100万ℓの血涙

唐草太知

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路地裏に入り、人の気配が無くなる。
そこは暗く、うっすらとしか互いの顔を認識することは出来なかった。今まで握っていた手を放して、そこで俺は彼女に切り出した。
「おい、エナトリア」
「あはははっ、楽しかったぁ。皆、驚いてたなぁ」
俺の手から離れたエナトリアは踊る。
それは舞踏会の余韻に浸ってるみたいに。
「エナトリア!」
俺は叫ぶ。
「ん、なぁに?」
「どうして俺を選んだ、他に良い奴は居ただろうに」
「そうかな、皆弱かったよ」
「俺だって別に・・・強い訳じゃない。
君と戦えば負ける可能性の方が大きいんだぞ」
「そんなの戦ってないのに分からないよ」
「冗談で言ってるんじゃない、お前はもう聖剣保持者なんだぞ。分かるか、勇者なんだ、ただの村娘でも何でもなく、正式に認められた戦士なんだよ。そんなお前が選んだのが俺だって?冗談にしても性質が悪いって思うのが普通なんだぞ!」
「別に私だっていい加減な気持ちで君を選んだわけじゃない」
エナトリアはすっと冷静な顔を見せる。
「なに?」
「ねぇ、クルバス」
彼女はずいと近づいてくる。
今まで暗闇に居たのに、月明かりのスポットライトの下にエナトリアは入ってきた。
「なんだよ」
「貴方がもしも・・・魔王を倒せたのなら、
誰が君を魔族の手先だって考える?」
「それは」
「皆、君の事を認めてくれる。
誰もが君の存在を認めてくれる、そんな素晴らしい世界が待ってるんだよ」
「だけど・・・それは別の奴が引き受けるべき話で」
「違う、君なんだよ、クルバス」
「俺・・・?」
「他の誰でもなく、私は聖剣に選ばれた。
その私が君を選んだ、これはもう運命なんだよ」
「俺は・・・」
「まだ迷ってる?」
「あぁ、そうだ、迷ってるよ。
魔王に立ち向かうなんて想像してなかった。
他の誰かがやるんだって何処か人ごとのように考えていたんだ。でも、急に俺がやるってなって・・・戸惑うのも無理ないだろう?」
「でも、決まったことなんだ。
私がそうだと決めたことは何があっても曲げるつもりはないよ」
「エナトリア・・・」
「やろうよ、クルバス。私と一緒に来たら素敵な世界を見せてあげる」
「信じて・・・いいのか?」
「うん、来て、私に相応しいのは君だ」
俺はエナトリアの手を取った。
彼女と共に生きることが正しいと、この時は思った。
どうしてだろうか、今までそんなことを誰かに思ったことなど無いのに。彼女だけは違って見えたんだ。
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