19 / 32
首都
19 都へ
しおりを挟む
雨が降り始めていた。
あれほど吹き荒れた風はぴたりと止み、森は死んだように静かになった。
動かない体を荷車の荷台に横たえたぼくとネロは、冷たい雨にうたれながら、都への道を揺られていた。
あのあと、うさぎ獣人の少女は、突然「目が見えなくなった!」と喚きながら隊列から外れ、踊るように森の奥に消えた。
少年の方は最初は意気高揚していたものの、焼け落ちた神の家やぐったりしたぼくとネロを目にして、自分のしたことに怯え始めているようだった。彼は、うさぎ獣人の少女があそこまで酷いことをするとは思っていなかったのだろう。
ぼくも少女の底知れぬ加虐心に、ただとまどうばかりだった。怖かった。
少しずつ体が動かせるようになり、ぼくは荷台を這いずってネロに寄り添った。ネロも首をこちらに向けた。今は抱きしめあうことも出来ないから、ただ体をくっつけた。
離ればなれにされる前に、彼に伝えておきたかった。
「……っ、かはっ、ごほっ……。ネロ……お別れかもしれない……君は猫で、ぼくは人間だけど――愛してる。これは告白だよ……」
ぼくは首を伸ばして、ネロの口元にキスをした。頑張って微笑んでみたけど、涙が頬を伝うのがわかった。
彼の金色の目が驚くように大きく見開かれ、ぽたりぽたりとまた涙がこぼれる。
ぼくたちの涙は、全て雨で洗い流されていった。
濡れた体から温度が失われていく。寒さに震えるうちに、ぼくの意識は深い闇に落ちていった――
***
目が覚めたとき、いつも隣にいたあのあたたかい存在は、どこにもいなかった。
簡素ではあるが清潔なベッド。小さなテーブル。椅子。最低限の家具がおかれた狭い部屋に、ぼくは一人寝かされていた。首を触ると首輪の感触があった。あの時のことはやっぱり夢じゃないんだ。
ゆっくり体を起こすと、こわばりはあるがもう動けるようになったのがわかった。
小さな窓の外は真っ暗で、夜のとばりが降りていた。
ぼくは両手を合わせ、ライとレフに呼びかけた。
「ライ、レフ、出てきて……」
目の前の空中に、ふわりと二人が姿を現した。
精霊たちとのつながりが切れていないことに、安堵の息が漏れた。
「二人にまた会えてうれしいよ」
「よう!周、めちゃくちゃ久しぶりだなー!」
「もう体は大丈夫ー?」
「ぼくはついさっき起きたばかりなんだ。けど、声も出るし体も動くようになったよ」
「それはよかったなー!」
「ずいぶん高熱が出てましたよ。心配しました」
「そうなんだ。心配させたね。ありがとう。
あの……ここはどこかな?ネロはどこにいるか知ってる?」
「ここは都の教会、高い塔の中だよ!アイツは教会の裏の家畜小屋にいる!」
「馬と一緒に荷車ひいてるよー。すごく暗い顔してるけど、体は元気だったー」
「ネロ、想像したよりずっと近くにいるんだね。酷い目に合わされてないといいんだけど。
ところでぼく、どれくらいの間眠っていたの?」
「「一ヶ月だよ!」」
「えっ?一ヶ月ー⁈そんなに長い間……。ずっと消息不明?ネロ、心配しただろうな……。
ぼくの言葉を伝えることは出来る?」
「うーん、アイツ加護がないから、周がそばにいないと俺たちが見えないんだよな」
「猫だから手紙も読めないよねー。
あっ!周の髪の毛を届けようか!生きてるのは伝わるんじゃない?」
とてもささやかな連絡だけど、なにもしないよりはマシだ。
ぼくは自分の髪の毛をひとすじ抜いて、蝶々結びを作った。おまじないみたいにネロへの思いをこめたキスをして、レフに渡した。
「こんなものでわかるかな?」
「届けてみるよー!」
「わからないようだったら、俺がネロの毛をもしゃもしゃにかきまわしてやる!」
「あは、よろしく頼んだよ」
精霊たちは夜の中に消えていき、急に部屋が静かになった。
彼らはぼくと異なる理の中に存在しているから、意思の疎通は出来ても、ちょっとずれてて無神経なところがある。でも、その空気を読まない明るさが、今のぼくにはとてもありがたかった。
立ち上がって、小さな窓から外を眺めた――塔にあるこの部屋は、かなり高い位置にあるらしい。
都の夜景が一望でき、遠くの海の上に揺れる、船の灯りまで見渡せた。
扉を開けようとしたが、鍵がかかっているのか、押しても引いても動かなかった。
幽閉というやつだろうか。
ここから簡単には出してもらえないかもしれない。
陽が昇ったら、話ができる誰かが来てくれることを祈ろう。
一ヶ月も眠っていたとは思えないほど、この部屋には人の手が入った形跡があった。ほこりも積もっていないし、テーブルの上にある水差しの水も、古いものではなかった。
静かだけど、放っておかれたわけでもないようだ。高熱のぼくを看病してくれた誰かが、確かにいたのだ。
ベッドの上で、ライとレフを待ちながら、ぼくは膝を抱えて小さく丸まっていた――
あれほど吹き荒れた風はぴたりと止み、森は死んだように静かになった。
動かない体を荷車の荷台に横たえたぼくとネロは、冷たい雨にうたれながら、都への道を揺られていた。
あのあと、うさぎ獣人の少女は、突然「目が見えなくなった!」と喚きながら隊列から外れ、踊るように森の奥に消えた。
少年の方は最初は意気高揚していたものの、焼け落ちた神の家やぐったりしたぼくとネロを目にして、自分のしたことに怯え始めているようだった。彼は、うさぎ獣人の少女があそこまで酷いことをするとは思っていなかったのだろう。
ぼくも少女の底知れぬ加虐心に、ただとまどうばかりだった。怖かった。
少しずつ体が動かせるようになり、ぼくは荷台を這いずってネロに寄り添った。ネロも首をこちらに向けた。今は抱きしめあうことも出来ないから、ただ体をくっつけた。
離ればなれにされる前に、彼に伝えておきたかった。
「……っ、かはっ、ごほっ……。ネロ……お別れかもしれない……君は猫で、ぼくは人間だけど――愛してる。これは告白だよ……」
ぼくは首を伸ばして、ネロの口元にキスをした。頑張って微笑んでみたけど、涙が頬を伝うのがわかった。
彼の金色の目が驚くように大きく見開かれ、ぽたりぽたりとまた涙がこぼれる。
ぼくたちの涙は、全て雨で洗い流されていった。
濡れた体から温度が失われていく。寒さに震えるうちに、ぼくの意識は深い闇に落ちていった――
***
目が覚めたとき、いつも隣にいたあのあたたかい存在は、どこにもいなかった。
簡素ではあるが清潔なベッド。小さなテーブル。椅子。最低限の家具がおかれた狭い部屋に、ぼくは一人寝かされていた。首を触ると首輪の感触があった。あの時のことはやっぱり夢じゃないんだ。
ゆっくり体を起こすと、こわばりはあるがもう動けるようになったのがわかった。
小さな窓の外は真っ暗で、夜のとばりが降りていた。
ぼくは両手を合わせ、ライとレフに呼びかけた。
「ライ、レフ、出てきて……」
目の前の空中に、ふわりと二人が姿を現した。
精霊たちとのつながりが切れていないことに、安堵の息が漏れた。
「二人にまた会えてうれしいよ」
「よう!周、めちゃくちゃ久しぶりだなー!」
「もう体は大丈夫ー?」
「ぼくはついさっき起きたばかりなんだ。けど、声も出るし体も動くようになったよ」
「それはよかったなー!」
「ずいぶん高熱が出てましたよ。心配しました」
「そうなんだ。心配させたね。ありがとう。
あの……ここはどこかな?ネロはどこにいるか知ってる?」
「ここは都の教会、高い塔の中だよ!アイツは教会の裏の家畜小屋にいる!」
「馬と一緒に荷車ひいてるよー。すごく暗い顔してるけど、体は元気だったー」
「ネロ、想像したよりずっと近くにいるんだね。酷い目に合わされてないといいんだけど。
ところでぼく、どれくらいの間眠っていたの?」
「「一ヶ月だよ!」」
「えっ?一ヶ月ー⁈そんなに長い間……。ずっと消息不明?ネロ、心配しただろうな……。
ぼくの言葉を伝えることは出来る?」
「うーん、アイツ加護がないから、周がそばにいないと俺たちが見えないんだよな」
「猫だから手紙も読めないよねー。
あっ!周の髪の毛を届けようか!生きてるのは伝わるんじゃない?」
とてもささやかな連絡だけど、なにもしないよりはマシだ。
ぼくは自分の髪の毛をひとすじ抜いて、蝶々結びを作った。おまじないみたいにネロへの思いをこめたキスをして、レフに渡した。
「こんなものでわかるかな?」
「届けてみるよー!」
「わからないようだったら、俺がネロの毛をもしゃもしゃにかきまわしてやる!」
「あは、よろしく頼んだよ」
精霊たちは夜の中に消えていき、急に部屋が静かになった。
彼らはぼくと異なる理の中に存在しているから、意思の疎通は出来ても、ちょっとずれてて無神経なところがある。でも、その空気を読まない明るさが、今のぼくにはとてもありがたかった。
立ち上がって、小さな窓から外を眺めた――塔にあるこの部屋は、かなり高い位置にあるらしい。
都の夜景が一望でき、遠くの海の上に揺れる、船の灯りまで見渡せた。
扉を開けようとしたが、鍵がかかっているのか、押しても引いても動かなかった。
幽閉というやつだろうか。
ここから簡単には出してもらえないかもしれない。
陽が昇ったら、話ができる誰かが来てくれることを祈ろう。
一ヶ月も眠っていたとは思えないほど、この部屋には人の手が入った形跡があった。ほこりも積もっていないし、テーブルの上にある水差しの水も、古いものではなかった。
静かだけど、放っておかれたわけでもないようだ。高熱のぼくを看病してくれた誰かが、確かにいたのだ。
ベッドの上で、ライとレフを待ちながら、ぼくは膝を抱えて小さく丸まっていた――
63
あなたにおすすめの小説
姉の婚約者の心を読んだら俺への愛で溢れてました
天埜鳩愛
BL
魔法学校の卒業を控えたユーディアは、親友で姉の婚約者であるエドゥアルドとの関係がある日を境に疎遠になったことに悩んでいた。
そんな折、我儘な姉から、魔法を使ってそっけないエドゥアルドの心を読み、卒業の舞踏会に自分を誘うように仕向けろと命令される。
はじめは気が進まなかったユーディアだが、エドゥアルドの心を読めばなぜ距離をとられたのか理由がわかると思いなおして……。
優秀だけど不器用な、両片思いの二人と魔法が織りなすモダキュン物語。
「許されざる恋BLアンソロジー 」収録作品。
完結·氷の宰相の寝かしつけ係に任命されました
禅
BL
幼い頃から心に穴が空いたような虚無感があった亮。
その穴を埋めた子を探しながら、寂しさから逃げるようにボイス配信をする日々。
そんなある日、亮は突然異世界に召喚された。
その目的は――――――
異世界召喚された青年が美貌の宰相の寝かしつけをする話
※小説家になろうにも掲載中
ゲーム世界の貴族A(=俺)
猫宮乾
BL
妹に頼み込まれてBLゲームの戦闘部分を手伝っていた主人公。完璧に内容が頭に入った状態で、気がつけばそのゲームの世界にトリップしていた。脇役の貴族Aに成り代わっていたが、魔法が使えて楽しすぎた! が、BLゲームの世界だって事を忘れていた。
BLゲームの展開を無視した結果、悪役令息は主人公に溺愛される。
佐倉海斗
BL
この世界が前世の世界で存在したBLゲームに酷似していることをレイド・アクロイドだけが知っている。レイドは主人公の恋を邪魔する敵役であり、通称悪役令息と呼ばれていた。そして破滅する運命にある。……運命のとおりに生きるつもりはなく、主人公や主人公の恋人候補を避けて学園生活を生き抜き、無事に卒業を迎えた。これで、自由な日々が手に入ると思っていたのに。突然、主人公に告白をされてしまう。
病み墜ちした騎士を救う方法
無月陸兎
BL
目が覚めたら、友人が作ったゲームの“ハズレ神子”になっていた。
死亡フラグを回避しようと動くも、思うようにいかず、最終的には原作ルートから離脱。
死んだことにして田舎でのんびりスローライフを送っていた俺のもとに、ある噂が届く。
どうやら、かつてのバディだった騎士の様子が、どうもおかしいとか……?
※欠損表現有。本編が始まるのは実質中盤頃です
強面龍人おじさんのツガイになりました。
いんげん
BL
ひょんな感じで、異世界の番の元にやってきた主人公。
番は、やくざの組長みたいな着物の男だった。
勘違いが爆誕しながら、まったり過ごしていたが、何やら妖しい展開に。
強面攻めが、受けに授乳します。
【完結】悪妻オメガの俺、離縁されたいんだけど旦那様が溺愛してくる
古井重箱
BL
【あらすじ】劣等感が強いオメガ、レムートは父から南域に嫁ぐよう命じられる。結婚相手はヴァイゼンなる偉丈夫。見知らぬ土地で、見知らぬ男と結婚するなんて嫌だ。悪妻になろう。そして離縁されて、修道士として生きていこう。そう決意したレムートは、悪妻になるべくワガママを口にするのだが、ヴァイゼンにかえって可愛らがれる事態に。「どうすれば悪妻になれるんだ!?」レムートの試練が始まる。【注記】海のように心が広い攻(25)×気難しい美人受(18)。ラブシーンありの回には*をつけます。オメガバースの一般的な解釈から外れたところがあったらごめんなさい。更新は気まぐれです。アルファポリスとムーンライトノベルズ、pixivに投稿。
魔力ゼロの無能オメガのはずが嫁ぎ先の氷狼騎士団長に執着溺愛されて逃げられません!
松原硝子
BL
これは魔法とバース性のある異世界でのおはなし――。
15歳の魔力&バース判定で、神官から「魔力のほとんどないオメガ」と言い渡されたエリス・ラムズデール。
その途端、それまで可愛がってくれた両親や兄弟から「無能」「家の恥」と罵られて使用人のように扱われ、虐げられる生活を送ることに。
そんな中、エリスが21歳を迎える年に隣国の軍事大国ベリンガム帝国のヴァンダービルト公爵家の令息とアイルズベリー王国のラムズデール家の婚姻の話が持ち上がる。
だがヴァンダービルト公爵家の令息レヴィはベリンガム帝国の軍事のトップにしてその冷酷さと恐ろしいほどの頭脳から常勝の氷の狼と恐れられる騎士団長。しかもレヴィは戦場や公的な場でも常に顔をマスクで覆っているため、「傷で顔が崩れている」「二目と見ることができないほど醜い」という恐ろしい噂の持ち主だった。
そんな恐ろしい相手に子どもを嫁がせるわけにはいかない。ラムズデール公爵夫妻は無能のオメガであるエリスを差し出すことに決める。
「自分の使い道があるなら嬉しい」と考え、婚姻を大人しく受け入れたエリスだが、ベリンガム帝国へ嫁ぐ1週間前に階段から転げ落ち、前世――23年前に大陸の大戦で命を落とした帝国の第五王子、アラン・ベリンガムとしての記憶――を取り戻す。
前世では戦いに明け暮れ、今世では虐げられて生きてきたエリスは前世の祖国で平和でのんびりした幸せな人生を手に入れることを目標にする。
だが結婚相手のレヴィには驚きの秘密があった――!?
「きみとの結婚は数年で解消する。俺には心に決めた人がいるから」
初めて顔を合わせた日にレヴィにそう言い渡されたエリスは彼の「心に決めた人」を知り、自分の正体を知られてはいけないと誓うのだが……!?
銀髪×碧眼(33歳)の超絶美形の執着騎士団長に気が強いけど鈍感なピンク髪×蜂蜜色の目(20歳)が執着されて溺愛されるお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる