オレの番になって──異世界に行って愛猫の番にされる話

まめ

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不穏の足音

14 隠れ里

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ミノンの村に向かう。岩塩の岩壁沿いに坂道を少し下ると、脇にある木々の茂みの中に入る。獣道にもなっていない、背の高い草の間を分け入り、そこから延々と沢を上った。ちょろちょろと水の流れる沢は、足をとられやすく、ぼくは何度も転びそうになるのをネロに助けてもらった。
わざわざ沢の中を歩くのは、追手からの匂い消しの効果も考えてのことだろう。隠れ里と呼ぶほどに秘された村ならば、出入りには用心に用心を重ねる必要があるのだから。
ぼくが歩くのが遅かったせいだろうか、村に着いた頃には陽は西に傾いていた。

「おいちゃん、おばちゃん、お客さん連れてきたー!」

村の入り口につくなり、ミノンののんきな声が響き渡る。中央の広場のような場所にいたのは、全て獣の一部を有した獣人だった。
彼らはミノンににこやかな顔を見せた後、村に足を踏み入れるぼくとネロに気付くと、さっと表情を硬くした。
さっきまであたたかかった村の空気が一瞬で静まり、キンと凍り付くのがわかった。

「おまえ、人間か!なぜこの村に来た!」
「ミノン、なんで余所者を連れてきたんだ!」
「俺たちをどうするつもりだ!また都に連れ戻すのか!」

いきなりの怒号。ぼくはこうなる可能性を想像していなかったわけではない。でも、怖くて声も出なかった。
ネロがぼくを隠すように前に出て、唸り声をあげる。手を出してはダメだ、ネロ。ぼくだって君を守りたい。ぼくはネロの首筋にぎゅっと巻き付いて、声を振り絞った。

「……いきなり来てすみません。ぼくは人間だけど……ノーラ共和国の者ではありません。
みなさんになにもするつもりはないし、悪意もありません。すぐに帰ります。
……ミノン、ごめんね。村の人を驚かせてしまったみたいだ。やっぱりぼくは来るべきじゃなかったんだ。……塩、ありがとうね」

「えっ!あまねーーーーー!ちょっとー!
もう!おいちゃんたちも聞いてー!
周は人間だけど悪い人間じゃないよ!神様に招かれてこの地に来た神子様なんだよ!
都の人間とは違うんだよ!
獣人と仲良くしたいって聞いたからさぁ。おいらうれしくなって、村に誘っちゃったんだ。
おいらが悪いんだよーーーーーー!うわーーーーん!」

ミノンが怒りながら泣き、村人たちの緊張感が少し緩んだすきに、ぼくとネロはここを出ようと足を翻した。

「あ!あまねーーーー!どうやって帰るつもりなのー?
もうすぐ日が暮れるし、あの道はひとりじゃ無理だよ。迷ってしまうよー!
あきらめて、おいらの家に来てー!おいらの家、他に誰もいないからー!」

背中越しに叫ぶ、ミノンの声に思わず足を止めた。
確かにあの道を、夜に歩いて無事で済むとは思えない。最初から、自分の家に泊める気だったんだな、ミノン。

こちらを見ている村人の表情には、強い拒絶が見てとれる。もうどうすればいいんだよ。
そのとき、ライとレフが現れて、ぼくに言った。

「あー、オレたちが考えなしすぎたー。みんな会えば、周のこと好きになると思い込んでたー」
 
「ライ、どうしようー!このままミノンの家に行くのも難しそうだー!加護使うー?」

うん、ちょっと考えなしだったね。でも、優柔不断なぼくも悪いんだよ。
加護ってそんなに簡単に使っていいのかな?で、なにをどうするつもりなの?

「……レフ。もしこの村で、加護を使うって……どうすればいいの?」

「えと、あの家に病気のおばあさんがいる気配がするから、祈ってあげたらどうかなー?」

「ぼくが祈って治るものなの?ぼくの持っているのは、豊穣の加護でしょ?」

「周の加護は、全ての存在を元気にすることが出来るんだよー。植物がよく実るから豊穣の加護って呼んでるけど、人にも使えるー」

一晩お世話になるのと引き換えに、加護を使うのはためらわれるけど、それで病気のおばあさんを治すことができるのなら話は違ってくる。ぼくが両親を事故で亡くしたとき、それを助けてくれる誰かがいればよかった、命だけでも助けてほしかったと、どれだけ思ったことだろう。

「レフ、……ぼくやってみる。案内して」

「村のみなさん、ぼくの精霊がこの村に病気の人がいると教えてくれました。その人に祈らせてください。信用できないと思うなら、見張ってくれてかまいません。」

ぼくはレフに案内されるまま、病気の人のいる家にまっすぐ向かう。
村の誰にも教えられることなく、その家の前に立ったぼくに、さっき怒鳴った獣人が扉を開けてくれた。
光がほとんど入らない薄暗い部屋の中は、むっとする臭気が立ち込めていた、甘酸っぱいような生臭い腐臭。これは人が死ぬときの匂いだ。
ぼくは敷き藁に横たわるやつれた女性の前にしゃがみ込み、具合をみると、彼女がもう長くないのに気が付いた。皮膚はたるんでどす黒く、呼吸は絶え絶えで、開いたままの目には蝿がとまっている。
この命が救えるだろうか、不安で足が震えたが――臆する時間すら惜しい……
 
――祈ろう――
 
(痛かったね。つらかったね。でも、あなたを待っている人がいる。元気になってください。病気が治りますように――)

パン!パン!と祈りを込めて柏手を打ち、ライとレフのつむじ風を呼ぶ。
ぼくの手のひらから、やわらかな風が起こる。風が部屋に広がると、室内の臭気が清められ、りんと清浄な聖気に満たされる。
ライとレフはくるくると手を繋いで舞い上がると、ふんわりといたわるように病気の女性を包み込み、彼女の中にすっと消えた。

誰も言葉を発する者はいなかった。目には見えないが、この部屋でなにかが起きたのははっきりと伝わっているようだった。
――病気の女性は、目を閉じてゆっくりと落ち着いた息をしながら、さきほどとは違う安らかな表情で眠っていた。

「ばあちゃん!ばあちゃんは、どうなったの?」

ミノンの大きな声が部屋に響く。

(しーっ!今は眠らせてあげよう、ミノン)

ぼくは静かに家を出た。彼らにとっては謎の行為にしか見えなかったろうに、つかみかかる者はいなかった。

「加護の力を使いました。ぼくは医者じゃないので治し方はわかりません。病気に負けないように、体自体が元気になるように、祈らせていただきました」

「そんな調子のいいことを言っても騙されないぞ!」
「そうだ!そうだ!人間は嘘つきだ!」

外にいた村人の一部が、また騒ぎ始めた。彼らは部屋での一部始終を見ていない。
でも、もうこれ以上ぼくに出来ることはない。

「今晩だけ村にお世話になります。明日になったら出ていきますので、我慢してください」

村人の罵声を浴びながら、ぼくはミノンの家に案内してもらった。
ミノンは自分のせいで……と悲しそうだったけど、ミノンが悪いなんて思ってはいない。今までの人間と獣人の関係を考えれば、当たり前のことだよ。

ミノンの家で雑穀のおかゆをいただいて、ぼくはりんごの欠片を出した。幻の果実も皮をむいてあれば、何の実かなんてわからない。
「この果物、美味しいー!」と大喜びのミノンが可愛かった。
彼にはいろいろ聞きたいことは合ったけど、ぼくの目は眠気で今にも閉じそうだった。
敷き藁の寝床に案内され、いつものようにネロに包まれて眠る。
 
明日になったら、あの女性が楽になってるといいな。

おやすみ、ネロ。
おやすみ、ミノン。
また明日――


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