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12 再会
しおりを挟むダレンの目の前に――卵の入った籠を下げたフロルが立っていた。
鶏舎から出てきたばかりの彼の肩や髪には、白い羽毛がいくつもついていた。
風が吹き抜けると、その羽がふわふわと空に舞い上がっていく。
柔らかな光の中で、それはまるで――触れたら壊れてしまいそうな、儚い存在に見えた。
離れていたのは、数ヶ月だろうか。でも、ダレンには、何年も会っていなかったかのように感じられた。
懐かしさと感動で胸がいっぱいになり、声をかけることも、身動きすらできなかった。
フロルはふとダレンに気づくと、不思議そうに首をかしげ、微笑んで屋敷へ向かう。
屋敷から現れたセージが籠を受け取り、フロルをそっと抱え上げた。
「ちい兄、ぼく頭までぼんやりしてきたみたい。ダレンの幻が見えたんだ……」
「なんだと?」
「ほら、あそこ。ちい兄にも見える?」
「……そうだな。確かに……ダレンだな」
セージは、フロルをそっと地面に下ろし、鬼のような形相でつかつかと、ダレンの元へ歩み寄った。
「このバカ犬がぁっ!フロルを泣かせやがって!」
怒鳴りざま、ダレンの胸元を殴りつける。
いきなりの痛みと衝撃で、ダレンは呼吸を忘れた。挨拶すら交わせず、拳で迎えられたことに酷く動揺した。
しかし、セージがフロルをどれほど大切にしてきたかを、ダレンはずっと見てきたのだ。
自分は、どれだけ殴られても当然だ――そう思った。
「……おまえは!おまえはぁっ!」
セージはダレンの襟を掴み、体ごと持ち上げた。
その腕にこもっていたのは、怒りだけではない。言葉にできなかった想い、戸惑い、失望。感情のすべてが荒々しい衝動となっていた。
ダレンにとって、セージは小さい頃から兄のような存在だった。
おおらかで、やさしくて、時に厳しくて――そして、フロルとの婚約も、快く背中を押してくれた。
それなのに自分は――
ダレンは宙吊りにされたまま、静かにくたんと力を抜いた。兄のように慕うセージが、自分を見上げるその目に、悲しみを見つけてしまったから。
セージは、ダレンのあきらめたような表情を見て、我に返った。この手をどう下ろしていいかわからなかった――
「えっ……本物のダレン?」
セージの後ろから、フロルが驚きの声をあげ、緊迫していた空気がふっと緩む。セージはゆっくりと、ダレンを地面に下ろした。
「本物みたいだぞ。フロル、おまえはどうしたい?」
「ちい兄、本物ってわかってて殴ったの?」
「ああ。……ダレン、悪かったな」
「酷い。ぜんぜん心がこもってない!」
「そりゃそうだろう。おまえが、こんなになったのは……」
「それ以上は、口にしちゃダメだよ。いずれ……時間の問題だったんだから」
フロルはセージから離れ、座り込んだダレンの前にしゃがみこんで、彼の顔をのぞきこむ。
ダレンの目は、学園で婚約解消を告げてきたときの異様な熱を、もう宿していなかった。
「ダレン!大丈夫? ちい兄がごめんね……
なんだか、ダレンと向かい合うのって、久しぶりな気がする。
……何から話せばいいかわからないよ」
ダレンは、フロルの態度から、喜びも悲しみも感じとることが出来なかった。適切な距離を保ち、感情を抑え、静かに自分の殻を守っているように見えた。
ダレンは、改めて思い知らされていた。
どれだけ彼を傷つけ、裏切ったのか。
すぐに心を許して抱きついてくれる、歓迎してくれると、心のどこかで期待していた自分が、どれだけ甘かったか。
ダレンは、汚れも構わず、地面に這いつくばった。
「……ごめんフロル、ほんとにごめん!薬ありがとう!俺を見捨てないでくれてありがとう!」
「俺、魅了魔法ってのにかかってて!言い訳にしかならないけど!でも、フロルに会いたくて!」
「フロルが好きで!そばにいたくて!」
「もう、俺のことなんか嫌いかもしれないけど!」
「……嫌いなわけないじゃん」
「顔も見たくないかもしれないけど!」
「……会いたかったよ。ダレン」
ダレンは、フロルの言葉が信じられなかった。
あまりに優しすぎて、自分に都合がよすぎて――現実味がなかった。
「……俺、そばにいてもいいの?」
「いいよ……ぼくが消えるまで、そばにいてよ」
セージは、ぎこちない二人を見て、静かに目を細めた。
頭に血が上ったさっきまでとは違い、いまはもう、冷静にダレンの話を聞こうと思えていた。セージもダレンの傷ついた心に触れたのだ。
フロルは、しゃがんだダレンに手を差し出した。
ダレンは無意識にそれを掴んだ――が、手の中にあるのは空っぽの服の袖だけだった。
「あっ……!間違えちゃった!」
「フロル……その手は……」
「うん、忘れてた……。こっちの手は……」
ダレンが顔を強ばらせるのを見て、フロルは少し笑って、右袖をまくってみせた。
「びっくりさせちゃったね。でも、肘から上はまだあるんだよ」
ダレンは、フロルの右腕を凝視した。
肘から先――特に手のひらは、かすかなもやのような光に包まれ、輪郭がゆらいでいる。
サシェに添えられていた手紙の文字が、弱々しくかすれていた理由がようやくわかった。
――こんな状態になっても、それでも自分を想い、気遣ってくれた。
急激にフロルの体が薄くなったのは、俺の裏切りのせいもあるだろう。それなのに、無理して明るくふるまって――
胸がつまって、言葉が出なかった。
その代わりに、熱い涙がこぼれ落ちた。あとから、あとから、あふれ出した。
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