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変化①

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 婚姻届を出した日から五年経っていました。

 ドレスを着たから彼女が急に女になったわけではありません。しかし、穏やかに変化していく様は、わたくしにとっても彼女を受け入れるための心の準備ができる時間でした。

「ねぇ、化粧とかしてみたい?」

 眠気覚ましに顔を洗い、眉だけでも描いておくかと鏡に向かう様子を彼女がじっと見つめていました。乾燥機から取り出す洗濯物を掴んだまま、何か言いたげにしているのです。

「えっと……」

「はっきり言ってくれないと分からない。あーちゃんは特別な女なんだから、凡人の私には気持ちがわからないの」
「特別な?」

「神様に選ばれた女って意味」

 彼女は教会に預けられていた時、神父様とたくさん話をしたそうです。

 なぜ神様は、僕の性を間違えたのか。
 なぜ神様は、僕を女に創ってくれなかったのか。

 声が嗄れるまで泣き、それまでの不満を大声でわめき散らしたそうです。

「だって女であること隠してるのって、少しドキドキしない?」
「する」

「なのに、生理とか面倒なのがないなんてズルイ」
「琴里がお腹痛いって横になってるの見ると、やっぱり僕は女の子にはなれないんだって実感するし、少し羨ましかったりする」

 女性特有の月のものに劣等感を持っているなんて思いもよりませんでした。「なら、代わってみる?」なんて以前だったら気軽に言えた冗談も、今は言葉を選ぶようになりました。気遣いに疲れるなんて思いません。わたくしにデリカシーがなさすぎたのです。

「化粧はしてみたい」

「わかった。今日は特に予定ないし、女の子しよ」

「嫌じゃない?」

「嫌じゃない。ドレス着たあーちゃん、すごく可愛くて……、女として完敗」

 マンションの2LDKのうち、ひと部屋は夫婦の寝室兼、彼女のクローゼット。もうひと部屋は仕事を持ち帰る事が多い、わたくしの仕事部屋です。お義母さんが使っていた部屋で、化粧品から服まで彼女には絶対に触れさせないように鍵をかけていたそうです。
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