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影の訪れ
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焚き火の炎が、淡い赤と金の影を森の中に揺らしていた。
凛は炎の向こうに広がる闇へ、目を細める。昼間の緊張は薄れたが、代わりに夜特有の静けさが周囲を支配している。風はほとんどなく、霧は低く沈んで、地面の近くに濃い層をつくっていた。
枝が燃えるパチパチという音が、耳にやけに大きく響く。
凛は腰のナイフを膝に置き、手元の小枝を火にくべた。細い炎が立ち上り、霧の粒をかすかに照らす。昼のうちに拾い集めた薪は思ったより少なかった。夜を越えるには、火を慎重に使う必要があるだろう。
ザックの脇ポケットから水筒を取り出し、口をつける。冷たい水が喉を潤し、少しだけ気持ちが落ち着く。だが、周囲に広がる闇は、油断を許さない圧力を持っていた。
「……一晩、ここで耐えるしかない」
自分に言い聞かせるように小さくつぶやく。
それでも耳は絶えず森の奥を探っている。葉がこすれるわずかな音、遠くで水が滴る音……すべてが混じり合い、何かの輪郭を作っているように感じられた。
ふと、焚き火の反対側で霧がわずかに動いた。
凛は息を止め、視線をそこに注ぐ。霧はゆらめき、細い影がひとつ現れては消えた。風ではない。確かに何かが、そこにいた。
ナイフの柄を握る手に力がこもる。
(動物か……それとも)
心臓の鼓動が、鼓膜の裏で大きく響いた。
焚き火の明かりが届く範囲を超えた先――霧の奥に、光が二つ浮かんだ。赤とも金ともつかない、淡く揺れる光。凛は息を潜めたまま、その色を目に焼き付ける。
光は、ゆっくりと上下に揺れた。
まるで、こちらを値踏みしているかのように。
次の瞬間、霧がふっと濃くなり、光は姿を消した。闇だけが残る。
緊張の糸が少し緩み、凛は短く息を吐いた。
「……気のせい、じゃない」
焚き火の炎を見つめながら、彼は慎重に周囲を観察した。森は再び静まり返っている。けれど、先ほどの視線の感覚は、皮膚の裏にまだ残っていた。
凛はナイフを手元に置いたまま、炎に薪をひとつ加えた。
火の光が再び霧を押し返し、淡い輪をつくる。輪の外側は、深い闇と無音の世界。そこに、何かが潜んでいる。
夜は始まったばかりだ――。
凛は炎の向こうに広がる闇へ、目を細める。昼間の緊張は薄れたが、代わりに夜特有の静けさが周囲を支配している。風はほとんどなく、霧は低く沈んで、地面の近くに濃い層をつくっていた。
枝が燃えるパチパチという音が、耳にやけに大きく響く。
凛は腰のナイフを膝に置き、手元の小枝を火にくべた。細い炎が立ち上り、霧の粒をかすかに照らす。昼のうちに拾い集めた薪は思ったより少なかった。夜を越えるには、火を慎重に使う必要があるだろう。
ザックの脇ポケットから水筒を取り出し、口をつける。冷たい水が喉を潤し、少しだけ気持ちが落ち着く。だが、周囲に広がる闇は、油断を許さない圧力を持っていた。
「……一晩、ここで耐えるしかない」
自分に言い聞かせるように小さくつぶやく。
それでも耳は絶えず森の奥を探っている。葉がこすれるわずかな音、遠くで水が滴る音……すべてが混じり合い、何かの輪郭を作っているように感じられた。
ふと、焚き火の反対側で霧がわずかに動いた。
凛は息を止め、視線をそこに注ぐ。霧はゆらめき、細い影がひとつ現れては消えた。風ではない。確かに何かが、そこにいた。
ナイフの柄を握る手に力がこもる。
(動物か……それとも)
心臓の鼓動が、鼓膜の裏で大きく響いた。
焚き火の明かりが届く範囲を超えた先――霧の奥に、光が二つ浮かんだ。赤とも金ともつかない、淡く揺れる光。凛は息を潜めたまま、その色を目に焼き付ける。
光は、ゆっくりと上下に揺れた。
まるで、こちらを値踏みしているかのように。
次の瞬間、霧がふっと濃くなり、光は姿を消した。闇だけが残る。
緊張の糸が少し緩み、凛は短く息を吐いた。
「……気のせい、じゃない」
焚き火の炎を見つめながら、彼は慎重に周囲を観察した。森は再び静まり返っている。けれど、先ほどの視線の感覚は、皮膚の裏にまだ残っていた。
凛はナイフを手元に置いたまま、炎に薪をひとつ加えた。
火の光が再び霧を押し返し、淡い輪をつくる。輪の外側は、深い闇と無音の世界。そこに、何かが潜んでいる。
夜は始まったばかりだ――。
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