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続章【逢魔】追憶編③
雨に打たれて
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次の日は朝から既に雨が降っていた。
あいつの────イサミの言った通りだ。
まあ、ただの天気予報だろうけど。
「天候も読めないなんて……天狗もたいした事ないな」
水たまりを避けながら歩く。
『……夕焼けは晴れ、朝焼けは雨と言ってな。雲の流れでおおよその見当はつく』
雨の中、差してる傘が喋り出す。
楓姉愛用の傘化けの妖だ。
小さい頃、楓姉がどこからか拾ってきたらしい。
『だが、それは春秋の話だ。夏冬はあまり見当がつかぬものだ』
「ふーん、昔の知恵より科学の方がやっぱり優れてるってことか?」
『そんな事はない、科学で計れぬ天候も数多ある』
傘化けはふん、と不機嫌そうに語る。
こいつは案外多弁な妖で、楓姉にしてみれば雨の日の良い話し相手らしい。
『朝てっかりの昼めっこ、星が瞬けば雨だったりもする』
でも天気の話題ばっかりだ。
今こうして雨が降ってるんだからあまり意味はない。
「楓姉に頼まれたお使いって……後は何だっけ」
メモを取り出す。
だがメモは雨ににじんで破れて読めなくなってしまっていた。
『お前の新しい靴だろう』
「え? そんな事言ってたっけ?」
『メモの最後に独り言のように言っていた。……誕生日プレゼントだとかな』
「……そんな事、言ってくれれば良いのに」
普通にお使いの紙を渡されて、全く気付かなかった。
『あれでいて、楓もなかなか照れ屋だからな』
傘化けは普段から愚痴やぼやきに付き合ったりしてるせいか、楓姉の事に詳しい。
「なあ、お前……ひょっとして親父の事、聞いてるんじゃないのか?」
『知らん、風太郎殿は突然ふらりと居なくなった。楓もその話は一切しない』
こいつは多弁だが、余計な事は言わない。
ちなみに又三郎は余計な事しか言わない。
「何で誰も教えてくれないんだよ……」
雨のせいか、より一層疎外感を感じた。
『知ってどうする? おそらく楓もお前が知る事で妙な事に囚われるのを避けているのだ。実際に────お前は天狗の処に入り浸り、既に囚われておるではないか』
「だからって……何もしないのは、落ち着かねえんだよ」
『何もしない事を望んでいるのだ。それを解れ』
何もするなと言われると、尚更落ち着かなくなった。
◇
川縁を歩いていると────水溜りから蛙がのそのそと這い出てきた。
かなり大きい蛙だ……蛙は飛び跳ね、俺に向かって付いて来る。
無視して歩いた。
だが、その数は次第に増えてきてゲコゲコと不気味な声で鳴いた。
『妖だな……ただの嫌がらせだ、放っておけ』
だが、蛙は体に跳び付いて来る。
ぬるりとした感触が肌を襲う。
気持ちが悪くなり鳥肌が立った。
「吽狛、追い払え」
傘化けの言う事を聞かず、吽狛で蛙を追い払う事にした。
何匹かは噛み付き、遠くへと投げ捨てた。
『止せ、恨みを買うぞ』
「先に仕掛けてきたのはあっちだろ」
『ただの嫌がらせだ』
普段なら無視するんだが、今日は虫の居所が悪かった。
「……?」
振り返ると蛙の群れの向こうに巨大な蛙がのそりと川から這い上がって来てこちらに向かって来た。
大蝦蟇────あいつが親玉か。
「傘化け、力を貸せ」
いつも逃げ回るから舐められてるんだ、楓姉と一緒の時には襲ってこない。
『……後で楓に怒られても知らんぞ』
と言いつつも、傘化けは体をたたみ身を堅めた。
どうも蛙の妖とは余り仲良くないらしく、やる気を見せている。
大蝦蟇は舌を伸ばし、腕に絡み付けてくる。
傘化けで舌を打ち付け、何とか振りほどいた。
そのまますかさず胴体に突きを加え、川縁へと突き落とした。
代わって小さな蛙達が飛び込んでくる。
それに対し傘化けを思い切り広げ、跳ね返した。
その蛙達を吽狛が拾い上げ、川へと投げ捨てる。
「……!」
その間に大蝦蟇が、ゆっくりと近付いて来ていた。
再び傘化けをたたみ、伸ばしてきた舌を弾いた。
体の動作は鈍いが、舌先は俊敏だ。
いくら弾いても効き目はない、弾きながら相手の出方を待つ。
痺れを切らした大蝦蟇は身を屈め────飛び込んできた。
「う、うわ?」
避けようとしたが、水溜りで足元が滑りそのまま大蝦蟇に突っ込んでしまった。
大蝦蟇は大きな口を開け、俺を呑み込もうとする。
だが、逆に吽狛が大蝦蟇の口の中に入り込んだ。
大蝦蟇は口の中で激しく動く吽狛を、異物と判断したのか胃袋ごと吐き出した。
「────くたばれッ!!」
傘化けを軸にして、大蝦蟇の体に飛び蹴りを入れる。
大蝦蟇はそのまま川の中へと転がっていった。
◇
ぜえぜえと息を吐きながら、適当な場所で雨宿りをする。
雨や泥に塗れてびしょびしょだ。
『大人しく逃げてれば良かったものを』
傘化けは呆れた様に、ずぶ濡れの俺をなじった。
「逃げてばっかじゃ……舐められるだろ」
妖は人の心の隙間に忍び寄るとひい婆ちゃんは言っていた。
親父には妖は寄り付かないし、楓姉に至ってはむしろ逃げる妖を追い掛ける。
だが、俺はどうも母さんと同じく妖を寄せ憑け易い性質らしい。
敵意がなくても見える俺に感づき、面白半分で寄って来る。
たまには制裁が必要だ……。
『ふむ……辛勝と言ったところだな。妖を退治した気分はどうだ?』
「……良くわかんね」
側に居た同じくずぶ濡れの吽狛は大きく欠伸をしていた。
◇
レインコートだったのが幸いした。
大手デパートの洗面所で泥だらけの顔を洗い、買い物の続きをする。
頼まれた日用雑貨を買って、誕生日プレゼントだと言う自分の靴も、出来るだけ丈夫な奴を買った。
そのまま履いて帰りたいところだが、雨が降っているのでそうもいかない。
そんな中、見覚えのある奴らに遭遇した。
「……ん? あいつは……」
同じクラスの奴だ。
名前は覚えてないが、陰で良く大人しそうな女子を苛めて遊んでる女子の主犯格だ。
だが、先生の前では優等生らしくふるまっているので、表沙汰にはならない。
「…………?」
そいつの腕には────百々目鬼と言う妖が憑いていた。
こいつに取り憑かれると盗み癖が出てくる。
(何か万引きしたのかもしれないな……。)
見ると買い物袋を胸に抑え、挙動不審だ。
放っておこうと思ったが、このままじゃまた他に盗みを重ねるかもしれない。
妖を祓う……そんな親父みたいな真似、俺にも出来るだろうか。
「おいお前……それ、盗んだものじゃないのか?」
正面から話しかける。
一瞬そいつは困惑したが、すぐすました表情になった。
「な、何よあんた? ……ああ、何? 稲生じゃない」
そいつは俺の名前を覚えていた。
だが、残念ながら俺はこいつの名前も覚えていない。
「……ぬ、盗んだって何? て、適当な事言って」
腕に憑いてる百々目鬼の目が泳いだ。
目は買い物袋に集中している。
まさに今盗んだ帰りなのか……。
「返しとけよ、じゃないと……また同じ事繰り返すぜ」
「だから盗んだって何? はー……マジうざいんですけど? ケンカ売ってんの?」
背後から足音が聞こえた。
「なになに? どうしたの? ……稲生?」
そいつの連れが現れた。
ちなみにそいつの名前もわからない。
「……こいつストーカーだわ。ずっとウチらのこと、つけて来てたみたい」
「うわ、キモっ」
そいつ等は何がおかしいのか、きゃっきゃと笑い出した。
何だかだんだん腹が立って来た。
「……良いから、盗んだものを返せよ」
吽狛に命令し、買い物袋を落とさせる。
中からは、ラップに包まれた書籍がどさどさと出てきた。
此処に入ってる本屋は、購入するとラップは剥がす。
────万引きした証拠だ。
「な、何!? 今の? 何やったの? 手品!?」
がくがくと震えながらそいつは慌てて本を拾い、買い物袋の中に詰める。
「何? ウソ……マジ見られてたの!? ど……何処で? あ……ありえないんだけど」
「…………稲生! チクッたら酷い目に遭わすからね! 覚えときなさいよ!」
そいつの連れは、猛々しく俺に言い寄る。
「あんたキモいよ、ストーカーしてたって……皆に言うからね!」
そいつらは半ば逃げるように去って行った。、
(何で友達の窃盗を庇うんだ……?)
「……訳がわからねえ」
◇
そいつ等が去った後も、不快感しか残らなかった。
失敗した────と思った。
『……どうした修一郎、ああいう事に関わるとは、お前らしくもない』
傘化けは呆れるとも慰めるともわからない口調で言った。
「……うるせえな、黙ってろよ」
◇
帰り道、ずっとむかついてた。
俺がむかつくと吽狛もむかつく────……気枯れてしまう。
注意しなければいけないと楓姉に言われているが、一度苛付くと簡単に治まるもんじゃない。
せっかく新品の靴を買って貰ったのに……誕生日なのに酷い気分だった。
帰って、風呂でも浸かって落ち着こう────そう思った矢先、吽狛が唸る。
また妖か、と思って振り返る。
だが……それは妖の気配じゃなかった。
「おい、そこのガキ」
人の声がした。
「……?」
傘と肩の隙間で背後を覗き見る。
しかし、そこには妖じゃなく────見覚えのない男達が立っていた。
坊主頭の大柄な男に、へらへらした茶髪のひょろ長い奴、後の一人はピアスを付けた小太りな奴で、煙草を吸っている。
……性質の悪そうな集団だった。
「なあガキ、ちょと付き合ってくんねえか? 話があんだ」
人の事をガキ呼ばわりするけど……たぶん中学生だ。
男達の背後にはさっきのクラスの女子達がひそひそと様子を伺っていた。
繋がりがあるかどうかわからない……あってもしらばっくれるんだろうな。
「付き合うのが嫌だってんなら、金貸せよ」
「……金なんかねえよ」
「はあ、こんな高そうな靴買ってんじゃねえか?」
俺の持っている靴をへらへらした奴は奪おうとする。
「しかも何だ? そのだせえ傘……時代劇かっっての、格好付けてるつもりかよ?」
『何だとぉ!? 修一郎、こいつら串刺しにして良いか!?』
傍から見ればただの和傘にしか見えない傘化けは怒り狂う。
暴れそうになっている傘化けを抑え付けた。
……体格の良い中学生が三人、分が悪い。
「良いから付き合えよ、なあ?」
馴れ馴れしく肩に手をかけてくる。
隙を見て逃げ出さなきゃ……。
しかし吽狛が思わず、噛み付いてしまった。
「────!!」
「痛ええええ!! 何だ何だ!?」
へらへらの顔が苦痛に歪む。
吽狛が肩に伸ばしていた手に噛み付いてしまった。
(……まずい!)
「吽狛!! 止めろ!!」
たまに吽狛は抑制が効かない────気枯れている時はなお更だ。
「ああ!? 何だぁ? このガキ、やんのかおい!!」
小太りが掴みかかってきた。
────逃げるしかない。
近付いた煙草臭い顔を目掛けて思いっきり頭突きを喰らわせた。
そのまま走り出し────逃げる。
「待て、手前ぇ!! ぶっ殺してやる!!」
怒り狂った小太りは走って追いかけて来た。
◇
────だが、追い着かせない。
雨の中、荷物は重いし足場は悪いが何とか振り切った。
背後に気配が消えてからも走り続けた。
家までの道には心臓破りの坂がある。
撒くために路地裏に入り、突き抜けようとした。
◇
路地裏を走る。
しかし、通路の先には────妖が居た。
「……!」
不幸中の幸いか、こちらに気付いてなかったので慌てて引き返した。
だが……道に戻ると、連中の一人が道を塞いでた。
「よお、何逃げてんだ手前……」
背後には原付バイクに乗ってる片割れがいる。
もう一台も遅れてやって来た。
小太りは鼻血をタオルで抑えながら怒り狂ってた。
◇
肩を掴まれ、人気のない所に連れて行かれた。
「痛ぇなあ……くそ! 歯の一本でも折らなきゃ収まりきかねえ」
小太りは顔を真っ赤にさせながら凄む。
「俺は金さえ貸してくれりゃ良いけどよ……こいつはぁ、キれちまって無理だな」
坊主頭も睨み付けてくる。
「気をつけろ、そいつ何か持ってるかもしれねえ……」
茶髪は血が滲んだ右手を抑えながら不快そうに呟く。
────吽狛が噛んだ傷だ。
その吽狛は怒りに奮えながら唸っていた。
「修一郎、もうやってしまえ。妖に比べればたいした事なかろう」
傘化けから声が届く。
こいつも何だかんだで好戦的だな……。
「おい、荷物置いてポケットの中のもの全部出せよ」
買い物袋、新品の靴、鍵、財布……大したものは何もない。
「金はねえよ、ほら」
荷物を置いて財布の中身を見せた。
ほとんど遣いきり、必要な額しか入ってない。
「ああ!? んっだよ!! つまらねぇ!! 誰だ、金持ってるって言ったの!!」
坊主頭は背後を睨み付ける。
そこにはあの女子達が少しびくついたようにこちらを見ていた。
「俺は気が済まねぇ、ボコって良いか?」
誰に聞いてるんだ……?
不快だ……心底不快だ。
「……こいつ、さっきから全然怖がらねえのな? どっかネジとんでんじゃねえの?」
────鳩尾(みぞおち)に蹴りが入る。
その後髪を掴まれ頭突きを喰らった。
何発も殴った後、バテていたのは小太りの方だった。
「ははは! お前のパンチじゃ痛くねえってさ」
坊主頭が小太りを馬鹿にしながら、横に入り顔を近づけた。
「おい、家帰って金とって来い」
茶髪は買ったばかりの靴を取り出す。
「家にはあんだろう? こんなの買う金がよ」
そう言って、水溜りに投げ捨てた。
「……!!」
……楓姉がお金を出してくれた靴が泥にまみれる。
汚れた靴を見て、余りの理不尽さに────血の気が引いた。
吽狛はそれに呼応して大きく唸る。
(………………吽狛、ダメだ!)
吽狛の姿が歪む────抑えつけてるが……もう、自制が効きそうにない。
「んっだあ!? その眼はあ!!」
思いっきり頬を殴られた。
口の中が切れ、血の味が広がる。
……吽狛が身を屈め、攻撃の態勢を取った。
ダメだ……。
ダメだ────もう、限界だ。
(こいつら…………………………××してやる)
吽狛の口が開き、牙をむく。
もはや歯止めがきかなかった。
《追憶編③終了 五日目へ続く》
あいつの────イサミの言った通りだ。
まあ、ただの天気予報だろうけど。
「天候も読めないなんて……天狗もたいした事ないな」
水たまりを避けながら歩く。
『……夕焼けは晴れ、朝焼けは雨と言ってな。雲の流れでおおよその見当はつく』
雨の中、差してる傘が喋り出す。
楓姉愛用の傘化けの妖だ。
小さい頃、楓姉がどこからか拾ってきたらしい。
『だが、それは春秋の話だ。夏冬はあまり見当がつかぬものだ』
「ふーん、昔の知恵より科学の方がやっぱり優れてるってことか?」
『そんな事はない、科学で計れぬ天候も数多ある』
傘化けはふん、と不機嫌そうに語る。
こいつは案外多弁な妖で、楓姉にしてみれば雨の日の良い話し相手らしい。
『朝てっかりの昼めっこ、星が瞬けば雨だったりもする』
でも天気の話題ばっかりだ。
今こうして雨が降ってるんだからあまり意味はない。
「楓姉に頼まれたお使いって……後は何だっけ」
メモを取り出す。
だがメモは雨ににじんで破れて読めなくなってしまっていた。
『お前の新しい靴だろう』
「え? そんな事言ってたっけ?」
『メモの最後に独り言のように言っていた。……誕生日プレゼントだとかな』
「……そんな事、言ってくれれば良いのに」
普通にお使いの紙を渡されて、全く気付かなかった。
『あれでいて、楓もなかなか照れ屋だからな』
傘化けは普段から愚痴やぼやきに付き合ったりしてるせいか、楓姉の事に詳しい。
「なあ、お前……ひょっとして親父の事、聞いてるんじゃないのか?」
『知らん、風太郎殿は突然ふらりと居なくなった。楓もその話は一切しない』
こいつは多弁だが、余計な事は言わない。
ちなみに又三郎は余計な事しか言わない。
「何で誰も教えてくれないんだよ……」
雨のせいか、より一層疎外感を感じた。
『知ってどうする? おそらく楓もお前が知る事で妙な事に囚われるのを避けているのだ。実際に────お前は天狗の処に入り浸り、既に囚われておるではないか』
「だからって……何もしないのは、落ち着かねえんだよ」
『何もしない事を望んでいるのだ。それを解れ』
何もするなと言われると、尚更落ち着かなくなった。
◇
川縁を歩いていると────水溜りから蛙がのそのそと這い出てきた。
かなり大きい蛙だ……蛙は飛び跳ね、俺に向かって付いて来る。
無視して歩いた。
だが、その数は次第に増えてきてゲコゲコと不気味な声で鳴いた。
『妖だな……ただの嫌がらせだ、放っておけ』
だが、蛙は体に跳び付いて来る。
ぬるりとした感触が肌を襲う。
気持ちが悪くなり鳥肌が立った。
「吽狛、追い払え」
傘化けの言う事を聞かず、吽狛で蛙を追い払う事にした。
何匹かは噛み付き、遠くへと投げ捨てた。
『止せ、恨みを買うぞ』
「先に仕掛けてきたのはあっちだろ」
『ただの嫌がらせだ』
普段なら無視するんだが、今日は虫の居所が悪かった。
「……?」
振り返ると蛙の群れの向こうに巨大な蛙がのそりと川から這い上がって来てこちらに向かって来た。
大蝦蟇────あいつが親玉か。
「傘化け、力を貸せ」
いつも逃げ回るから舐められてるんだ、楓姉と一緒の時には襲ってこない。
『……後で楓に怒られても知らんぞ』
と言いつつも、傘化けは体をたたみ身を堅めた。
どうも蛙の妖とは余り仲良くないらしく、やる気を見せている。
大蝦蟇は舌を伸ばし、腕に絡み付けてくる。
傘化けで舌を打ち付け、何とか振りほどいた。
そのまますかさず胴体に突きを加え、川縁へと突き落とした。
代わって小さな蛙達が飛び込んでくる。
それに対し傘化けを思い切り広げ、跳ね返した。
その蛙達を吽狛が拾い上げ、川へと投げ捨てる。
「……!」
その間に大蝦蟇が、ゆっくりと近付いて来ていた。
再び傘化けをたたみ、伸ばしてきた舌を弾いた。
体の動作は鈍いが、舌先は俊敏だ。
いくら弾いても効き目はない、弾きながら相手の出方を待つ。
痺れを切らした大蝦蟇は身を屈め────飛び込んできた。
「う、うわ?」
避けようとしたが、水溜りで足元が滑りそのまま大蝦蟇に突っ込んでしまった。
大蝦蟇は大きな口を開け、俺を呑み込もうとする。
だが、逆に吽狛が大蝦蟇の口の中に入り込んだ。
大蝦蟇は口の中で激しく動く吽狛を、異物と判断したのか胃袋ごと吐き出した。
「────くたばれッ!!」
傘化けを軸にして、大蝦蟇の体に飛び蹴りを入れる。
大蝦蟇はそのまま川の中へと転がっていった。
◇
ぜえぜえと息を吐きながら、適当な場所で雨宿りをする。
雨や泥に塗れてびしょびしょだ。
『大人しく逃げてれば良かったものを』
傘化けは呆れた様に、ずぶ濡れの俺をなじった。
「逃げてばっかじゃ……舐められるだろ」
妖は人の心の隙間に忍び寄るとひい婆ちゃんは言っていた。
親父には妖は寄り付かないし、楓姉に至ってはむしろ逃げる妖を追い掛ける。
だが、俺はどうも母さんと同じく妖を寄せ憑け易い性質らしい。
敵意がなくても見える俺に感づき、面白半分で寄って来る。
たまには制裁が必要だ……。
『ふむ……辛勝と言ったところだな。妖を退治した気分はどうだ?』
「……良くわかんね」
側に居た同じくずぶ濡れの吽狛は大きく欠伸をしていた。
◇
レインコートだったのが幸いした。
大手デパートの洗面所で泥だらけの顔を洗い、買い物の続きをする。
頼まれた日用雑貨を買って、誕生日プレゼントだと言う自分の靴も、出来るだけ丈夫な奴を買った。
そのまま履いて帰りたいところだが、雨が降っているのでそうもいかない。
そんな中、見覚えのある奴らに遭遇した。
「……ん? あいつは……」
同じクラスの奴だ。
名前は覚えてないが、陰で良く大人しそうな女子を苛めて遊んでる女子の主犯格だ。
だが、先生の前では優等生らしくふるまっているので、表沙汰にはならない。
「…………?」
そいつの腕には────百々目鬼と言う妖が憑いていた。
こいつに取り憑かれると盗み癖が出てくる。
(何か万引きしたのかもしれないな……。)
見ると買い物袋を胸に抑え、挙動不審だ。
放っておこうと思ったが、このままじゃまた他に盗みを重ねるかもしれない。
妖を祓う……そんな親父みたいな真似、俺にも出来るだろうか。
「おいお前……それ、盗んだものじゃないのか?」
正面から話しかける。
一瞬そいつは困惑したが、すぐすました表情になった。
「な、何よあんた? ……ああ、何? 稲生じゃない」
そいつは俺の名前を覚えていた。
だが、残念ながら俺はこいつの名前も覚えていない。
「……ぬ、盗んだって何? て、適当な事言って」
腕に憑いてる百々目鬼の目が泳いだ。
目は買い物袋に集中している。
まさに今盗んだ帰りなのか……。
「返しとけよ、じゃないと……また同じ事繰り返すぜ」
「だから盗んだって何? はー……マジうざいんですけど? ケンカ売ってんの?」
背後から足音が聞こえた。
「なになに? どうしたの? ……稲生?」
そいつの連れが現れた。
ちなみにそいつの名前もわからない。
「……こいつストーカーだわ。ずっとウチらのこと、つけて来てたみたい」
「うわ、キモっ」
そいつ等は何がおかしいのか、きゃっきゃと笑い出した。
何だかだんだん腹が立って来た。
「……良いから、盗んだものを返せよ」
吽狛に命令し、買い物袋を落とさせる。
中からは、ラップに包まれた書籍がどさどさと出てきた。
此処に入ってる本屋は、購入するとラップは剥がす。
────万引きした証拠だ。
「な、何!? 今の? 何やったの? 手品!?」
がくがくと震えながらそいつは慌てて本を拾い、買い物袋の中に詰める。
「何? ウソ……マジ見られてたの!? ど……何処で? あ……ありえないんだけど」
「…………稲生! チクッたら酷い目に遭わすからね! 覚えときなさいよ!」
そいつの連れは、猛々しく俺に言い寄る。
「あんたキモいよ、ストーカーしてたって……皆に言うからね!」
そいつらは半ば逃げるように去って行った。、
(何で友達の窃盗を庇うんだ……?)
「……訳がわからねえ」
◇
そいつ等が去った後も、不快感しか残らなかった。
失敗した────と思った。
『……どうした修一郎、ああいう事に関わるとは、お前らしくもない』
傘化けは呆れるとも慰めるともわからない口調で言った。
「……うるせえな、黙ってろよ」
◇
帰り道、ずっとむかついてた。
俺がむかつくと吽狛もむかつく────……気枯れてしまう。
注意しなければいけないと楓姉に言われているが、一度苛付くと簡単に治まるもんじゃない。
せっかく新品の靴を買って貰ったのに……誕生日なのに酷い気分だった。
帰って、風呂でも浸かって落ち着こう────そう思った矢先、吽狛が唸る。
また妖か、と思って振り返る。
だが……それは妖の気配じゃなかった。
「おい、そこのガキ」
人の声がした。
「……?」
傘と肩の隙間で背後を覗き見る。
しかし、そこには妖じゃなく────見覚えのない男達が立っていた。
坊主頭の大柄な男に、へらへらした茶髪のひょろ長い奴、後の一人はピアスを付けた小太りな奴で、煙草を吸っている。
……性質の悪そうな集団だった。
「なあガキ、ちょと付き合ってくんねえか? 話があんだ」
人の事をガキ呼ばわりするけど……たぶん中学生だ。
男達の背後にはさっきのクラスの女子達がひそひそと様子を伺っていた。
繋がりがあるかどうかわからない……あってもしらばっくれるんだろうな。
「付き合うのが嫌だってんなら、金貸せよ」
「……金なんかねえよ」
「はあ、こんな高そうな靴買ってんじゃねえか?」
俺の持っている靴をへらへらした奴は奪おうとする。
「しかも何だ? そのだせえ傘……時代劇かっっての、格好付けてるつもりかよ?」
『何だとぉ!? 修一郎、こいつら串刺しにして良いか!?』
傍から見ればただの和傘にしか見えない傘化けは怒り狂う。
暴れそうになっている傘化けを抑え付けた。
……体格の良い中学生が三人、分が悪い。
「良いから付き合えよ、なあ?」
馴れ馴れしく肩に手をかけてくる。
隙を見て逃げ出さなきゃ……。
しかし吽狛が思わず、噛み付いてしまった。
「────!!」
「痛ええええ!! 何だ何だ!?」
へらへらの顔が苦痛に歪む。
吽狛が肩に伸ばしていた手に噛み付いてしまった。
(……まずい!)
「吽狛!! 止めろ!!」
たまに吽狛は抑制が効かない────気枯れている時はなお更だ。
「ああ!? 何だぁ? このガキ、やんのかおい!!」
小太りが掴みかかってきた。
────逃げるしかない。
近付いた煙草臭い顔を目掛けて思いっきり頭突きを喰らわせた。
そのまま走り出し────逃げる。
「待て、手前ぇ!! ぶっ殺してやる!!」
怒り狂った小太りは走って追いかけて来た。
◇
────だが、追い着かせない。
雨の中、荷物は重いし足場は悪いが何とか振り切った。
背後に気配が消えてからも走り続けた。
家までの道には心臓破りの坂がある。
撒くために路地裏に入り、突き抜けようとした。
◇
路地裏を走る。
しかし、通路の先には────妖が居た。
「……!」
不幸中の幸いか、こちらに気付いてなかったので慌てて引き返した。
だが……道に戻ると、連中の一人が道を塞いでた。
「よお、何逃げてんだ手前……」
背後には原付バイクに乗ってる片割れがいる。
もう一台も遅れてやって来た。
小太りは鼻血をタオルで抑えながら怒り狂ってた。
◇
肩を掴まれ、人気のない所に連れて行かれた。
「痛ぇなあ……くそ! 歯の一本でも折らなきゃ収まりきかねえ」
小太りは顔を真っ赤にさせながら凄む。
「俺は金さえ貸してくれりゃ良いけどよ……こいつはぁ、キれちまって無理だな」
坊主頭も睨み付けてくる。
「気をつけろ、そいつ何か持ってるかもしれねえ……」
茶髪は血が滲んだ右手を抑えながら不快そうに呟く。
────吽狛が噛んだ傷だ。
その吽狛は怒りに奮えながら唸っていた。
「修一郎、もうやってしまえ。妖に比べればたいした事なかろう」
傘化けから声が届く。
こいつも何だかんだで好戦的だな……。
「おい、荷物置いてポケットの中のもの全部出せよ」
買い物袋、新品の靴、鍵、財布……大したものは何もない。
「金はねえよ、ほら」
荷物を置いて財布の中身を見せた。
ほとんど遣いきり、必要な額しか入ってない。
「ああ!? んっだよ!! つまらねぇ!! 誰だ、金持ってるって言ったの!!」
坊主頭は背後を睨み付ける。
そこにはあの女子達が少しびくついたようにこちらを見ていた。
「俺は気が済まねぇ、ボコって良いか?」
誰に聞いてるんだ……?
不快だ……心底不快だ。
「……こいつ、さっきから全然怖がらねえのな? どっかネジとんでんじゃねえの?」
────鳩尾(みぞおち)に蹴りが入る。
その後髪を掴まれ頭突きを喰らった。
何発も殴った後、バテていたのは小太りの方だった。
「ははは! お前のパンチじゃ痛くねえってさ」
坊主頭が小太りを馬鹿にしながら、横に入り顔を近づけた。
「おい、家帰って金とって来い」
茶髪は買ったばかりの靴を取り出す。
「家にはあんだろう? こんなの買う金がよ」
そう言って、水溜りに投げ捨てた。
「……!!」
……楓姉がお金を出してくれた靴が泥にまみれる。
汚れた靴を見て、余りの理不尽さに────血の気が引いた。
吽狛はそれに呼応して大きく唸る。
(………………吽狛、ダメだ!)
吽狛の姿が歪む────抑えつけてるが……もう、自制が効きそうにない。
「んっだあ!? その眼はあ!!」
思いっきり頬を殴られた。
口の中が切れ、血の味が広がる。
……吽狛が身を屈め、攻撃の態勢を取った。
ダメだ……。
ダメだ────もう、限界だ。
(こいつら…………………………××してやる)
吽狛の口が開き、牙をむく。
もはや歯止めがきかなかった。
《追憶編③終了 五日目へ続く》
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はずれスキル念動力(ただしレベルMAX)で無双する~手をかざすだけです。詠唱とか必殺技とかいりません。念じるだけで倒せます~
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