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【8】それぞれの苦悩
【8】それぞれの苦悩……⑦
しおりを挟む「オセ、君は僕から大切な人を奪おうとした。知らなかったとはいえ、今度は君のことを大切に思っている人に銃口を向けた。幸い死人は出ていない。けど、これがどれだけ罪深い事か、わかっているのか」
「任務の失敗は許されない。死んで……、死んでお詫びをしなくては」
「シャナ、オセに猿轡を噛ませてください!そいつ、舌を噛みます」
部屋の明かりはランタンだけなのに、オセの血走った目が良く見えた。
「したいなら、そうするといい。僕は自死というものが見たことないからね。そもそも、獣人にそんなものはないから見ててあげる」
「シャナ!」
腕を組み、壁にもたれたシャノンが笑っていた。
「ねぇ、見せて」
ミアはベッドから飛び降り、頭をかきむしってすすり泣くオセに駆け寄った。
「ミア、そんな心配は要らないよ。舌を噛んだって死ぬ訳じゃないし、だいたい死ぬ気なんかさらさらないよ、オセは」
「そんな事、なぜ言い切れるのですか!」
オセは、爪を噛みながら良くわからない事を呟いている。頭を引き寄せると、屈強な身体がまるで折れるように、ミアの肩に重みがかかった。
まれに地上へ放り出された人間が、過度なストレスで病んでしまう例があると研修で習ったが、その症状に似ていた。
「オセ、大丈夫だ。何か……、何か良い方法がないか一緒に考えよう」
「死ななければ」
「オセ!私を見ろ」
ミアはオセの髪を掴んで目を合わせた。すると大きく目を見開いたオセの身体が、ぐらりと傾いた。
「大丈夫か」
「ミア、その目……」
「残念だが、すべての証拠は獣人へ渡ってしまったよ。もう隠しだてできない、すべてを話してくれ」
「任務は俺たちの責務だ」
「俺たち……?」
ミアは何も知らされていなかったと言うのに、連帯責任だとでも言うのだろうか。
「オセ、それは上から言われているのか」
「……ああ」
腹の底でふつふつと怒りが沸いてくる。
「ミア、助けてくれ。後進にまた同じ思いをさせるのは嫌だ。こんな事はやめさせなければ。……直談判したいんだ、ミアの力を貸してくれ。一緒に地下へ帰ろう」
ミアの身体がビクッと震えた。無表情のシャノンと目が合ったが、とても長い沈黙に感じられた。
公私、どちらを優先することが正解か分からなかった。人間として地下へ帰ることは、水が上から下へ流れるように自然のこと。数ヶ月前の自分だったら、迷いがなかった。
「――助けてやる。だが、知っている事をすべて話すのが条件だ」
「ミア!」
「シャナ。全部、オセに吐かせます。人間の地上回帰に向けての会議で、獣人側にとって必ず有益になる情報です。たくさんの獣人の命を奪った『地震』を終わらせることができるはず。……オセ、条件を飲むか」
ミアの肩でオセが小さく頷いた。
「調べればわかることだ、ミア。そんな条件を出す必要はない」
「――シャナ。『必ず見つけてくれる』って言葉、信じていいですか?」
結局、ミアは私を優先できなかった。
人間が言い逃れできないくらいの証拠を集めたかった。それらは目にメスを入れられ、身体を改造されたミアにとって当然の知る権利だ。そして、それを元に今度の会議で一気に攻め込まなければ、人間はまた同じことを繰り返すだろう。
この楽園を守り続けるためには、何としても獣人に有利に話をすすめ、どちらかが上ではなく共生の道を考えなくてはいけなかった。
(胸が張り裂けそう……)
ミアは味わった事がない切なさを感じ、胸が痛くて苦しかった。それがどこから来るものなのか、分かっている。分かっているからこそ、自分の口で言っているはずの言葉に違和感しかなく、今まで信じてきた正義が陳腐に思えて仕方がなかった。
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