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不穏の足音
13 塩とヤギ
しおりを挟む――その本には、この世界の資源や農産物と、簡略化した地図が載っていた。
ノーラ共和国において、現在、塩は海の近くでの産出を主としてはいるが、昔は高台の北側で岩塩を採掘していたそうだ。
ぼくとネロは、森の南にある草原はよく行くけど、森を抜けて北側にはまだ足を運んだことがない。人間たちが来たのは、この方向だ。
まだ岩塩を採取している誰かがいる可能性も考えて、慎重に足を進める必要がある。
ぼくとネロ、今日はライとレフも一緒に、家から北の方角に向かう。
先日の一行が土を踏みしめた跡がついていて、それを辿るのはとても緊張する。もう彼らはいないとわかってはいても。
森の北側は、背の高い針葉樹が多く、落ち着きのあるすっきりした香りに満ちていた。南に比べると薄暗いけど、心が落ち着く空間だった。
森を抜けると、下界に向かう坂道があった。このあたりは、荒々しい岩肌がむき出しになっていて、南側からぐるりと崖の延長が続いているのがわかる。
注意深く坂道を降りると、黙々と崖を削る人影があった。
「!」
「!」
その距離十メートル。お互いに顔を見合わせたまま、一歩も動けなかった。
ネロがするりとぼくの前に出て、その人物に向かって威嚇した。
「がるるるる」
「わ!何?やめて!おいら何もしないよぅ!」
その人――彼は、白い耳とヤギのような角を持つ若い獣人だった。
ネロに怯えて両手をあげて、敵意のないのを示した彼は、立て続けに喋りまくる。
「高台から人間?ここには誰も住んでいないはずなのに。
精霊を連れているってことは、加護持ち?神子?
いえ、おいらはただ岩塩を採掘に来ただけで、神の高台に入るつもりはないよ。
ごめんなさい!ごめんなさい!見逃して!」
その慌てる様子に、ぼくもネロも警戒を緩めた。この獣人に敵意は感じられなかった。
「こちらこそ驚かせてすみません。
ぼくたちも誰もいないと思っていたので、びっくりしてしまって……ネロ、大丈夫みたいだよ」
それでも、ぼくたちのことはあまり話さないほうがいい。彼が何者かまだわからないのだから。
「ぼくたちは旅の途中で、ここに立ち寄りました。岩塩が採れる場所がこちらにあると本で読んだので」
「岩塩!それなら今掘ってた。あまり質はよくないけど、この岩壁から採れるよ」
彼は少し下の崖を指さし、手の中にある石のようなものをこちらに見せた。それはただの黒っぽい塊に見えた。岩塩にはいろんな色があると聞いたことはあったけど、黒いものもあるのは知らなかった。ぼくは白くて水晶みたいなものが土に埋まっていると思っていたのだ。
「これが塩?岩塩って白くないんだね」
「海辺で精製する塩は白いけど、この岩壁から採れるのは黒いんだ。なめてみる?」
彼が石をこちらに投げる。ネロが飛び上がって上手にキャッチした。
黒いけど透明感があり、角度によっては輝いてみえる。恐る恐る石をなめてみると、確かにしょっぱい塩の味がした。
「塩だ!」
「それはあげるよ。おいらはもう十分に採ったから」
彼は重そうに背中の袋をしょい直した。悪い人ではなさそうだ。ぼくはもっと話がしたくなった。
「塩、ありがとう!
ぼくたちはこの国に来たばかりなんだ。よかったら、話を聞かせてもらえないかな?」
「話ってどんな?
おいらは街に近づかないようにしているし、うちの村は隠れ里ってやつなんだ。人間にバレたら困る。
都はこの坂道を下って延々と歩くと着くんだけど。あそこは危ないんだ。
君が行ったら、きれいだから目立っちゃうよ。ひとりでいたらすぐさらわれちゃうだろうし、そこの黒い獣は珍しいから売られちゃうよ。
それに君、加護持ちだろう。おいらも加護があるから、君の精霊が見えるんだ。
普通の人間には見えないけど、それでもバレたら教会に連れていかれちゃうよ」
彼の頭の上に、ひょっこりと黄色い精霊が顔を出した。
ライとレフもふわりとぼくの両肩に姿を現すと、あちらに飛んでいく。精霊同士で話をしているようだ。
彼らのほうが、ぼくよりこの世界に詳しいので、おまかせすることにしよう。
会話には、ライとレフにおっかなびっくりの様子だった獣人の彼も加わって、驚いたり、笑ったりしている様子がうかがえる。
ミノンがおずおずと近寄ってきた。怖がられてはいないけど、なんか緊張されてるかも。
「……あのう、おいらミノンって言います。ヤギ獣人です。今、話は聞きました。神子さまなんですね?」
「神子さま?えっ?そんなたいそうなものじゃないよ。ぼくは……普通の人間だと思うけど?
ぼくの名前は周。こっちはネロ。ちょっと大きいけど猫です。
気軽に周と呼んでください」
ライとレフは、いったいどんな話をしたんだろう。ミノンの表情はぼくたちに親しみすら感じているようだった。
ぼくの元に戻ってきた二人に、何を言ったのかたずねると、しぶしぶ口を開いた。
「今まで言う機会もなかったけどさ、周は神子なんだよ!神様に招かれてこの世界に来たんだから。
俺とレフが使うこの加護も他にはないすごいもので、他の加護持ちとはレベルが違うんだよ!」
「私たちが話したのは、周が獣人への差別意識がなく、むしろ仲良くしたいと思っていること。
逆に人間を警戒して、近づかないように気を付けていることとかだよー。
ミノンも、彼の住む村も、人間を嫌っているけど、周なら歓迎してくれるってさ」
「えっ!君たち、初めて会った人にそこまで話しちゃったの?」
「うん、彼は加護持ちだからね。神様の意に反したことをしたら加護を失い、天罰が下るんだ。
つまり周に酷いことは出来ないってことだよ。
ミノンについてる精霊――ポーもとてもいいヤツだったし、ミノンのこと思いやりがあるってほめてた。
だから、ミノンはいいヤツ!周を裏切ったりしないよ!」
うわぁ、そこまで信じちゃっていいのかな?
でも、初めて会った獣人がミノンでよかったかも。獣人は人間を嫌って当たり前だと思っていたから。
彼の住む村は、ここから歩いて一時間ほどの距離の場所にあるらしい。
「村のみんなも、神子様に会いたいって言うだろうから、一緒に来てよ」
そう言って笑うミノンの誘いを、優柔不断なぼくは断り切れず、彼の村に向かうことにした。
初めて異世界の人と話したばかりなのに、村にまで行っちゃうなんて……うぅ、心の準備が追いつかない……
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