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13 おかえりダレン
しおりを挟むフロルは、泣きじゃくるダレンを見つめた。
土埃に汚れた顔、少しくたびれた衣服は、身なりを整える余裕もないほど、急いでここまで来てくれたのが見てとれた。
正気に戻ってからは、きっと慌ただしい日々となっただろう。そこまでして駆けつけてくれたのに、目の前にいるダレンは、悲しそうに泣いているのだ。
フロルは、後ろに立つセージに、目で助けを求めた。しかし、セージは苦笑いをしながら、首を傾げるのみ。フロルの判断を待っているようだった。
「泣かないで、ダレン。君が泣くと、ぼくも悲しい」
「……うっ……」
「ねえ、涙が止まったら、君が普通に戻ってからの、話を聞かせてよ」
ダレンは、小さくうなずくとゆっくり立ち上がった。
いつものようにフロルを抱き締めようと手を伸ばしたものの、勇気のない両手は途中で止まってしまった。
いっこうに動く様子のないダレンの胸に、焦れたフロルは思い切って飛び込んだ。自分たちが昔のように戻れるきっかけがあるとしたら、それは今だと思った。
「……おかえり!ダレン!」
「……うん。……ただいま、フロル」
ダレンの両腕が、気遣うようにそっと、フロルの背中にまわされた。フロルは、彼の土や汗の入り交じった匂いを吸い込んだ。今までにないくらい臭くて、少し笑ってしまった。
これ、ダレンがぼくのために頑張った匂いなんだな――汚れて臭くて涙でぐしゃぐしゃで、カッコ悪くて最高にかわいい。フロルの胸がトクンと音をたてた――もうあきらめていた、いろんな感情が色を取り戻していく。
「うー!もっとぎゅっとしろ! ぼくはさみしかったんだ! 馬鹿ダレン!」
「……っ、馬鹿でも犬でもいいよ。もうさみしいなんて言わせないから」
ダレンが、最愛の弟フロルをぎゅうぎゅうと抱き締めるのを、ブラコンセージは複雑な思いで見ていた。
しかし、フロルの表情が久しぶりに輝きを取り戻すのを目にして、セージの心に希望の光が灯された。
◇◇◇
屋敷に通されたダレンは、汚れた顔を洗い、服を着替えた。差し出されたセージのシャツは、成長途上のダレンにはまだぶかぶかだった。悔しい。
居間のソファーに座り、冷たいお茶を飲みながら、三人はようやく一息ついた。ダレンはフロルの隣にぺたりとくっつくように座った。
フロルが口を開く。
「さて、学園の話を聞かせてくれる? ぼくの送った薬はちゃんと効いたのかな?」
ダレンは、学園の多くの生徒が、魅了魔法という禁忌魔法にかかっていたこと。そして、フロルのくれたサシェの香りで、魔法が解けたのはいいが、自分も含め、ほとんどの生徒が後悔で泣いたり叫んだりで大騒ぎだったことを、自嘲気味に語った。
「……やっぱり魅了魔法。そして、ぼくの薬はほとんど薬物テロだったか……」
「ん?フロル、なんか言った?」
「いやいや続けて。で、魅了はやっぱりキャンディス男爵令息の仕業?」
「うん、彼は捕まった。今は研究機関にいるはずだよ」
セージは黙って話を聞いていたが、学園で見かけたダレンが魅了状態だったのを知って、ようやく納得がいった。そんな魔法があるとは知らなかったし、自分も回避する自信はない。
「ダレン、さっきは悪かった……」
「仕方のないことです。俺もさっきはうまく説明できなくて」
フロルは、二人が謝り合うのを見ながら、あきらめかけていた日常が、また元通りになっていくのを感じていた。
◇◇◇
夕食時、ダレンは緊張しながら、セルフィーユ家一同と共にテーブルを囲んだ。
フロルの両親も、長兄ボリスも、最初は渋い顔だった。しかし、セージがダレンの事情を皆に説明したし、なによりフロルがにこにこしながらダレンの隣を離れない。こんなにうれしそうな顔は、久しぶりだった。
それを見ているうちに、家族は思った。結局は、フロルさえ幸せならいいのだ。風守の宿命はゆっくりと進行している。フロルは消え始めているのだ。もう水をささずに、静かに見守ってやろうと。
夕食後、居間に移ったフロルとダレン、セージ。ようやく長い一日が終わろうとしていた。
「ちい兄、ぼく今夜からダレンと寝るから」
「へっ?」
ダレンが妙な声をあげた。みるみるうちに顔が真っ赤に染まっていく。
「あっ!そんな意味じゃなくて……」
フロルはあたふたしながら、同様に真っ赤になった。
「まったく、けしからんな!ははっ!」
セージが豪快に笑い、ダレンをからかうように、ニヤニヤしながら続きを話す。
「フロルがさみしがるから、毎晩一緒のベッドであたためてやってたんだ」
「えええっ?毎晩?ベッドで?」
「ダレン、違うよ! いや、違わないけど。……自分が消えてしまいそうで怖くて、ぎゅってしてもらってたんだ……」
「……そうだったんだ。びっくりした。……うん!俺もぎゅっとする!朝まで離さない!」
ダレンから返ってきた笑顔が爽やかすぎて、フロルは一瞬びくんと身構えてしまった。これはもしや……
フロルは、前世も今世もキスすら未経験だった。前世は30才まで童貞だと魔法使いになれる世界だったし、今世はいずれ消える予定である。自分がエッチなことをするなんて考えたこともなかった。
もし心も体もひとつになったら、このさみしさは無くなるのだろうか。
友だちの延長のようだった婚約が、少しずつ艶やかな意味を帯びはじめていた。
ダレンの唇が動いた。
「そろそろ寝ようか――」
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