獣人辺境伯と白い花嫁~転化オメガは地上の楽園で愛でられる~

佐藤紗良

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【10】奪還

【10】奪還……③

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 気がつけば、アバヤを着てベッドへ横たわっていた。だからここが、オークピアかは分からない。
 オークピアはリオート修道院と同じように、元々は人間と獣人が建てた建造物だ。会議にも使われる大きなロビーの中央にはガラス張りの天井に届くほどのオークが茂り、石の床に木陰を作る。そんなイメージしかないオークピアにこんな陰惨な部屋があるなんてミアは知らなかった。

 窓がなくひんやりとした室内。温度や湿度があまり変化しない部屋は、おそらく地下で間違いない。

(どれくらい時間が経っているのだろう……)

 ミアはシャノンが関係を強要したことを頑として認めなかった。そのため、不本意な尋問を受けることになってしまった。

(オセの奴……、うまくやったものだな)

 元はと言えば、派遣規定違反をしていたのはオセだった。それがいつの間にか、ミアが元凶にすり替わっている。以前のミアだったら猛省したはずだが、見聞を広めた今となっては派遣規定はそれほど重要なことには思えなかった。もちろん、姦通を含め規定違反に関しては認めざる負えなかったが、修道院の『死の扉』からの地上侵略については、まるでミアひとりに責任を擦り付け、幕引きを図ろうとしていることがありありと伝わって来た。

「獣人側はこちらの非を認めろと言って、協定を獣人優位に変えようとしているんだ」
「当然でしょう。私は派遣規定違反については認めますが、地上侵略については容疑を否認します。あんなこと、私ひとりで出来る事ではありません。私の専門は動物進化についてであって、工学ではない」

「君がスイッチになったのは事実だろう。それは獣人側も証拠を持って証言している」

「頻発していた地震については、どう説明するのですか。ーー何度も申し上げています。派遣前に私の目にそれらが埋め込まれたのです」
「地震など知らんよ。目の手術については、どこにもそんな記録がないんだ」

 机を挟んで向こう側に座る男の胸には、勲章がたくさんついている。ニヤニヤと笑いながら向けられる舐めるような視線が不快で仕方なかった。

「全人類のために、責任は取るべきだ。でないと地上回帰が遅れてしまう」

「私は自分の信念を捻じ曲げたくありません」

 淡々としたミアのこうした発言は時折、この人物を苛立たせるようで、はるかに年上だと言うのに暴言を吐くこともあった。が、ミアは意に介すことはない。なぜなら、ミアの頭の中はシャノンのことでいっぱいで、勝手に外へ出てしまったことや、彼の服をベッドへ集めてしまっていたことを怒っているのではないかと心配ばかりしていたからだ。

(ヒロナカの言うように、あれがオメガのヒート前の行動だとしたら……)

 ミアはここへ連れ戻されたことよりも、もっとマズい状況にあるのではと考えていた。

 昼夜を問わず、この尋問は続いている。窓がないせいで時間が分からないが、今にでもヒートが起こりえる状況なのではないだろうか。ここがオークピアだとしたら、同僚は皆アルファだ。首脳クラスの彼等だってー-。

「まあ、いい。たとえば君と辺境伯が合意の上で、と言うのならばそれでいいんだ。君は彼を黙らせるいいカードになれる」
「はい?」

「今回の責任を認めた君を極刑に処すると伝えよう」
「認めていません」

 シャノンとの関係を政治に利用しようと考えるなんて思ってもみなかったミアは、表情を硬くした。

「辺境伯がそんなことで、今回の件の追求を止めるとでもお考えですか」

 ミアが薄ら笑いを浮かべたことが気に食わなかったのか、手足が縛られていて飲めもしないのに机へ用意されていた水が入ったグラスを投げつけられた。床へ落ちたグラスが弾け、破片がミアの濡れた頬をかすめる。

「ずいぶんと辺境伯にご執心のようだね」

 男がミアの前に立ち、顎を掴んで左右にふりオッドアイの瞳に見入っていた。

「まるでオメガだな」
「アルファです」

 顎にあった武骨な手がオメガの華奢な骨格を確認するように首筋を撫で、肩へと降りて行った。

「アルファのくせに、男に抱かれたのだろう。どんな気分だった」

「辺境伯は優しく抱いてくださいましたよ。あなたなんかより、立派な――、申し訳ありません」

 そこまで言ってミアが男の股間に目を細め、意味ありげに笑った。すると次の瞬間、肩あたりを蹴られ椅子ごと床へひっくり返ってしまった。

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