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【3】氷の修道院
【3】氷の修道院……⑫
しおりを挟む「ねえ、あなた辺境伯のお嫁さんでしょ?」
「いいえ」
「あら、辺境伯が一週間も巣穴にこもってたから……。そっか、冬の発情期までお預けなのかしら」
代々、辺境伯の元でお針子を務めるハリネズミ獣人のアリョーナだと名乗った彼女は、確かにネズミの尻尾が生えている。いろいろな色の毛糸を使った手編みのケープを肩へ掛け、随分と厚着をしたアリョーナはふくよかで色の白い可愛らしい獣人だった。
「二年くらい前から、お洋服を辺境伯に頼まれてね、いろいろ縫ったものをお部屋のクローゼットに入れてあるから、あとで見てみてね。ちょっと大きいかもしれない。その時は、声かけてちょうだい」
「ありがとうございます」
シャノンと接点があったとすれば、着任式の時だけ。時期的には合っているが、そこまでしてもらう義理はない。誰かと勘違いしているのでは、とミアは首を傾げながらシャノン、アルマ、オセの座る円卓に着いた。
「ねえ、辺境伯。今日、お部屋へ行ってもいいですか」
「ダメ」
「どうして」
「どうしても。僕、大好きな人がいるからって、前から言ってるでしょ」
座るシャノンの横に、大きな耳が垂れたウサギ獣人が立っていた。ホーランドロップ種だろう。地上に来てから、かなり動物の名前に詳しくなった。
(美味しそう……、かもしれない)
ミアはトレイの上のクラブマフィンをじっと眺めている。焦げ色やところどころに蟹の身がごろっと入っている様子に唾を飲み込む。何より、匂いがいい。
隣のオセは、規定違反だというのに慣れた感じで食べている。こんなものを今まで食べたことがないミアは、ホカホカのマフィンを指先で小さく千切り、口へ運んだ。口内に広がる蟹の風味にジュワっと唾液腺が刺激される。固形物を急に食べて腹痛でも起こしたら大変だ、とミアは何度も何度も噛んでいた。そんな様子をシャノンが葡萄酒を飲みながら眺めている。
「ーー何か?」
「ううん。食べ方が可愛いなと思って」
ミアの事をウサギ獣人も見ている。
「この真っ白な人間、オメガなんですか」
相手の嫌気と言うものは、なんとなく感じるものだ。おそらく『真っ白な人間』『オメガ』にたっぷりとミアに対する嫌味を込めたのだろう。
「ミアは、アルファだ。地下から派遣される人間はみな、優秀なアルファなんだよ」
「ですよね。地上でオメガなんて、獣ぐらいですものね」
地上では千年以上前からの進化の過程で、オメガは獣人であることをやめた。虐げられることの多かったオメガは、別の種族になる道を選んだのだ。
首都でも家畜や野原を駆けまわる動物を捕まえて第二の性の検査をしたが、ほとんどがオメガだった。彼らはその中で、力のピラミッドを形成し、独自の進化を遂げているたくましい種族だ。耳や尻尾が生えている獣人がベータ、シャノンやアルマのように完全変化ができる獣人がアルファと言う位置づけなのだろう。
「オセ、荷物の中に私の検査簡易キッドのポーチ入ってるか」
「持って来たけど、また動物を捕まえるのか」
「ああ」
ヤギの温かいミルクを注いだミルクティーをミアはコクリと飲み込んだが、視線を落としたままだった。
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