを落ち着けた。
「……いるよ、兄が一人。でも……もう何年も会ってないかな」
会ってない……────それは嘘だと感じた。
“覚”の力ではなく、直感で感じた。
◆
委員会の仕事があると言って、御堂とはその場で別れた。
御堂には兄がいる────……とすると鏡さんは御堂のお兄さんなのだろうか。、
以前に渡されたメモの番号に電話をすれば、それは容易にわかる事だ。
だが、そんな事を知ってどうする?
御堂は兄の存在を否定していた。
きっと……触れては欲しくない話題なのだと思った。
《四日目②終了 ③に続く》
興奮気味に猫柳は喋る。
(見られていたのか……)
「何なんだよお前ら! 朝っぱらから楽しそうな事やりやがって!!」
「ああ、ごめんな……負けちまった」
同じ陸上部員として、申し訳ない気持ちになった。
「いやいや、お前の走りも凄かったって! 100Mか!? くそ、タイム計りたかったな」
「猫柳の方が速いよ、あいつは俺より少し速いくらいだ」
「いや、わかんね…っていうか修一郎、お前は今日俺と勝負するって言ってたよな?」
「ああ、そのつもりだよ」
その為に昨日、午前中に練習していた。
だが、勝負前に思わぬ相手に負けてしまった……。
────その事が返って、やる気を出させる。
「……本気で来いよ? 紗都梨ちゃんの秘密をかかってるんだからな」
「…………俺が勝ったら、誰にも言うなよ」
「俺が勝ったら、言って良いのか?」
「俺が勝つまで言うなよ」
やれやれと猫柳は苦笑した。
*
御堂の秘密────────俺も昨日、見てしまった。
泣いている御堂、……鏡さんと一緒にいる御堂。
人の秘密は見るもんじゃない。
色んな憶測が頭を過ぎってしまう。
*
「まあ今は紗都梨ちゃんの事より、昨日の事だ。八橋とデート……どうだった? 手ぐらい繋いだか?」
「あぁ!? そうだ、猫柳! 昨日は何であんな嘘ついたんだよ!! 八橋もびっくりしてたぞ!!」
「ああ、悪ぃ悪ぃ、誘われたんだけど急用入っちまってさあ……駅まで行って断ろうとしてたんだよ。そしたらお前から電話があった」
「だったら事前に言ってくれよ!」
「事前に言っても、お前の事だから断ると思った」
「……どうかな」
「それに、あいつもお前が来て喜んだと思うぜ?」
「それはない」
生八橋は本来お姉さんと行く予定だった。
代わりの代わりも良い所だ。
「あれれ、二人ともそんな所で何やってんの?」
扉の入口を塞ぐ俺達の前に問題の生八橋が現れた。
「おぉ、美生? 今日は早いな? まだHRまで一分もあるぞ!?」
「あたしを馬鹿にしてもらっちゃ困るなー、やるときゃやるんだから!」
(……それでも一分前か)
「修ちゃん! 昨日はありがとうね! 楽しかったよ♪ 猫ちゃんはドタキャンやめてよね!」
「ああ、悪い悪い」
悪びれもせず猫柳は笑う。
「まあ猫ちゃんには舞台なんて退屈だろうねー」
生八橋も気にしてないようだった。
程なくしてチャイムが鳴り、話し込む間もなく席に着いた。
授業中に昨日から今日にかけて起こった色々な事を思い出す。
御堂の事、鏡さんの事、イサミの事、木葉の事……。
……おかげで授業内容は、さっぱり頭に入らなかった。
変な夢も見たし、一向に気が休まらない。
そんな午前中の授業も終わり、昼休みになった。
「お? その荷物……新しいシューズじゃねえか、どれもっと良く見せろ」
猫柳は新しい靴をまじまじと眺める。
「ランスパーク……タイガーバウ復刻モデルか? こりゃ良いシューズだなー、トラック競技用シューズの元祖だよな」
靴は今まで余り興味がなかったので、一目見てわかるなんて凄いと思った。
爺ちゃんの贈り物で村井先輩が選んでくれた靴だ、褒められると気分が良い。
「お前の靴、だいぶ痛んでたもんなー……こりゃ今日の勝負、楽しめそうだ」
「靴でそんなに変わるのかよ」
「そりゃそうだろ……それ以上に気に入ってる靴履くとさ、モチベーションがあがるわな。才能も勿論だけどその時の気分や体調、あらゆる要素でタイムなんて大幅に変わるぜ?」
「あいつに────木葉に絶対に負けたくないって思った。でも、負けちまったよ」
「いやいや、あいつは速いぜ!? あの野郎……文科系だと思ってたのに。今度スカウトしてやる」
「あいつの事を知ってるのか?」
「ああ木葉か? あいつは顔が良いから学年で一番女子に人気があるぜ? うちの先輩からもしつこく聞かれるしな……」
「……そうだったのか、全く知らなかった」
「まあ、俺も他は良くしらねえ。頭も良いらしいし、運動も出来るとなると……唯一の欠点はチビって事くらいか」
「なになに? 勇ちゃんの話?」
ひょっこり現れた生八橋は木葉の話題に食いついてきた。
「生八橋も木葉の事知ってるのか?」
「うん、そりゃあもう。あの子、従兄弟だし」
「従兄弟ぉ? ……全然似てないな」
「従兄弟は普通似てないでしょ! しかしあの子、昔は可愛かったんだけどー……最近、性格悪いんだよ。“遅刻ばっかりしてみっともないですよ”だって! あったまきた!」
「…事実だよな」
「ああ、事実だ」
「で、今日の修ちゃんの弁当何?」
「うん、鴨と軍鶏の唐揚げ甘酢あんかけ……って、やらんぞ」
「えぇー? 昨日くれるって言ったじゃん! あたしの事生八橋って呼ぶ代わりに!」
「使用料かよ!?」
(良くそんな細かいところまで覚えてるな!?)
「ふん、まあ良いわ。せめて八橋って呼んだら許してあげる」
「うん、わかったよ八橋」
「は、早ッ!? ……修ちゃん、成長したわね!」
「人はずいぶんと簡単に成長できるんだな……」
生八橋は諦めて自分の持ってきたサンドイッチを食べる。
物欲しそうに見つめてる……食い辛い。
「しかし美生じゃないが、お前の弁当は本当に美味そうだよなあ」
猫柳は相変わらず購買部のパンだ。
「爺ちゃんも親父も母さんも姉ちゃんも、全員料理巧いんだよ。爺ちゃんや両親に至ってはプロだしな」
俺が一番ヘタクソだ。
もう一つの家、九条庵の事を話した。
「おお? 繁華街越えたところの蕎麦屋……あれもお前の家なのか? 何回か出前頼んだ事あるが、美味いし来るのがすげー早いんだ」
「え? あそこのお蕎麦屋さん、修ちゃんの家なの!? うちはいつもあそこで年越し蕎麦買って作ってるよ。へえー……良いな、いつか皆で行きたいね!」
「────え?」
「おー、それは良いな。行く時は俺も誘ってくれよ」
「あ………ああ……良いよ。きっと爺ちゃんも喜ぶと思う」
「やった! 約束だよ!」
「…………」
こんな誘いは初めてで戸惑う。
そう言えば楓姉は良く友達連れて行ったって言ってたっけ。
────昨日の一件以来、爺ちゃんに対する苦手意識がなくなった。
俺が勝手に壁を作ってただけなんだ……。
爺ちゃんは喜んでくれるだろうか。
◆
放課後、陸上部にて周囲の先輩達が見守る中────猫柳との100M走勝負となった。
今日に限っていつもより陸上部員が多い。
「稲生って短距離速かったっけ?」
「うーん、前に計った時はそこそこ速かったけど……」
以前計った時の事を思い出す。
その時は正直、余り乗り気じゃなかったが……それでも真剣に走った。
結果は普通より少し速い程度の平凡なタイムだった。
────……それ以来、短距離はまともに測ってない。
誰もが結果が見えてる勝負に不思議がっていた。
賭けの内容については誰も知らないのが唯一の救いだ。
「修一郎、お前さ……」
猫柳が小声で話しかけてきた。
「やっぱり紗都梨ちゃんに惚れてるのか?」
────!?!?
「ま、待てよ。こんな時にいきなり何を言い出すんだ!!」
「いやさ……俺は紗都梨ちゃんの事、実は良く知らねえんだよ」
「?」
「何て言うか……何でお前がそこまであの子の事を気にかけるかわからねえ、まあ確かに美人だし頭も良いけどな」
「それは…………」
「あの子は模範的な優等生だ────でもその分、あんまり人間味がねえ感じがするんだよな」
「もう良い、やめてくれよ」
聞きたくない、友達を悪く言われるのは気分が悪かった。
「作り物のお人形さんみたいな印象だ」
「……いい加減にしろよ、本気で怒るぞ」
「ああいうタイプほど…………裏で何やってるかわからねえもんだ」
珍しく猫柳は真剣な顔つきだ。
(何故わざわざそんな事を……)
本気で腹が立ってきた。
────猫柳を睨み付ける。
しかし猫柳は俺を見ず、先輩達の方を見た。
「せんせーい、準備出来ました。あ、今回ピストル使って良いですか? ね、お願いしますよ……一発だけ!」
顧問は今回だけだぞ、と渋々承諾した。
振り向いた猫柳の眼は真剣そのものだ。
「さて……と。────本気で行くぜ、修一郎」
こんな猫柳の眼は初めてだ────血が騒いだ。
「位置についてー!!」
顧問の声が響く、重心を前に倒す……倒れすぎないように前を見た。
「用意!!」
パァン!と銃声が響く────猫柳は凄い勢いで駆け出した。
(何てバネだ……ッ!)
序盤から差をつけられる、猫柳の背中を追った。
前へ……────前へ。
ただ無心に背中を追った。
ただ無心に前を追った。
すると……離れていく一方だった背中が────次第に近付いてくる。
背中は徐々に大きくなり……────届きそうな程の距離になった。
だが、それと同時に猫柳はラインを越えた。
猫柳は失速し、俺は加速が止まらずラインをだいぶオーバーした。
前のめりになり、倒れこむ。
しばらくは息があがり何も出来ない……行動不能だ。
────速い。
猫柳が速いのは知っていたが────……ここまで速いというのを意識した事はなかった。
呼吸を整え、猫柳のところへ向かう。
……完敗だった。
猫柳は前のめりになったまま息を吐き出し続ける。
「はあ、はあ……も、もうちょっと……」
終いには転がり込んでしまった。
「はあ……もうちょっと────距離があれば……」
猫柳の近くで座り込んだ。
俺も酸欠で倒れそうだ……足も自分の足じゃ無い様に上がらない。
「やばかった……マジで」
先輩達が何やら騒いでた。
タイムがどうとか言っている。
だが、それとは別に視界にふと眼に入った影に心を奪われる。
図書室の窓に────御堂の姿が見えた。
こちらをずっと見ている。
遠すぎて御堂の表情まではわからない。
俺が見ている事に気付いたのか、軽く手を振っている────様に見えた。
先輩達が駆け寄る。
どうやら猫柳のベストタイム更新だったらしい。
……俺の方も何か色々言われたが、余り頭に入らなかった。
今まで手を抜いてたとか言われる始末だ。
手を抜いてた訳じゃない……だが、前に走った時とは感覚が全然違った。
体力が落ち着いた後、もう一度走らされた。
だが、先程の様な走りは出来なかった。
気合入れれば入れるほど、まるで調子が狂ってしまう。
足が空回りしてすかすかだった。
極端に走りにムラのある奴だと、見直されたり呆れられたりした。
◆
「悪かったな」
部活終了後、二人になった時に猫柳がポツリと呟いた。
「…………」
「────紗都梨ちゃんへの悪口さ」
続けて猫柳は口を開く。
「お前を怒らせた方が面白いかと思った。まあ…本心も少しは入っちゃあいるがな」
「……まんまとその手にひっかかったよ」
「紗都梨ちゃんの秘密……話しても良いぜ?」
「いや、聞かない────勝っても……聞きたくないんだ」
「はは、お前、結構頑固だよなあ。相手が気になるなら、普通聞きたがるものだけどよ
何も答えず首を振る。
聞いた所で心のもやが増える一方だ。
「紗都梨ちゃんってさー、なんつーか気品があるし、良いところのお嬢さん……って感じだろ? 入学式の時はすげえ高級車で送り迎えされてたらしいし」
「高級車……?」
やはりと言った感じだが、むしろそっちの方に驚いた。
御堂に……庶民的な一面もある事を俺は知っている。
初めてまともに会話をした時……彼女はスーパーの特売コーナーにいた。
「まあここまで引っ張っといて何だが、大した話じゃねえ……俺、その紗都梨ちゃんが質素な安アパートに入ってくのを見たんだ」
「おい!! 聞きたくないって言っただろう!?」
「俺は勝負に勝った、話すのは自由だろう? 安心しろ、お前以外には絶対言わねえから」
「安アパート? ……確かに、大した話じゃないな」
だけど……御堂のイメージには全く合わない。
「家は裕福なんだろうし、まあ俺も色んな憶測をした訳よ。ははは、男の所なんじゃねえかとついついエロスな事想像しちまってさー」
「……失礼な想像するなよ」
猫柳を睨み付けた。
いつもの冗談のはずなのに、笑えない。
「わかった、冗談だよ。……まあカッカすんな、真実はたいした事ないかもしれねえだろ?」
「たいした事あったらどうするんだよ」
「……その時は受け止めるしかねえな。誰だって人に言えない隠し事は持ってるさ」
当たり前の言葉がズシリと胸に響く。
誰にも言えない様な隠し事を……自分も持っている。
それは他の人間にも……御堂にも言える事だ。
心のもやがますます濃くなってきた。
『ウゥ~』
吽狛が大きくあくびをする。
これはストレスを感じ始めた時のサインだ。
このもやは……御堂に会わない事には晴れなさそうだった。
◆
部活を切り上げ、今日は一人で帰ると猫柳に別れを告げ図書室へ向かう。
先程図書室で御堂の姿を見た。
今ならまだいるかもしれない────……会って話がしたい。
何か抱え込んでいるのなら、力になってあげたい。
図書室に辿り着いた時、ちょうど御堂が扉を開けて出て来た。
「あ……、修一郎君?」
こちらが声をかけるより早く、御堂が声をかけてきた。
“お静かに”の看板が目に入り、廊下へと移動する。
「さっきね、図書室の窓から見てたよ。────修一郎君の走り」
「え? ああ、やっぱりあれ……見てたんだ?」
「うん、あんまり速いからびっくりしちゃった。凄いね!」
「いや……俺、結局負けちゃったし」
「もう一人の彼も凄く速いね。二人とも……人ってあんな風に走れるんだ……ってつい見蕩れちゃったよ」
「あいつのはな……俺のフォームは、結構むちゃくちゃだったと思う」
褒められるのは慣れてない。
……どうしても否定的な言葉が出てしまう。
「ふふ、がむしゃらな感じだった……男の子だなあ……って思ったよ」
「…………女子もやってるけど」
どうでも良い返答をする。
やっぱり俺は口下手だ。
「……うん、だけどあんな風に走れる女性はテレビでしか見た事ないなあ……」
その時、御堂は何かを思い出したかのように俯いた。
「……でも、その人薬物疑惑の末……若くして亡くなっちゃったみたい」
────その話は、聞いた事がある。
それは陸上番組じゃなくて、筋肉増強剤……ステロイドの怖さを特集した番組だった。
「人に無い力を手に入れる為に、命を引き換えにしたんだよね……」
それで獲た栄光に意味はあったんだろうか。
御堂の表情は昨日の時の様に曇っていた。
「ごめん、何だか暗い話になっちゃったね。私は感動を伝えたかったの、修一郎君に会いに行こうかと思ってたんだ」
(そ、そうなんだ……)
会いに来たのはこっちだった。
「でも時間大丈夫? 図書室に用事があったんじゃないの?」
図書室に用事は……あ、あった。
「うん、これを返しに来た」
鞄の中からピーター・パンの文庫を取り出すした。
「あ……」
御堂は一瞬眼を見開き、背けた。
そうだ────昨日、御堂は舞台を見て泣いていた。
しまったと感じ、慌てて本を鞄にしまう。
「よ、読んだ? どう、面白かった?」
笑顔で問いかけてくる────しかし、少し声が震えている気がした。
「うん、子供の頃に読んだ時と、感じ方がまるで違った。ラストは覚えてなかったしな……」
「そうだね、私は……私がもしウェンディなら、きっとネバーランドに────残ったと思う」
「?」
「小さい頃、お婆ちゃんになった……飛べなくなったウェンディが辛かった。何で残らなかったんだろうって納得がいかなかった」
「……でも、ピーターは身勝手だ。相棒の妖精のティンクの事もフックの事も最後は忘れてる。ネバーランドも楽しい事ばかりじゃない」
────御堂の言葉は真剣だった。
だから、つい真剣に反論してしまう。
「うん、でも……ウェンディの事は忘れてなかった」
ピーターがウェンディの事を忘れなかった理由……。
……昨日の八橋との会話が思い出された。
「お母さんだもんな、忘れないさ」
「お母さん……そうだね、お母さんの事は……忘れないかな」
……気のせいだろうか。また別の事を考えてる気がした。
「修一郎君のお母さんは海外で仕事してるんだよね?」
「……────海外?」
きょとんとしてしまう。
「前にご両親は海外に居るって……言ってなかったっけ?」
(────あ!)
すっかり忘れてた、説明がつかないから……海外に居るなんて嘘付いたんだった。
「う、うん……そうだった。そんな事を言ってたっけ」
「嘘……だったの?」
御堂に問われる。
そうか、あの時は御堂に“覚”は憑いていなかった。
そのまま通ってしまったのか。
「うん、ちょっと訳ありでね、説明が難しい。とにかく、母さんも親父も居ないんだよ」
「ううん、こっちこそごめん……話したくない事って誰でもあるよね、それを私は勝手に覗いてきた」
嘘をついた事を非難されるかと思ったが、御堂は自分を責める様な事を言い出した。
「私の“覚”の心を読む能力は、強い意志や全体の空気は伝わる……咄嗟に出た嘘もわかる。でもそれは嘘に対する感情が強いから伝わるだけ────心が通じる相手じゃないと深くは読めないの」
そう言って、御堂は頭上の“覚”を優しく撫でるような仕草をする。
「……今は読んでいないよ。この子には、もう心を読まないようにお願いをしているの。信じて……」
────御堂に憑いている“覚”を見る。
「信じるも何も……今、“覚”は眼が閉じられている状態だ。それに……弱ってる────気枯れてるようにも見える」
「え……? そうなの……? ね、ねえ、ちょっと見せてもらっていいかな?」
「見るって? …………あ!」
以前に御堂は“覚”の能力を高め、俺に直接触れる事によって俺が見ているものを見ることができた。
ややこしいが────要するに俺と手を繋げば御堂も妖が見える。
俺の手を御堂は両手で優しく包み込んだ。
(……柔らかい)
御堂に手を触れられ、一瞬くらっとなった。
頭を振り、御堂に憑いている“覚”を見すえる────“覚”の眼がゆっくりと開くのが見えた。
「あは……────見えた」
「……まるで鏡だな、どういう風に見えるのか一度体験してみたいよ」
「不思議……見えているってだけでこの子に感触があるみたいに感じる」
御堂は自分の頭上を擦る────そこにないものがあるかの様に……優しく撫でていた。
気枯れていた“覚”に活力が戻ってくる。
それに合わせてか御堂の顔も次第に明るくなって行った。
「心が読めるんなら読めば良いじゃないか……俺や紅葉は“覚”の能力に色々助けられたんだ。使い方を間違えなければ誰も非難しないよ」
「うん……ありがとう、そう言ってくれるだけで救われる。私にとってこの子はかけがえのないものなの、でも……今は人の心を読む事にどうしても罪悪感がでちゃう……だから」
御堂はそこで一瞬ためらいがちに目を伏せた後、向き直って口を開いた。
「だから────……私が気持ちの整理がつくまで、預かっててもらえないかな……」
「────え? 預かる!?」
俺が大声を出したので御堂は慌てふためいた。
もっと落ち着くところで話がしたいと、場所を移動した。
“覚”を預かる……確かに以前、家にしばらく引き取った事はある。
ペットじゃないんだから────と、言おうとしたが吽狛も普段はペットとほぼ変わらない。
「無理を言ってるのはわかってる。お礼は何でもするわ、しばらくの間で良いの」
「……わかった。だいぶ弱ってる……気枯れてるみたいだし、気生(きよ)めておくよ」
すると御堂の表情は先程よりさらにぱあっと明るくなった。
「…………ありがとう!!」
……御堂は握った手をもっと強く握った。
もう頭がおかしくなりそうだった。
吽狛を使役し、覚を掴ませた。
「…………あ。……ダメだなあ私────何だか不安になっちゃう」
“覚”が居なくなった御堂は、一層か弱く感じられた。
まるで体の一部を失ったかのように落ち着きが無い。
「い、今……そこに居るの?」
俺の右隣を指差す────残念ながら吽狛は左隣に回りこんでた。
「この子が憑けば……修一郎君も心が読めるのかな?」
「……さあ、どうだろう」
「私の心、読んでみて」
「────いや、それは……」
「お願い、人に心を読まれるのがどんな感じが体験したいの」
ザザッと“覚”が吽狛を経由し、俺の頭上に這い上がってくる。
取り憑かれる感覚だ。
だが、不快感はなかった。
「……!」
────頭の中が冴え渡る。
周囲の空気……思念が伝わってきた────音としてだけではなく五感全体が鋭くなり、第六感に働きかけた。
今────目の前にいる御堂の感情が伝わってくる。
これは……不安なのだろうか、期待なのだろうか。
「……どう、かな?」
恐る恐る御堂は尋ねてくる────まるで怯えているかのようだ。
「これは……不思議な感覚だな、御堂の思念みたいものが伝わるよ」
【……わがまま言ってごめんなさい】
────そんな思念が、心に直接響いてきた。
「ははは……、まるで漫画みたいだな。気にしてないよ、不謹慎だけど結構面白い」
「……心の方が言葉より伝わる時があるの」
【……心の方が言葉より伝わる時があるの】
御堂の言葉と心が同時に意思を伝えてくる。
【……何か質問してみて】
「そんな事言われても……いきなり思いつくもんじゃない……うーん、好きな食べ物は?」
【……エビフライ】
「エビ……って、そんな質問しないでよ……!」
御堂は顔を真っ赤にして恥ずかしがる。
二倍伝わってしまった…………そんなに好きなのか、エビフライ。
「もっと答え難そうな事を聞いていいよ、大丈夫だから……」
「そっか、参ったな…………」
昨日の事を思い出す。
泣いていた御堂の事を……そして鏡さんの事、猫柳が目撃したアパートの事。
しかし、そんな事を尋ねるのは勇気が要る────だけど。
『俺の連れは“魔”に取り憑かれているんだ』
鏡さんの発言が気になって離れなかった。
「御堂は、兄弟とかいるのか?」
「…………!!」
御堂の目が大きく見開かれる。
「────兄弟? ……い、いないよ?」
【私に兄弟は────……いない、いない、いない……いない!】
────?
否定の思念が伝わる、それは不自然なくらいに強調されていた。
「ど、どうしてそんな質問をするの?」
「あ……ご、ごめん。何となくだよ…………」
嘘をついた────おそらく御堂も嘘をついている。
「こ、戸籍上の兄はいるわ、でも……血は繋がってないの」
【兄じゃない、私に……兄はいない】
震えるような思念が伝わってくる。
御堂は明らかに取り乱していた。
“覚”を離れさせる────これ以上、質問する気が起きない。
「御堂、“覚”は離れた────もう、心を読んでいないよ」
「ごめんね……私から頼んだのに、嫌な気分にさせてしまって。私の心はどう……伝わった?」
「強い否定を感じた────……不自然なくらいの」
「……う、うん、嘘ついたから……心も、嘘をつくの」
御堂は深く息を吐き、気持ちを落ち着けた。
「……いるよ、兄が一人。でも……もう何年も会ってないかな」
会ってない……────それは嘘だと感じた。
“覚”の力ではなく、直感で感じた。
◆
委員会の仕事があると言って、御堂とはその場で別れた。
御堂には兄がいる────……とすると鏡さんは御堂のお兄さんなのだろうか。、
以前に渡されたメモの番号に電話をすれば、それは容易にわかる事だ。
だが、そんな事を知ってどうする?
御堂は兄の存在を否定していた。
きっと……触れては欲しくない話題なのだと思った。
《四日目②終了 ③に続く》
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