黒鉛で手を染める

鳴角グア

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10_十九歳

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結局小説を完成させて、何が変わったという訳でもなかった。時間が経てば怒りを忘れる父は、数週間後には普通に話しかけてきた。二階の部屋も、多少乱雑に片付けられたままになっていた。
年が明け、数ヶ月経って、私は専門学校に復帰した。クラスが一つ違うだけで、数人友達が増えた。一人暮らしに戻り、自分の厄介な『個性』を、段々受け入れられるようになってきている。忘れ癖をメモ帳でカバーしつつ、去年よりはいくらかましな生活をしている気がする。
それでも、なんとかカバーが出来ているだけで、『厄介な自分』が治った訳ではない。またいつか、ふとした弾みで嫌な自分が顔を出して、ひっそり嫌われるのではないか。時々そう思う。現実は小説のように、何かが過ぎれば何かが解決する訳では無いのだ。だが、気の散りやすくて飽きっぽい、難点だらけの私が、一つの物語を完結させられた。随分時間がかかったが、しばらくはその事実が心の支えになりそうだ。
濃くも薄く、案外あっさりと過ぎてしまった休養期間だった。私が完成させた小説は、小学生の私が書いた小説の隣に並んで、実家の押し入れの中で眠っている。
また読み返せる瞬間が来たその時は、物語の彼女を殺すまでの日々に、ペンの黒鉛で手を染めた日々に、きっとまた会いに行く。
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