ぼくが風になるまえに――

まめ

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 ダレンの目の前に――卵の入った籠を下げたフロルが立っていた。

 鶏舎から出てきたばかりの彼の肩や髪には、白い羽毛がいくつもついていた。
 風が吹き抜けると、その羽がふわふわと空に舞い上がっていく。
 柔らかな光の中で、それはまるで――触れたら壊れてしまいそうな、儚い存在に見えた。

 離れていたのは、数ヶ月だろうか。でも、ダレンには、何年も会っていなかったかのように感じられた。
 懐かしさと感動で胸がいっぱいになり、声をかけることも、身動きすらできなかった。

 フロルはふとダレンに気づくと、不思議そうに首をかしげ、微笑んで屋敷へ向かう。
 屋敷から現れたセージが籠を受け取り、フロルをそっと抱え上げた。

「ちい兄、ぼく頭までぼんやりしてきたみたい。ダレンの幻が見えたんだ……」

「なんだと?」

「ほら、あそこ。ちい兄にも見える?」

「……そうだな。確かに……ダレンだな」

 セージは、フロルをそっと地面に下ろし、鬼のような形相でつかつかと、ダレンの元へ歩み寄った。

「このバカ犬がぁっ!フロルを泣かせやがって!」

 怒鳴りざま、ダレンの胸元を殴りつける。
 
 いきなりの痛みと衝撃で、ダレンは呼吸を忘れた。挨拶すら交わせず、拳で迎えられたことに酷く動揺した。
 しかし、セージがフロルをどれほど大切にしてきたかを、ダレンはずっと見てきたのだ。
 自分は、どれだけ殴られても当然だ――そう思った。

「……おまえは!おまえはぁっ!」

 セージはダレンの襟を掴み、体ごと持ち上げた。
 その腕にこもっていたのは、怒りだけではない。言葉にできなかった想い、戸惑い、失望。感情のすべてが荒々しい衝動となっていた。

 ダレンにとって、セージは小さい頃から兄のような存在だった。
 おおらかで、やさしくて、時に厳しくて――そして、フロルとの婚約も、快く背中を押してくれた。
 それなのに自分は――
 ダレンは宙吊りにされたまま、静かにくたんと力を抜いた。兄のように慕うセージが、自分を見上げるその目に、悲しみを見つけてしまったから。

 セージは、ダレンのあきらめたような表情を見て、我に返った。この手をどう下ろしていいかわからなかった――

「えっ……本物のダレン?」

 セージの後ろから、フロルが驚きの声をあげ、緊迫していた空気がふっと緩む。セージはゆっくりと、ダレンを地面に下ろした。 

「本物みたいだぞ。フロル、おまえはどうしたい?」

「ちい兄、本物ってわかってて殴ったの?」

「ああ。……ダレン、悪かったな」

「酷い。ぜんぜん心がこもってない!」

「そりゃそうだろう。おまえが、こんなになったのは……」

「それ以上は、口にしちゃダメだよ。いずれ……時間の問題だったんだから」

 フロルはセージから離れ、座り込んだダレンの前にしゃがみこんで、彼の顔をのぞきこむ。
 ダレンの目は、学園で婚約解消を告げてきたときの異様な熱を、もう宿していなかった。
 
「ダレン!大丈夫? ちい兄がごめんね……
 なんだか、ダレンと向かい合うのって、久しぶりな気がする。
 ……何から話せばいいかわからないよ」

 ダレンは、フロルの態度から、喜びも悲しみも感じとることが出来なかった。適切な距離を保ち、感情を抑え、静かに自分の殻を守っているように見えた。
 ダレンは、改めて思い知らされていた。
 どれだけ彼を傷つけ、裏切ったのか。
 すぐに心を許して抱きついてくれる、歓迎してくれると、心のどこかで期待していた自分が、どれだけ甘かったか。

 ダレンは、汚れも構わず、地面に這いつくばった。

「……ごめんフロル、ほんとにごめん!薬ありがとう!俺を見捨てないでくれてありがとう!」
「俺、魅了魔法ってのにかかってて!言い訳にしかならないけど!でも、フロルに会いたくて!」
「フロルが好きで!そばにいたくて!」
「もう、俺のことなんか嫌いかもしれないけど!」

「……嫌いなわけないじゃん」

「顔も見たくないかもしれないけど!」

「……会いたかったよ。ダレン」

 ダレンは、フロルの言葉が信じられなかった。
 あまりに優しすぎて、自分に都合がよすぎて――現実味がなかった。

「……俺、そばにいてもいいの?」

「いいよ……ぼくが消えるまで、そばにいてよ」

 セージは、ぎこちない二人を見て、静かに目を細めた。
 頭に血が上ったさっきまでとは違い、いまはもう、冷静にダレンの話を聞こうと思えていた。セージもダレンの傷ついた心に触れたのだ。

 フロルは、しゃがんだダレンに手を差し出した。
 ダレンは無意識にそれを掴んだ――が、手の中にあるのは空っぽの服の袖だけだった。

「あっ……!間違えちゃった!」

「フロル……その手は……」

「うん、忘れてた……。こっちの手は……」

 ダレンが顔を強ばらせるのを見て、フロルは少し笑って、右袖をまくってみせた。

「びっくりさせちゃったね。でも、肘から上はまだあるんだよ」

 ダレンは、フロルの右腕を凝視した。
 肘から先――特に手のひらは、かすかなもやのような光に包まれ、輪郭がゆらいでいる。

 サシェに添えられていた手紙の文字が、弱々しくかすれていた理由がようやくわかった。

 ――こんな状態になっても、それでも自分を想い、気遣ってくれた。
 急激にフロルの体が薄くなったのは、俺の裏切りのせいもあるだろう。それなのに、無理して明るくふるまって――

 胸がつまって、言葉が出なかった。
 その代わりに、熱い涙がこぼれ落ちた。あとから、あとから、あふれ出した。

 
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