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変化②

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 嫌な思い出の詰まったここからの引越しも考えたのですが、彼女はわたくしとの思い出も同じくらいあるから平気だと言っていました。これからもっと楽しい事が増えていくから、問題ないと。

「私の部屋に来て」
「洗濯物、たたんでからでもいい?」
「いいよ。化粧品、準備しておくね」

「……うん」

 わたくしは空気を入れ替えようと仕事部屋の窓を開け、ドレッサーの前へ買ったばりの様々な色のマニキュアを並べました。

「琴里、入っていい?」
「どうぞ」

「わぁ」

 ドアを開けて、彼女が完全に女の子の声をあげていました。

「え? なんか、そんな驚くことある?」
「なんで洞爺湖サミットのポスター、部屋に貼ってあるの?!」

「……政治経済が好きだから」
「サボテンが枯れてる」

「ここじゃ、テンション下がるからリビング行こうか」

 きっと職場の誰もが想像できないでしょう。毎日、パリッとスーツ姿を着て働いている姿からかけ離れたわたくしのプライベートを。毛玉のできたねずみ色のスウェットに、シュシュでまとめた前髪は噴水のようになっているのが定番です。

「ここでいい。琴里の香水の匂いがする」

 目をつむって、彼女が息を吸い込んでいました。こんな仕草、付き合っている時からしていました。特に気にもしていませんでしたが、心が女の子と知ってから、こんなところにも女性らしさを感じるようになっていました。


「可愛い」


 わたくしはパソコンチェアに膝を抱えて座り、彼女のことを見つめていました。背後で電源を入れっぱなしだったパソコンがメールの受信を知らせます。

「ちょっと待ってて」

 メールを開いてわたくしは、ため息をつきました。

「仕事?」
「ううん」

 その頃、わたくしはある事に悩まされていました。
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