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不穏の足音
10 不穏な一行
しおりを挟むその日の森は朝からざわめきに満ちていた。
空は厚い雲に覆われ、いつもは木々を静かに揺らす森を渡る風が、ごうごうと唸りをあげて荒れ狂った。まるでなにかを拒むように。小鳥たちは息を潜め、森から姿を消した。
ネロは警戒するかのように、ぼくを抱きしめ肩に鼻先を埋めて小さく唸っていたし、ぼくも不穏な気配を察して、静かに彼の胸に埋まっていた。
遠くから、重い足音が聞こえる。土を踏みしめる音はひとつではなかった。ガシャガシャと金属の擦れる音、鎧や武器を持つ者の物々しい気配。ギシギシと音を立てるのは、荷車だろうか。
不穏な一行は、まっすぐ確実にこちらに近づいていた。
裏庭の泉のあたりで、足音は止まった。
壁一枚向こうから聞こえる、男性の低い声に耳をすませる。
「これが神の泉か、聖なる気が満ち満ちておる。その者、この聖水を樽に詰めよ。
どれ、一口いただくかの……うむ、実に甘露じゃ。これぞ神の賜物よ。
この体のすみずみまで、浄化されていくのがわかるぞ」
「教皇様、全ての水を汲んでしまってもよろしいのでしょうか。……泉の水が枯れてしまいます」
「よい。また湧くじゃろうて」
「仰せのままに……」
彼らは家のすぐ横に立ちながら、こちらに注意を向ける様子がない。
裏庭側には窓が無いので、ぼくたちが見られることはないが、音でしか察することが出来ない状況に緊張感が高まる。
ぼくは知らず知らずのうちに両手を握りしめて祈っていた。ふわりとライとレフが現れる。
(ライ、レフ、静かにしてね……今、裏庭に人がいるんだ……)
(そうなんだ!でも、この家は周とネロにしか見えないはずだし、触れない。外に音も漏れないよ!)
(神様の加護はこの家にもかかっているのです。安心してー)
ぼくはほっと息をついて、ネロの背中をなだめるようにとんとんと叩いた。
(ネロ、この家はあっちには見えないんだって。念のため静かに動こうね。窓から外の様子を見てみよう……)
少し濁ったガラスのはまった窓ごしに、そばにいる集団を確認する。
泉にいる人たちはここからは見えないけど、人を乗せる大きな駕籠と、銀色の鎧を着た大柄な男性達が直立して並んでいるのがうかがえた。美しい彫刻がほどこされた白い駕籠は、金色の精緻な装飾で飾り立てられ、まばゆいばかりに輝いている。豪華すぎて悪趣味だ。
と、泉のほうから、白く長いローブを纏った老人が歩いてきた。下卑た笑いを浮かべた彼は、先ほど教皇様と呼ばれていた人だろう。
その後ろに泉の水を詰めた樽を持った人が続き、いくつもの樽が荷車に乗せられていく。
彼らは家の前側を通り、今度はりんごの木の方角に向かった。
どうやらあの木の存在を知っているようだ。
ぼくが加護で実らせたりんごが、たわわに木をしならせているのを見つけるだろう。
全部採ってもかまわないけど、その実を成らせた存在――ぼくに気が付かないでほしい。
20人ほどの行列の最後尾に、あの集団には似つかわしくない、白いウサギの耳をつけた小さな少女がいた。
その細い首には黒い首輪が付けられ、歩みが遅くなるたびに鎖をひっぱられて転んでいた。
彼女は振り返りながら、ぼくたちの家をじっと見つめていた――
***
しばらくすると、荷車にたくさんのりんごを乗せた一行が戻ってきた。
もぎ取るのが面倒だったのか、収める箱がなかったのか、りんごは枝ごと積み上げられていた。
森の風は依然として吹き荒れ続けたが、りんご――幻の果実を大量に手に入れた彼らの顔は歓喜に満ちていた。
家の横を通り、裏庭を経て、彼らは下界へと戻っていった。どうやら森の北側に下界とつながる道があるようだ。
そして、彼らが森を出た頃、ぴたりと風は凪ぎ、いつもの平和な景色が帰ってきた。
「もう外に出ても大丈夫かな?」
「私が見てきましょう」
レフが風になって表に出て行った。彼は、裏庭やりんごの木まで行って、誰もいないのを確認してきてくれた。
まずは、聖水と呼ばれていた、裏庭の泉の様子を見に行こう。
想像通り、泉の水はほとんど残ってなかった。泉の底で息も絶え絶えの小魚や川エビをすくい上げ、まだ水のある小川に移す。
いつも元気に水の中を泳ぎ回っている生き物たちの生気のない姿は、悲しいものがあった。
次にりんごの木を見に行こう。枝が切られたようだったけど、木は大丈夫だろうか。
途中の道の花や植物は、踏みつぶされ、薙ぎ払われている。悲しい予感しかしない。
想像通り、りんごの実は一つ残らず採られていた。幻の果実と言われるくらいの貴重なものだから、全部採りたいのはわかるんだ。でも、高いところの枝をへし折ったり、切ったりしなくても採る方法はあったよね。
りんごの木が弱ってしまったら、しばらく実をつけることはないだろう。この木はいつもぼくに美味しいりんごをわけてくれたのに……無力な自分が辛かった。
ぺろり。ネロがぼくの頬をなめる。知らないうちに涙が出ていたようだ。
ぼくは、泉の価値もりんごの価値もよくわかっていないけど、それでもこれはないと思った。ぼくも彼らと同じ人間だけど、あの人たちの味方にはなれないし、なりたくない。
森の偵察に行っていたライとレフが飛んできて、ぼくに加護を使うように勧めた。
この悲しい気持ちを加護に乗せてしまっても大丈夫かな?
「りんごの木さん、痛かったね。
泉の魚たち、苦しかったね。
みんなが元気になれますように――」
パン!パン!柏手を叩いて、森の全ての生き物の幸せと安寧を願った。
ライとレフは勢いよく舞い上がると、うれしそうに手を繋いでくるくる回り、いつもよりひとまわりもふたまわりも大きなつむじ風になって、森に加護を届けに飛んでいった。
多くの思いを加護に乗せたせいか、ふっと体から力が抜けてしまった。隣にいるネロの背中に寄りかかる。
「がう?」
「なんか疲れちゃった……このまま寝てもいい?」
――ネロの夢を見ていた。
ぼくの拾った小さな仔猫が、いつのまにか大きくなり、ぼくを両腕に抱えて二足歩行していた。あれ?ネロが立ってる……辺りは夜、真っ暗で顔も姿もはっきりとは見えない。ただ、あたたかい腕とぼくの額をなめるざりざりの舌が、この存在はネロだって教えてくれた。
おやすみネロ、また明日……
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