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【3】氷の修道院
【3】氷の修道院……②
しおりを挟む「ここはリオート修道院。『氷の修道院』って昔は呼ばれていたらしいよ」
逃げ出した建物へ連れ戻されたという事だろうか。
「氷の修道院……」
「アルマに連れて来てもらったでしょ」
ミアの記憶は混濁していた。
おそらく空の旅はした。が、男はまるで木箱を運んだのがアルマ、とでも言っているようだった。人間が空を飛ぶなんてあり得ないのにーー。
男は一糸まとわぬ姿を隠すことなくベッドから軽やかに降り、天蓋の四方のカーテンを支柱へ止めていた。
「ホッキョクギツネの生息地調査って移動申請を出していたよね」
部屋の中央に置かれたベッドはとても大きい。それ以上に、この部屋の広さや調度品、豪奢な天井絵にミアは呆然としていた。
部屋の中にいると言うのに、やはり吐く息が白い。暖炉はあるが火は入っておらず、同じ人間だと言うのに、この男は部屋の寒さを感じていないようだった。
「……はい」
ナイトテーブルから豚毛の柔らかそうな櫛を取り出した男は、ミアの長い髪をとき始める。
「アルビノか。本当に美しいものだな」
毛先から、引っ張らないように丁寧にとかしてくれる。心地良いが、気恥ずかしくて堪らなかった。
「自分で出来ます」
「僕がしてやりたいんだ」
「せめて服を着たいのですが」
「そのままでいい、綺麗だから見ていたい。まるで天使を捕まえたような気分だ」
「……と、言われましても」
同じ言語を話していると言うのに、なんだか全く話が通じない感じだった。男はミアの髪をとかし終えると、毛先にキスを落とす。そこから妙な感触が伝わって、脳内が痺れるようだった。
「こんなに美しい髪なのに、なぜ毛先が揃っていないんだ。誰かにやられたのか」
「伸びたら自分で適当に、そこら辺にある刃物で切るから毛先がバラバラなのです」
「君は、自分の恵まれた容姿が分かっていないね。もったいない」
「恵まれた……?」
生まれた時からどこもかしこも真っ白で、筋肉のつかない身体が『恵まれた容姿』なんておかしな事を言う男だ。
「あの……。お名前を伺ってもよろしいですか」
「シャノン。シャナとも呼ばれるけど、ミアの好きな方で呼んでくれていいよ」
「なぜ、私の名前を」
そう言えば、洞窟で一緒に過ごしたホッキョクギツネはどこへ行ってしまったのか。あれが夢ではなかったことを証明するように、身体中には擦り傷や痣が残っている。しかも、誰にも知られたくない巨獣とのあの行為は、交尾に類似していたような気がする。
「ーーシャノン様は、私の上官に当たる方ですか」
シャノンと名乗った男にもアルマにも、獣人のような耳や尻尾はない。ミアの名前を知っているとなれば、密かな別の地上派遣部隊があるのかもしれない。
「情夫?」
「ジョウフ……?なんて言ってませんよ、私は」
本格的に会話が嚙み合わず、ミアが困惑していると窓の外がやけに騒がしかった。
『降ろせ!殺す気か!?』
『るせえ、黙ってろ!ミアは、木箱を壊さなかった!』
ミアは裸のままベッドを飛び出した。窓に寄れば、そこから見てもわかるほど大きなシロフクロウが翼を広げ、人間を、オセを掴んで低空飛行をしている。
「シャノン様、私の服はどこですか!?」
同僚に素っ裸のところを見られるほど、恥ずかしいことはない。研修中、シャワールームでどれだけ、この貧相な身体を笑われたことか。その中心で皆を煽っていたのが、あのオセだ。
「洞窟へ置いてきたよ。それに服なんて必要ないでしょ。そんなに美しい肢体をなぜ隠すの」
「こちらへ向かって来ているの、同僚なんです!」
「あれは、獲物じゃないかな。不味そうだけど」
「そんなはず、あるわけないでしょう。あのデカい身体と野太い声。しかも、彼もアバヤを……」
シロフクロウが大きすぎて、距離感がおかしい。が、間違いなく目の前のテラスを目指して飛んできている。
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