あやかしよりまし

葉来緑

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続章【逢魔】五日目②

棒試合

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授業が終わり、猫柳と部室に向かう。
「お前、短距離に転向しろよ。スタートをみっちり練習すれば絶対モノになるぜ」
好タイムを出したのは猫柳との勝負、一回きりだった。
その後はどうも気合だけが空回りしてダメだった……コンマ何秒の世界だ、僅かな失敗で圧倒的な差がつく。
「……やっぱり俺は距離がある方が向いているよ、走りにムラがあり過ぎる」
「かーっ! もっと自信持てよ、お前は充分速いんだよ」



部室に入ると、誰か来ているらしく少し騒がしかった。
狭い部室に部員で人込みが出来ていて、特に女の先輩が激しくはしゃいでる。
────……何事だろう。
「お? 何だ、どうした? ……! 新入部員か?」
「新入部員? こんな時期に?」
人込みの中から中心の人物を見ると────見覚えのある顔だった。
────……木葉だ。木葉……イサミ。

顧問の教師が、入室して来たこちらに気付いた。
「お、猫柳と稲生が来たな? 紹介しよう。今日、陸上部に体験入部する事になった木葉勇君だ。
「猫柳さんと……稲生さんですね? よろしくお願いします」
木葉は礼儀正しく一礼をした。
「おお!? 木葉かあ!! 見てたぜ、昨日の走り! お前……種目は何にするんだ? 短距離にしろよ!」
猫柳は嬉しそうにはしゃぐ。
確かに木葉は速かった────ある意味最後の伸びは猫柳以上だ。
……だが、最後の伸びに妖の“翼”の力はなかったんだろうか?
「いえ、短距離にはそこまで興味が無いんです。高跳びをやりたいですね、棒高跳び」
「棒高跳び? でも、この部じゃそんなに棒高跳びは女子の先輩しかしてないぜ? 成績もそんなに……」
そう言って猫柳は口をつぐんだ。
棒高跳びをやってる女子の先輩達の間から感嘆の声があがる。



新たに木葉を加え、ウォーミングアップが終了した後、それぞれの練習に入る。
しかし今日は、皆が集まって木葉の棒高跳びに注目した。
棒高跳びを専門にやってる女子達が、セッティングをする。
最初は3Mくらいの高さで練習させる事にしたが、木葉は4Mを希望した。
「うお? 4Mかよ!? ……流石に自信があるみたいだな」
皆が注目する中、木葉はポールを構えスタートラインに立つ。
(……こんな注目されている中であの高さを跳ぶのか)
実際に見る4Mはもの凄く高く感じた。
木葉は開始の笛と同時に走り、着地マット手前のボックスにポールを突っ込み────跳んだ。
ポールはしなやかに曲がり、反発しターン地点でポールを手放す。
木葉の体は綺麗に弧を描き、4Mから更に余裕のある高さを越えていた。
「凄えええ!! 4Mを軽々越えたぞ!? お前、経験者だな!?」
「ええ、中学の時に少し。……怪我が原因で止めてたんです」
「怪我? もう大丈夫なのか?」
「完治はしたんですけど────その頃には陸上自体にもう興味がなくなってました。でも……何かまたやりたくなって」
「────そうか。春に入ってれば新人戦に登録出来たんだがなあ……」
悔しそうに猫柳は言う。
「いえ、余り大会とか興味ないんです。ただ……たまにこうして飛びたいだけなんです」「何!? そんなに実力ある癖に大会に興味がないのか? 今年は無理だったが頑張ればインターハイ目指せるんだぞ? 心踊らねえのか?」
「はは、猫柳さんは熱いですねえ。他の部活との掛持ちも幽霊部員も多いし、もっとお気楽な部だと思ったから入ったんですが」
「いや、でもよ……もったいねえだろ、こんだけ出来るのに」
木葉の態度にはどこか醒めた部分があった、俺も人の事が言えた立場じゃなかったが……少し不愉快だった。
そんな俺達の様子を尻目に他の競技の選手達は次々と棒高跳びに挑戦している。
やはりああ言うものを見せつけられると体がうずくんだろう。
「なあ木葉、俺と賭けをしないか?」
猫柳はその様子をみつめながら呟いた。
「賭け?」
「俺が4M越えたら、真面目に参加してくれよ。どうせやるなら本気でやった方が楽しいぜ?」

「…………」
木葉は答えない、何故か俺をちらりと見て笑いながら答えた。
「…………ふふ、良いですよ。猫柳さんだけじゃなくて誰か一人でも4M越えたら真面目に参加する事を考えても良いです」
「よーし! 言ったからな! ちょっと待ってろ!!」
「おい猫柳、お前……棒高跳びやった事あるのか?」
「ない!」
「全くやった事のない人間があんな風に飛べるのか……?」
「あはは、本当に……本当に才能がある人は、はじめてでも飛べますよ。────天才は99%の努力と1%の才能って言葉を知ってますか?」
「……ああ、エジソンか? 1%の才能も99%の努力が無ければ成り立たないって事だろう?」
「ふふ、逆ですよ。1%の才能が無いと99%は無駄なんです。エジソンは、更に才能のあるテスラにはいくら努力してもかなわなかったんです。痛烈な皮肉ですよ」
そんな言葉を聞いている時に、猫柳が棒高跳びを始めた。
ボックスにポールを突き立て、跳ね上がる。
巧い────フォームも綺麗だし、失敗らしい失敗はみられない。
ギリギリだが、4Mのバーを越えようとした。
だが────……猫柳の体にバーが僅かに届かず接触し、無常にもバーごと猫柳は落ちてしまった。
猫柳は、悔しそうにこちらへと向かってきた。

────木葉は拍手で迎える。
「いやあ、はじめてあそこまで飛べるなんて凄いですね! 練習を重ねたら棒高跳びも行けますよ! 猫柳さん!」
「……もう1回やって良いか?」
「良いですよ」
猫柳は悔しそうだった、二回目の挑戦をする。
────しかし、さっきより結果は悪く、バーに直接激突してしまった。
猫柳以外に4Mを越えそうな部員はいなかった。
猫柳は何度も挑戦するが、なかなかバーを越える事は出来ない。
「あれが最初の壁なんです、さらに何回も失敗したら苦手意識が芽生えて逆に記録が落ちる事になります。……努力の逆効果ですね」
木葉は努力している猫柳を見ながら冷淡に語る。
その態度に少し苛立ちを覚えた。

「……努力が無駄だって言うのか?」
「さあ……。才能のある人間は別ですよ、猫柳さんには短距離の才能があるそうですね。人は得手不得手があるんです。努力するウサギに、カメは永遠に追い着けない────そう思いませんか?」
「……追い着く事だってあるさ」
「僕はあれよりもっと飛べますよ、調子が良ければ……ですけどね。それに……」

木葉は少し苦笑した後、こちらを向いた。
「────妖の力を使えばもっともっと飛べます。馬鹿馬鹿しいと思いませんか……? 努力が」
愛想良く笑みを浮かべてはいるものの、冷たく渇いた表情だった。
その瞳の奥には同世代とは思えない程の……何か諦観の様なものを感じる。
「…………」
木葉の妖がどういうモノかわからない。だが、木葉の才能から来る自信を歪ませている様な感じがした。
「…………誰か一人でもと言ったな」
「ええ、言いましたよ」
「…………」
何度も挑戦し、疲労している猫柳の処へ向かう。
「猫柳、俺もやってみるよ」
「……お前が? ……!! そうだ、やってみろよ! 前に見たお前の幅跳び────上に跳んでた、かなり上に……いけるかもしれねえぞ?」
ポールを受け取り、しっかりと掴む。
失敗したらどうしようとか、その時は考えなかった。
前を追え────爺ちゃんの言葉が胸に響く。



────空を見上げた。
空はどこまでも高く、広がっていた。
……あんなに高いと思ったバーが低く感じる。
棒を構えるとまるで昨晩の夢の棒試合を思い出す。
空を跳ぶ事に憧れたイサミを思い出す。



走り出し、ボックスに目掛けポールを突き立て────跳んだ。
地面に強烈な衝撃を与え、その反発力で大きく飛び上がる。
まるで空を飛んでいる様な錯覚を覚えた。
この浮遊感は懐かしく────しかしつい最近夢で味わった感覚だった。
天地が逆様になり、ほんの一瞬だけ重力から解放される。
その後吸い込まれるように地面に落下していった。

マットに沈み、しばらくの静寂が流れる。
バーを見上げる。
バーは最初の位置のまま────動いていない。



「!? こ……越えた? 越えやがった!!」
猫柳の叫び声が響いた。
それに続き周囲からもざわめきが聞こえて来た。
棒高跳びを専属種目にしていた先輩が駆けつける。
「稲生くん! 君……す、凄いね!? 棒高跳びやった事あるの!?」
「い、いえ……はじめてですけど」
「本当に!? 木葉君も稲生君もちゃんと本腰入れてやった方が良いよ! 確実に地区予選は突破出来るレベルだよ!?」

多少興奮気味の先輩の背後には他の先輩に囲まれた木葉の姿があった。
猫柳はこちらに一瞥をくれた後、木葉に向かって行った。
「何なんだお前ら……学校間違えてるんじゃないのか? 正直、修一郎には驚いたが……越えたら真面目にやるって言ったよな? お前も含めて真剣に取り組んでみろよ。全国大会も夢じゃないぜ?」

「はは、やだなあ……考えても良いって言っただけですよ。それでも上には上が居ますよ、さっきのが僕の限界なんです。……でも、稲生さんはまだまだ伸びるかもしれないですね」

木葉はおどけるような態度で話題を俺に促した。
「そうだな、もう一度飛んでみろよ、稲生」
もう一度飛んで見せてくれ、とせがまれる。

気持ちを落ち着けて、もう一度飛んでみる事にした。
そこに緊張感やプレッシャーはなく、ただ純粋に越えようと高く飛んだ。




マットに沈み、自分の飛んだ記録を確認する。
再び4Mのバーを越えていた。

木葉がゆっくりとこちらに近付いてきた。
誰にも聞こえないような小さな声で、呟く。
「……はは、やってられないなあ。僕があれを越えるのにどれだけ努力したと思ってるんですか」
────そして木葉は、空を見上げる。
その言葉に……どんな感情が込められているのかわからなかった。

顧問の先生が近付いてきた。
「ほ────本当に初めてなのか? 信じられん……天賦の才能かもしれんな、埋もれさせるには惜しい」
正式に棒高跳びの種目をやる事を強く薦めて来る。
いきなりそんな事を言われても気持ちの整理がつかなかった。



テスト期間前だと言う事で、ある程度のところで部活は終了となったが、終始木葉と俺の棒高跳びの話題で持ちきりだった。
特に木葉は女子部員に人気が高く、人当たりも良かった。
そこには先程の会話で見せたような達観した様な態度は無い。
ただ、真面目に部活に参加するという事に関しては相変わらずお茶を濁したような態度だった。



そんな輪の中から抜け、火照った体を冷やす為に手洗い場へと向かった。
────水道で顔を洗ってると、足音が近付いてきた。
「あ、あの……稲生くん。ちょっと……良いですか?」
「……?」
誰だろう、顔を拭いて振り向く。

話しかけてきたのはクラスメイトの女の子だ。
八橋のグループの中に居る大人しい感じの……。
そして先日、八橋との間で話題にあがった……。
(……ええと。シノ、シノ……なんだっけ)

「ん? 何か用か?、……四乃森しのもり
「……四ノ原しのはらです。四ノ原しのはら志穂しほ。」
「ご、ごめん……俺、人の名前を覚えるの苦手で」
慌てて頭を下げて謝罪する。
「あ、いえいえ! い……良いんです。直接話した事はほとんど無いですし、良く間違えられますし……。それに私……目立ちませんし……」
逆にぺこぺことお辞儀をされた。
こっちが失礼な事をしたのに、何で謝られてるんだろう……。

対応に困ってると、四ノ原は所在なさそうに、自分の事を指差した。
「あ、あの……、わたし……稲生君と同じ小学校だったんですけど、覚えてます……?」四ノ原の事を、思い出そうとする。
何処となく物静かで、おっとりとした感じのする──こんな子が居たような気がする。
たが……残念ながら、詳しく思い出せない。
「ごめん……それはあまり覚えてない」
再び頭を下げる。

「あ、いえ……良いんです! 謝らせようと思った訳じゃないんです! 話題を変えようと思っただけで! いつも私、余計な事言って……ごめんなさい!」
再びぺこぺことお辞儀をされた。

「う、うーん……とりあえず、何の用だろう」
四ノ原は、目を泳がせながら口を開く。
「え、えっと……美生ちゃんに良く、稲生くんの事を聞かれるんです。稲生くんの子供の頃の事を」
「え?」
────確かに、八橋は四ノ原から、俺が子供の頃の事を聞いたと言っていた。
(そんなに何度も聞いて楽しい話じゃないだろうに……)
「あ、いえ……私が言いたかったのは、その事じゃなくて。こ……この事は本人には秘密でお願いします。美生ちゃん以外にもう一人……今日の放課後、イサミくんにも、稲生くんの事を詳しく聞かれたんです」
「勇君? ────木葉が?」
……何故、木葉が俺の子供の頃の事を聞きたがるんだろう。
聞きたいのは、こっちの方だ。
「え、ええ……イサミくんの事は、昔から知っているんですけど。彼……人当たりが良い反面、他人と一線引いている感じがするんです」
「……何となくわかる気がする」
四ノ原は、木葉が居るであろう、部室に視線を移す。
「私が知る限り、イサミくんがそこまで他人に興味を持つって、珍しいんです。ある時期を境に────イサミくんは変わりましたから」
「ある時期?」
聞き返すと四ノ原は、はっと口に手を当て、首を振る。
「あ、いえ……何でもないんです。私がそう思ってるだけで……」
うつむき加減の四ノ原は、勇気を出すようにじっとこちらを見据えた。
「とにかく私は、子供の頃の稲生くんしか知らないから…情報が古いままだから、更新しなきゃと思ったんです」
「俺の事を? 別にそんなに変わってないと思うけど……」

「いえ、何と言うか……穏やかになった気がします。私……実を言うと、稲生くんの事をずっと怖い人だと思ってました」


四ノ原は、苦笑いを浮かべながら頭を下げる。
そして先日に八橋が話した内容と、同じ話をしてきた。
万引きをしたクラスの女子の話だ。


「あの時、クラスの皆で稲生くんの冤罪を謝ろうとしたんですけど……。犯人の子は、考えられないくらい怯えてたし、稲生くんは……あの、気を悪くしないでくださいね」
「良いよ、その時の俺はどう感じた?」
────その時期は、夏休みが終わって、2学期くらいの時だ。
だが、余り覚えていない……。
「……何だかとても無機質で怖くて……近寄り辛かったんです。……ごめんなさい」


かつての同級生は、あらためて申し訳無さそうに丁寧にお辞儀をした。
過去の思い出話から自分の印象が次第にわかってきた。
────誰とも話したがらず。
────何に対しても淡白な反応しかせず。
────何処に居ても、暗い雰囲気を漂わせていた。
そんな奴に誰が近付きたいと思うのだろう。
自分が作っていた壁の高さを理解した。

そして、昨晩見た夢を思い出す。
あの中学生の三人組……万引き犯と顔見知りのようだった。
(怯えていた原因は……まさか?)
────嫌な胸騒ぎがした。





部活に戻り、部活の終了後、いつもの様に猫柳と一緒に帰る。
俺が話しかける時以外は猫柳はずっと黙り込んでいた。
棒高跳びが終わった後、猫柳は口数が少なくなっていた。
……こんな猫柳は初めて見るかもしれない。
最初に会った頃とは逆のように、俺が積極的に猫柳に話しかける。

「……あいつ、真面目に参加してくれるかな」
「さあ、どうだろうな」
「考えても良い……って、詭弁だよな。約束が違う」
「まあ、俺が勝手に熱くなっただけだしな」
────しかし、反応は淡白だった。
会話が続かず、気まずい雰囲気になる。
「稲生さん、ちょっと良いですか?」
そんな中、後を追うように木葉が脇に入り込んで来た。
「そうか、じゃあ俺は先に帰るわ」
猫柳はそう言って軽く手を上げ挨拶をすると、先に帰ってしまった。
「……話って何だよ」
木葉はそれに答えず猫柳を見つめていた。
「猫柳さん、相当落ち込んでるみたいですね」
「…………そんな事は」
と言いかけ、途中で口をつぐむ。
「……どうして落ち込んでるんだ、専属種目とは違うじゃないか」
「才能の違いをあんな風に見せつけられると平常心ではいられないと思いますよ。まあ、彼も同じ気持ちを────他の誰かに味わわせてそうですけどね」



木葉は俺を屋上へと連れて行った。
屋上へ続く階段の隅には、来客用の椅子や廃棄用の掃除用具がまとめて立て掛けられている。
木葉は廃棄掃除用具入れからモップを二本取り出すと、金具を外しただの棒切れにした一本を俺に渡した。
自分の分も同じ様に金具を外し、軽く素振りをして何かを確かめていた。
「……何だこれは?」
しかし木葉は返答をせず、屋上へと出てしまった。



日はだいぶ暮れてしまっていて、近くでカラスの泣き声がする。
夕影の中、涼しく心地よい風が吹いた。
その中で、風を切る音を木葉は立てる。
夕凪になり、棒を捌く音が響く。
「……何してるんだよ、話があるんじゃなかったのか?」
「実は昨日から、ずっと気になってた事があったんです。ただそれも……解決しました。僕は子供の頃────稲生さんに会った事がある」
「……何だって?」
一瞬、イサミの顔が頭を過ぎった。

「ふふ、僕は子供の頃良くからかわれてたんですよ。非力だったし、女みたいな顔だって……まあ、からかいがいじめになる事もしばしばありました。そんな時にある少年に出会ったんです」
木葉は棒を床に付け、こちらを向いてにっこり笑った。
「その少年は……いじめられてる僕を、手にしていた棒を自在に操り……それでいじめっ子達を追い払ってくれたんです」
そんな事をしたのだろうか……覚えてない。
木登りの事は覚えて無いんだな……。
「その少年の棒術はとにかく見事だったんですよ。鮮やかで……僕もあんな風になれたらと憧れを抱いたものです」
「……覚えて無い。人違いじゃないのか?」
「ええ、僕もそう思ってました。……でも昨日、石を反射的に弾き飛ばしましたよね?」
「ああ、あれ……本当にお前がやったのか?」
あれはきっと────妖の仕業だ。
「それについては謝ります。……ただ、あの弾き方に見覚えがあった────その少年は手も棒も使わずに飛んできた石を弾いたんです」
吽狛の事か……? だとするとこいつはその時は妖は見えていない訳か。

「すっかり印象が変わってしまったんで気付きませんでした。あの時は礼も言わず逃げてしまって……ずっとお礼を言いそびれていて、すみません。」
木葉は丁寧に謝罪の一礼をした。
「その影響で僕も棒術と言うものに興味を持ち、道場も空手と一緒に学べる所を何とか探し当てて通いました。だから……手合わせしてもらおうと思ったんです」



木葉は棒をくるくると器用に回転させ、空を切る。
「棒術……? 棒高跳び専門じゃなかったのか……?」
「ええ、才能がなくてやめたんです。その後に陸上に出会った……という訳です」
木葉は邪気の無い表情で笑った。
「どうです? 勝負しませんか、チャンバラごっこ」

「……そんな事……子供の時にしかやった事ないぞ」
「ええ、僕もですよ。お遊戯として楽しみましょうよ」


「馬鹿馬鹿しい────……」
そんな戯れ言に付き合ってられるか────そう思った。
棒を床に放り投げる。
だが、木葉は棒を拾い上げ、突き出してきた。

「子供の頃の憧れと手合わせしたい……。それはそんなに馬鹿馬鹿しい事でしょうか」

「……」
その真剣な眼差しに押され、棒を手に取る。
棒を手にすると昨晩の夢の中身が思い出された。
天狗との棒試合は無茶苦茶だったが……楽しんでた一面もあった。
天狗……それからイサミとの出会い。
木登りを一緒にやったイサミが思い出される。

おぼろげながら覚えているのは……イサミは体力がなくて、すぐへばるけど必死に俺に付いて行こうとした事。
木登りの他にも色々やった気がする。
もしかすると……チャンバラごっこもやったかもしれない。
遊戯だと言うなら、付き合っても良いだろう。

「久々なんだ……手加減しろよ」
棒を構え、身を屈める。
木葉も棒を構え、身構えた。
「あはは、そうこなくっちゃ。……僕の方こそお手柔らかにお願いします」





互いに得物である棒を手にし、構えた。
まず軽く牽制という形で木葉の突きが入る。
それを自らの棒で捌いた。
一撃、二撃、三撃と連続で攻防を繰り返す。
────……軽い。
当然だが、天狗とは比べ物にならないくらいに攻撃が軽かった。
しかし……次第に木葉の動きに変則的な変化が加わる。
その動きは速く、防戦一方では絡め取られてしまいそうだ。



打突を激しく弾き返し、一歩前に踏み出した。
返す木葉の追撃を再び弾いた。

夢の中とは言え……天狗との棒試合は近くに体験した事の様に鮮明だった。
どうやれば相手の攻撃を最小限に受けきり、如何に相手の隙を見つけるかという事に────幼い俺は懸命だった。
夢の中の勝てないシナリオの記憶のリプレイに歯痒い思いをした。
だから今やっている棒試合は────遠い記憶の物ではなかった。
木葉の一撃一撃に天狗の姿が重なる。
「さすが……やりますよね、良いですよ。楽しくなってきました」
木葉の棒捌きの速度が更にあがる────闇雲に突っ込んできても、隙を作るだけだ。
四、五撃程受けた後に……隙を見て棒を絡め取る。
「…………ッ!」
木葉の体は引っ張られ、自分の得物を手放しそうになった。
しかし木葉は即座に棒を手放し、相手の得物を軸にして、器用に回転させ自分の得物を引き戻し、体勢を整えた。
「危ない危ない……、ふふ、巧いなあ……やっぱり凄い人だ」
木葉は愉しそうに笑う。
まだまだ余裕のある表情だ。

「何だか遠慮がちですよね……、今のは好機でしょう。何であのまま打ち付けなかったんです?」

「お前なあ……防具も無しに、本気で打ち込んだら、怪我するだろう」
確かに好機だった、木葉が棒を引き戻す瞬間は隙だらけだった。
だからこそ……打ち込めなかった。

「大丈夫ですよ、怪我したからと言って、責任は取らせません。遠慮は……────いりませんよ!」
木葉は体重をかけ、大きく振り下ろしてくる。

何とか防いだものの、手首に大きな痺れがきた。
────更に来る打突。
────かわすが、僅かに頬を掠めた。
掠めた頬がじんと痛む。
当たったら……確実に大怪我をする突きだ。
「おい、待て木葉。少しエスカレートし過ぎじゃないのか」
「あはは、何を言ってるんですか。もうお遊戯は既に……試合に変わってるんですよ」
木葉の素早い突きに変則的な打ちや斬りが加わり、近付く事は困難になった。
じわじわと後退させられ────あっという間にフェンス際に追い詰められる。
フェンスの上段を一文字に弧を描くように斬りが襲ってきた。
それを受け────大きく弾く。
そのまま返す得物の先で木葉の胴体を打ち突けた。
「────くッ!?」
木葉はそのまま後方へと下がる。
痛むのか脇腹を片手で押さえている。
「はあ、はあ……久しぶりなんて、嘘でしょう。素人の動きじゃないですよ」
「────今ので一本だろう。もうこの辺にしておこう……怪我するぞ」
「はあ、はあ……はは、余裕ですね? 悔しいなあ……三本勝負と行きましょうよ。」
木葉は立ち上がり、棒を構える。
「もう一本取られれば素直に負けを認めますよ……」
「お前……」
────!!
返答も待たず、木葉は打ち付けてきた。
先程よりも重く、速い動きだ。
一撃一撃を捌く度に腕が痺れる。

守りを捨てて攻めに全力を使っているのか────……!?
連撃の合間に隙を見つけて反撃し、攻撃の手を止めようとする。
しかし木葉はそれを即座に弾き返す。
更に加えた一撃も捌かれた。
木葉は隙を見付けたのか、そのまま攻めに転じ俺の鳩尾を狙い撃ち────突いて来た。寸での処で避ける────……攻めだけじゃなく守りも堅い。

一試合目よりも格段に木葉の動きは良くなった。
次第に俺は隙を見付けては本気で攻める様になった。
木葉は全てを払い受け、捌く。
しばらく打ち合いが続いた後、木葉は間合を取り呼吸を整えた。
「……ふふ、攻めはいまいちですね。稲生さん」
木葉の顔に余裕が出る────息が上がりながらも挑発的な態度だ。

「そんな事じゃ……────僕には勝てませんよ!」

一歩前に乗り出し、再び激しい連撃を繰り広げてきた。
その速度は一向に衰えない。捌くだけで手一杯だ。
その最中、渾身の打突を仕掛けてきた。
────────速い。
上から打ちつけ、打突を防いだ。
だが、打突は軌道を変え────逆に弾き返された。
そしてそのまま、引き戻した得物を打ち下ろして来る。
────狙いは俺の肩だ。

────!!

衝撃が体に響いた。
だが、それはフェンス越しに伝えられた衝撃だった。
木葉の打ち払いはフェンスに直撃し────未然に防いでいた。

「はあ、はあ……────悔しいなあ、一本取ったと思ったのに」
木葉はそのまま攻め入ろうとせず、不敵な笑みを浮かべた。
呼吸は荒く、額に大量の汗を浮かべている。
「はあ、はあ…………今のは運が良かっただけだ。フェンスが無かったら……」
かなり息があがってきた。
深呼吸をして、呼吸を整える。
「はあ、はあ……運も実力の内ですよ」


────そんな折、下校のチャイムが鳴った。
互いに呼吸を整えていたが、木葉の荒れた呼吸は一向に収まらない。
「……もう充分だろう、ここまでにしておこう」
「はあ、はあ……何を言ってるんですか。まだ……これからじゃないですか」
木葉は乱れる呼吸のまま、棒を構える。

────しかし、体力に限界が来たのか棒を下段に構えたまま項垂れた。
「……落ち着けよ、もう一休みしてからで良いだろう」
「…………」
木葉は項垂れたまま答えない。だが……少し様子が変だった。



日が沈み、辺りは暗くなっていく。
大きな風が吹き、流れ出た汗を拭った肌を涼ませた。
その風はざわざわと木々を揺り動かす。
まだ夏だと言うのに、秋の様に木の葉が舞った。
………………?
舞い散る木の葉の中────……それは姿を現した。



(翼だ……!)
翼の姿をした妖が、宿るように木葉の背中に見えた。
「木葉、その翼は……?」
木葉は答えない。
────翼は大きくその身を広げた。
その姿は禍々しくも神々しくも感じられた。
どちらに属する存在なのかわからない。
────俺の眼の力を越えている。
傍に居た吽狛が唸った。
その表情には、先程までの様な疲労は無く────不敵に笑みを浮かべている。
木葉は棒を構えこちらに向けた。
そして一歩前に前進する。
────────来る。
直感でそう感じた。
木葉は物凄い勢いでこちらに向かい突進してきた。
そしてそのまま間合いまで来ると大きく一撃を振り下ろしてきた。
大振りにも関わらず────隙が無い。
かわしきれずに木葉の一撃を全身で受け止める。
受け流す間もなく激痛が走り、衝撃に堪えた。
しかしさらに即座に次の一撃が襲い掛かる。
(────……下だ!)
木葉は打ち込んだ棒を回転させ────返す棒尻を攻めに転じ、打ち込んで来た。
全体重をかけ、押さえ受けきろうとした。
だが、打ち上げは強く……そのまま体が浮いてしまった。
(……────何て馬鹿力だ!)
華奢に見える木葉の体からは考えられない程の攻撃の力強さを感じた。
更に木葉は、俺の体を浮かせた後に、胴を突いた。
確実な一本だった。
片手で痛む腹を押さえ、間合いを計る。
しかし、木葉は休む事もなく更に襲い掛かって来た。
一撃、更に一撃が間髪入れずに飛び込んでくる。
そのどれもが速く────重い。
かろうじて隙をみつけて木葉の懐に飛び込み、棒を絡めとろうとした。
だが、木葉の体はまるで一片の羽の様に手応えが無く……俺の攻め手を受け流す。
いくら攻撃の手を加えてもしなやかに軽い動きでかわしていく。
まるで別人だ────……木葉の表情はただ、愉しむ様にうっすら笑みを浮かべているだけだ。
木葉は大きく一文字に振り払い、その際に再び隙が生じた。
「────…そこだッ!!」
そのまま前に踏み出す。
今の木葉に遠慮は入らない────大きく得物を突き出した。
だが……木葉は蜻蛉(とんぼ)返りをして俺の攻撃を避ける。
そして棒高跳びの様に────大きく跳んだ。
空中を舞う木葉の姿を追う。
まるで空を飛んでいる様に木葉の背中の“翼”は羽ばたいた。
「……そんなッ!?」
木葉の体は俺を飛び越え、背後に着地した。
その直後────そのまま得物を大きく振り払ってきた。
振り返る間もほとんど与えられない。
────全身を使い攻撃を受け切るしかない。



「…………ッ!!」
フェンス際まで吹き飛ばされた。
それだけ木葉の一撃は鋭く────重い。
フェンス際に追い込められた俺は、そのまま追撃を受ける羽目になった。
木葉の上段からの攻撃が襲い掛かろうとしていた。
(上か────!?)
棒を真一文字に構え上段に向かって突き上げた。

瞬間────……下段から物凄い勢いの攻撃の気配がせり上がって来た。
上段はフェイクだった。
(下だと────!?)
即座に下段の攻撃を防ごうとしたが────遅い。
上段を防ごうとした突き上げに加え、下段からの攻撃で体が宙に浮いた。
フェンスを越えて、自らの体が跳ね上がる。
────……まさか?
一瞬、我が身を疑った。
自分の身体がフェンスを越え抜け────屋上から外へと放り出されていた。




《五日目②終了 五日目③に続く》
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魔王様、世界征服より晩ご飯ですよ! 食品メーカー勤務の平凡な社会人・橘陽人(たちばな はると)は、ある日突然異世界に召喚されてしまった。剣も魔法もない陽人が頼れるのは唯一の特技――料理の腕だけ。 侵略の真っ最中だった魔王ゼファーとその部下たちに、試しに料理を振る舞ったところ、まさかの大絶賛。 「なにこれ美味い!」「もう戦争どころじゃない!」 気づけば魔王軍は侵略作戦を完全放棄。陽人の料理に夢中になり、次々と餌付けされてしまった。 いつの間にか『魔王専属料理人』として雇われてしまった陽人は、料理の腕一本で人間世界と魔族の架け橋となってしまう――。 料理と異世界が織りなす、ほのぼのグルメ・ファンタジー開幕!

相続した畑で拾ったエルフがいつの間にか嫁になっていた件 ~魔法で快適!田舎で農業スローライフ~

ちくでん
ファンタジー
山科啓介28歳。祖父の畑を相続した彼は、脱サラして農業者になるためにとある田舎町にやってきた。 休耕地を畑に戻そうとして草刈りをしていたところで発見したのは、倒れた美少女エルフ。 啓介はそのエルフを家に連れ帰ったのだった。 異世界からこちらの世界に迷い込んだエルフの魔法使いと初心者農業者の主人公は、畑をおこして田舎に馴染んでいく。 これは生活を共にする二人が、やがて好き合うことになり、付き合ったり結婚したり作物を育てたり、日々を生活していくお話です。

スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

異世界転生したおっさんが普通に生きる

カジキカジキ
ファンタジー
 第18回 ファンタジー小説大賞 読者投票93位 応援頂きありがとうございました!  異世界転生したおっさんが唯一のチートだけで生き抜く世界  主人公のゴウは異世界転生した元冒険者  引退して狩をして過ごしていたが、ある日、ギルドで雇った子どもに出会い思い出す。  知識チートで町の食と環境を改善します!! ユルくのんびり過ごしたいのに、何故にこんなに忙しい!?

異世界ママ、今日も元気に無双中!

チャチャ
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> 地球で5人の子どもを育てていた明るく元気な主婦・春子。 ある日、建設現場の事故で命を落としたと思ったら――なんと剣と魔法の異世界に転生!? 目が覚めたら村の片隅、魔法も戦闘知識もゼロ……でも家事スキルは超一流! 「洗濯魔法? お掃除召喚? いえいえ、ただの生活の知恵です!」 おせっかい上等! お節介で世界を変える異世界ママ、今日も笑顔で大奮闘! 魔法も剣もぶっ飛ばせ♪ ほんわかテンポの“無双系ほんわかファンタジー”開幕!

はずれスキル念動力(ただしレベルMAX)で無双する~手をかざすだけです。詠唱とか必殺技とかいりません。念じるだけで倒せます~

さとう
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10歳になると、誰もがもらえるスキル。 キネーシス公爵家の長男、エルクがもらったスキルは『念動力』……ちょっとした物を引き寄せるだけの、はずれスキルだった。 弟のロシュオは『剣聖』、妹のサリッサは『魔聖』とレアなスキルをもらい、エルクの居場所は失われてしまう。そんなある日、後継者を決めるため、ロシュオと決闘をすることになったエルク。だが……その決闘は、エルクを除いた公爵家が仕組んだ『処刑』だった。 偶然の『事故』により、エルクは生死の境をさまよう。死にかけたエルクの魂が向かったのは『生と死の狭間』という不思議な空間で、そこにいた『神様』の気まぐれにより、エルクは自分を鍛えなおすことに。 二千年という長い時間、エルクは『念動力』を鍛えまくる。 現世に戻ったエルクは、十六歳になって目を覚ました。 はずれスキル『念動力』……ただしレベルMAXの力で無双する!!

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

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ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

田舎農家の俺、拾ったトカゲが『始祖竜』だった件〜女神がくれたスキル【絶対飼育】で育てたら、魔王がコスメ欲しさに竜王が胃薬借りに通い詰めだした

月神世一
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​「くそっ、魔王はまたトカゲの抜け殻を美容液にしようとしてるし、女神は酒のつまみばかり要求してくる! 俺はただ静かに農業がしたいだけなのに!」 ​ ​ブラック企業で過労死した日本人、カイト。 彼の願いはただ一つ、「誰にも邪魔されない静かな場所で農業をすること」。 ​女神ルチアナからチートスキル【絶対飼育】を貰い、異世界マンルシア大陸の辺境で念願の農場を開いたカイトだったが、ある日、庭から虹色の卵を発掘してしまう。 ​孵化したのは、可愛らしいトカゲ……ではなく、神話の時代に世界を滅亡させた『始祖竜』の幼体だった! ​しかし、カイトはスキル【絶対飼育】のおかげで、その破壊神を「ポチ」と名付けたペットとして完璧に飼い慣らしてしまう。 ​ポチのくしゃみ一発で、敵の軍勢は老衰で塵に!? ​ポチの抜け殻は、魔王が喉から手が出るほど欲しがる究極の美容成分に!? ​世界を滅ぼすほどの力を持つポチと、その魔素を浴びて育った規格外の農作物を求め、理知的で美人の魔王、疲労困憊の竜王、いい加減な女神が次々にカイトの家に押しかけてくる! ​「世界の管理者」すら手が出せない最強の農場主、カイト。 これは、世界の運命と、美味しい野菜と、ペットの散歩に追われる、史上最も騒がしいスローライフ物語である!

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