バー『宇宙エイのクズ鉄』

くろねこ教授

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前編

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 これはマイムマイスがまだハイスクールに通っていた頃の話。

 マイムマイスが育った星は、数世紀も時間をさかのぼれば貴重な鉱石が採れるってんで賑わったそうだが、今となっちゃあ、くず鉄しか採れねぇ、クズ鉄星なんて呼ばれてた。
 それでも鉱山で働いてる連中はまだ多くて、マイムマイスの祖父がやってるバーの客も大半はそんな男どもだった。

 マイムマイスはバーでグラスや皿を洗いながら育った。
 『レイのクズ鉄』
 そんな名前の店で、訪れる客は「レイってのはアンタの名前かい」と祖父に向かって訊ねたものだ。

 すると祖父は何万回マイムマイスが聞いたかしれない話を披露する。

「いーや、レイってのはなエイの事なのさ。
 エイって分かるか、海で泳ぐ魚のエイだよ。
 この店はな、俺の祖父の祖父が開いたんだが……
 その人の自慢ってのがな
 『俺は肉眼で宇宙エイが泳ぐのをを見たんだ』って事だったのさ」

「宇宙エイ。
 あの身体だけで何万光年もあるってヤツか?!」
「ホラもたいがいにしやがれ。
 そんなものどうやって肉眼で見るんだ。
 体は宇宙空間に溶け込んで、観察するにはナントカ波ってのが必要なんだろ」

 宇宙エイってのは一時期『情報の電界』でバズバズったネタで未確認生命体ってシロモノだ。定期的にこの手のネタはバズりにバズる。バズバズバズる。

 だけど、マイムマイスはクズ鉄にも宇宙エイにもなんの興味も無かった。
 その頃の彼の興味はもっぱら同じハイスクールに通う少女の事に向かっていた。先月から同じクラスになった髪が長くてツルンとした肌の娘をどうやって誘い出すかに頭がいっぱいだったのだ。
 ハイスクールの少年にとって、髪が長くてツルンとした肌の娘の事が宇宙エイなんかの10倍も、100倍も重要だってのは誰にだって理解出来る事だろう。

 マイムマイスは人生の先輩から情報を聞きこんだ。
 『情報の電界』からじゃないぜ、そこが彼の古いトコなのさ。
 マイムマイスは数十年前には彼と同じハイスクールに通った連中から聞いた話で、夜の鉱山に少女を誘おうと決めたらしい。なんだってそんな事を思ったかと言うと、鉱山の高台から眺める夜空はちょいとしたもんだ、って聞いたからだ。

 彼にその話をしたのはダズモンドって名前の鉱山夫でこんな風にマイムマイスに吹き込んだらしい。

「いいか、マイス。
 この星じゃあよ、人間の平均寿命は120年だ。
 そいでもってこの星の1年ってのは290日だわな。
 するってえと、だいたい俺らは3万4千8百日ばかり生きる事になる。
 いいかよ、マイス。
 この3万4千8百日のウチ、3万4千797日はクズだ。
 人間ににとって覚えておく程の価値があるのはたった3日だけなのさ」

 そこでダズモンドは自分の鉱山で鍛えられた立派なガタイを指さして見せた。

「その3日ってのはな。
 俺が産まれた日、そして死ぬ日よ。
 もう1日……こいつはな、マイスお前だけに話してやる。
 夏場によ、鉱山の高台から夜の空を見た事が有るんだ。
 あの辺りは……知ってるだろ。
 鉱山から出てるレアメタルの影響で色んな色に見えやがってよ、絵具をひっくり返したみたいな空の色さ。 
 ところがな、夏場の夜。
 ちょうど今くらいの季節だわな。
 この時期だけは上手い事複雑な色がキレイに分かれやがる。
 縦に赤、青、黄色、紫、緑と並びやがってよ。
 虹《レインボゥ》みたいに煌めくのさ。
 そいでもって、そこに夜の星が輝くときたもんだ。
 こいつは3万4千8百日で見た中でクズじゃない覚えておくべき光景だってな、俺は確信したのさ」


 このどこまで本当だか分からない酔っぱらいの戯言をマイムマイスは真に受けた。

 少女を夏の夜に誘い出そうと上手い言い訳を必死で探してたんだが……諦める事になる。別の男と付き合いだしたって噂を聞いちまったんだな。
 しかも、その男ってのが鉱山夫の息子じゃない。鉱山夫が必死で掘り返したシロモノを他所の星に売って金に換えるって言う商社のお偉いさんの息子だった。言って見れば、この星中の輩がこのお偉いさんに雇われてるようなもんなんだ。

 マイムマイスはキレイサッパリ諦めた。
 諦めてエイドルードにグチを垂れる事に決めたらしい。

 エイドルードってのは、マイムマイスと違って『情報の電界』にしか興味の無い輩でハイスクールにも行っていなかった。それで何をやってるかって言うと『情報の電界』に流れてるウワサを上手い事整理して……自分の領域に貼りつける。
 その中に何がなんでも商品を売りたがってる商社の情報を混ぜておいてやる。するってぇとエイドルードにちょいとばかりの金が回って来るらしい。
 マイムマイスにはキレイサッパリ分からない話だ。

 マイムマイスに理解できてるのはエイドルードは机にあるモニターに向かってキーボードをカチャカチャやるアルバイトをしてるって言う事だ。マイムマイスが祖父の店で皿洗いをしているのと一緒だ。

「フーン、虹《レインボゥ》ねぇ」

 エイドルードは少女の話にはキレイサッパリ耳を傾けてくれなかったが、ダズモンドの言っていた話には少しばかり興味を示した。

「マイス、その光景見ておいてくれよ。
 貼りつければ少しばかりのPVなら稼げるかもしれない」

「うん……だけどおいらはカメラとかビデオなんて持っていないよ」

「いいんだよ。
 その肉眼で見て来てくれ。
 今どき5Dカメラだろうが256K映像だろうが機械で撮影した映像なんてウケない。
 最近のウケは肉眼で見たモノを直接、感覚機で取り出したヤツなのさ。
 5Dカメラで調整したモノが本物以上にキレイだろうが256K映像が人間の五感を超越した情報量だろうが。
 ところどころ情報欠損のある肉眼に敵わないってね。
 最近バズバズバズってるのは肉眼情報ばっかりなんだよ」


 勿論、マイムマイスにはエイドルードが言ってる事がキレイサッパリ飲み込めなかった。
 だけど「そいつがバズバズったら、稼いだ金は山分けだよ」ってセリフには大変興味を惹かれた。

 だから、たった一人で鉱山の高台に真夜中歩いて行ったんだ。

 マイムマイスは薄暗い鉱山への道を歩いていったた。
 女の子と一緒に歩く予定だったのにな、なんて事を考えだしたりしたら目から水分がこぼれて来そうになる。だからその事は考えない。
 自分の将来の事なんか考えてみる。

 自分は鉱山夫になるのだろうか。それとも祖父の店を継ぐのか。
 この星に鉱山は幾つもある。西の鉱山も東の鉱山も南の鉱山も働き手を募集している。
 ところが祖父の店はたった一つしか無い。するってぇと祖父のバーを継ぐのが冴えた生き方のような気がする。
 バーのマスターの嫁になろうって女の子はハイスクールにいるだろうか。
 そんなモノ好きだって一人くらいはいそうな気がする。
 だけどあの店は老朽化している。壁紙はボロボロ。椅子は去年取り換えたモノの、カウンターだってそろそろ取り換えなきゃいけない。
 果たしてそんな金が工面できるのだろうか。あの店は祖父と一緒に寿命が来てしまうんじゃないだろうか。そんな風にも思えるのだ。
 さすがに寿命の来たバーのマスターと結婚しようと考える女の子はいないかもしれない。

 そんな事で頭をいっぱいにしているウチにマイムマイスは鉱山の高台まで辿り着いていた。
 足元を見ていた視線を夜空へと向ける。

 ……うわぁ……こいつは……
 確かにこの光景は3万4千8百日で眺める中で覚えておくべき光景なのかもしれない。
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