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遭逢②

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「どいて!」

 レポートをポストに入れようとしましたが、寸手のところでカチッと嫌な音がしました。中からポストに鍵をかけた音です。今まで何度も聞いたことがあります。隙間からねじ込もうと試みたのですが、受け口で中が覗けなくなっているアルミのアレがまったく動きませんでした。

「教授、中にいますよね。ポストが壊れてます」

 扉をノックしていると、開いたのはポストの受け口。ラッキーと思い、わたくしはそこから中を覗きました。

「ヒッ」

 見えたのは、教授のつぶらな瞳。

「蒲地君か。君は再提出、安住君で受け付け終了」
「そんな! 私の時計は、まだ五十九分です」
「君のは腹時計だろう。僕の腕時計は十二時一分だよ」

「教授の言う締め切り十二時ってどこの時間ですか。世界標準時なら間に合ってますよ、私」

「僕の時計は毎朝、明石の日本標準時で合わせてる。君はイギリスにお住まいか」

「お願いします、受け取ってください。愛溢れる秘密のお手紙も添えてありますから」

「だめ」

「教授、このままいくとまた株で大損しますよ。例の証券会社の株は売って下さい。今なら売り抜けられます。大蔵省は、助けませんよ。見限られてます」
「それ、どこ情報?」
「銀座情報です」
「君は、またそういうガセネタを」
「本当です! この情報つかむのに、教授のために銀座のクラブでバイトしてるんですから。私のレポートの最後、読んでください。間違いありません」

「それ、インサイダーじゃない」

「どう判断するかは、教授次第ですよ。それに、私は内部の人間じゃありません。たまたま小耳に挟んだだけです。いつもビビって売り抜けないから、負けるんです。情報を集めて、きちんと分析した結果です」

「蒲地君、安住君も入って」

「僕もですか?!」

 ペロッと舌を出して笑ったわたくしを彼女が見ていました。同じゼミなのは知っています。が、これといって関わった事がありません。女子の平均身長より少し背の高いわたくしと同じくらいで、いつもモジモジしている姿は、あまりこちらから話しかけたいタイプではありませんでした。
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