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【5】巡る記憶
【5】記憶……⑩
しおりを挟む「ミアは、どこへ行ったんだ」
「追い回すな。さっきの話の事もあるから、少しそっとしておいてやれよ」
「そんなこと言ったって」
「落ちつけ!ミアの事になると、なんでそんなに見境いがなくなるんだ」
ミアの足元から聞こえる話し声は、エレオノーラの声ではないような気がする。煙突の中ではくぐもってしまって、会話の内容までは分からなかった。
「それよりミアの右目、調子が悪そうで心配だ」
「そうだね。僕がミアを初めて見たとき、間違いなく目の色がアイスブルーとーー」
「エレオノーラ!?」
盗み聞きしているようで、ミアは自分の存在を知らせるために大声を張り上げた。煙突の内部に自分の声が反響して、耳が痛い。
「ミアの声だ」
「そうだな。どこから聞こえた」
持っていた命綱が不意に緩み、ハッとして上を見たあげた瞬間、身体が急降下し始めた。
「ひゃゃぁぁぁ!」
「わぁぁぁぁ!マリア様、申し訳ありませ~ん」
「暖炉だ!!」
上で命綱を放してしまったヴィラジーミルが叫んでいた。ミアは落下を止められず、目をギュっとつむった。途中、肘を擦ったが痛がる暇もない。
「……信じられない」
おでこが固いものにぶつかって、身体が止まった。頭が跳ね返って首の骨が折れるかと思った。が、無事、着地できたミアは、ほうっと息を吐く。
「危なかった!」
シャノンの声だ。煙突から落ちてきたミアを抱き止めてくれたのは、エレオノーラではなくシャノンだったようだ。
「まるで、灰かぶり姫かサンタクロースだな」
アルマが、ミアを見て笑っていた。
「その胸筋、なぜ柔らかくしておいてくれなかったのですか!」
「だって、それはミアを抱き止めようとして両腕を広げたから」
「しかも、ここ食堂じゃない」
「僕の執務室だ」
「ヴィラジーミル!煙突、間違ってます!!」
シャノンの腕の中は居心地が悪く、ミアが苦し紛れに上へ向かって叫ぶと、ヴィラジーミルが「ごめんなさ~い」と笑っていた。
「エレオノーラにも出る場所が違ったと伝えてこないと」
「いいよ、ミア。俺が行ってくる。食堂の暖炉で待ち合わせだったの?」
「そうです。いなかったら、私の部屋の暖炉で火を燃やしているかもしれません。そちらは終わってるので」
「分かった」
アルマが出て行った部屋で、シャノンが急に笑い出した。
「な、な、なんですか」
「ミア、新しい服が泥だらけじゃないか」
「申し訳ありません」
「いいんだ。アルマが、ミアは動物を引き寄せる人間だって言ってたけど、本当だね。ヴィラジーミルは昔、流氷の上から海を覗き込でシャチに目をやられて以来、人見知りが激しくてね。それなのに、上で笑ってた」
「ひどくないですか?命綱放したのヴィラジーミルなのに、笑っているのですよ?」
ミアが腰につながったロープを手繰り寄せていると、シャノンが結び目を解いてくれた。
「食堂の暖炉掃除が終わっていないのです」
「もう少しで日が暮れるから、またにしよう。ミアの部屋が済んでるなら、それでいいから」
シャノンが上へ向かって、ヴィラジーミルに下りてくるように言っていた。
いつもシャノンは冬のあいだ、この修道院で一人で過ごすと聞いた。
部屋に置かれていた毛皮のコートや帽子。あの部屋だけ済んでいればいいと言う暖炉掃除ーー。
ヴィラジーミルが、シャノンにとって特別と言っていた今年の冬は、エフレムと一緒に過ごす予定なのだろう。
「おめでとうございます」
「何が?」
「ご結婚、されるのですよね」
「あっ、うん!僕は、そうしたいんたけどね。へへへ」
頬を緩ませるシャノンに、ミアはスッと冷めた表情を見せた。
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