オレの番になって──異世界に行って愛猫の番にされる話

まめ

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首都

20 家畜小屋にて(ネロ視点)

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深夜、ネロは自分の毛をもしゃもしゃとかき回す風の存在に目を開いた。

(この風は……周についていた精霊たちの仕業か)

見えない彼らに向かって、ネロは小さく鳴いた。

「がう……」

その風はネロが気づいたのがわかると、彼の鼻先に儚いくらい軽くて小さいなにかを乗せると、どこかへ消えていった。
匂いがした――周の。ネロの愛しい人の。
落とさないように気を付けて、ネロは小さなそれを両前足で包み、薄暗い小屋のかすかな灯りに透かすようにして見た。
ひとすじの髪の毛だった。オリーブグリーンの、周の色をした髪の毛。蝶々結びにされたそれは、持ち主が意図的に細工をしたことがわかった。
これはただ拾ったものではなく、周からネロにおくられたものなのだ。そう伝えていた。

「……っ、……ぐ……」

ネロはこみあげる嗚咽を、喉の奥でぐっとこらえた。
都に無理やり連れてこられて1ヶ月、まったく周の消息はわからなかった。あの日離れてしまったことをどれだけ後悔したことだろう。自分は周と共に生きるためにこの世界に来たのに、彼が生きているのかすらわからない日々は、ネロの気力を奪っていった。
しかし、ようやく周からの便りがきた。周はどこかで生きている。生きて、ネロのことを思っている。
隷属の首輪の支配から逃れられない今は、それがわかるだけでも明日への希望となった。
生きてさえいれば、いつかまた会える。

ここしばらく、ネロは身体中の関節の痛みや、みちみちと筋肉が裂けるような感覚に悩まされていた。
神の高台から都に来て、およそひと月。不老不死の効能があるといわれる聖水を摂らなくなってひと月ほど経つ。彼の体が成長し、獣人になる日が近づいている予感があった。
ネロは家畜小屋に入れられ、寝食を馬や牛とともし、日中は荷車を引いて使役された。いつか行動を起こす時まで目立ちたくはない。言葉もわからぬ意思のない獣のふりをした。
しかし、獣人になったらこのままではいられないだろう。自分の身にどのような変化があるのか、未知への不安があった。


ネロはあの日のことを思い出していた――

あの日、荷車の上で周が意識をなくして――オレはそれから起こった全ての出来事を見ていた。
緑頭のガキは、帰るなり親にどやしつけられて泣いていた。彼は教皇の孫だった。
神の台座にある家を燃やしたことは、教会関係者を真っ青にさせたし、ガキが連れてきた神子は揺さぶっても目を覚まさない。手柄を立てようと意気込んで、内緒で出かけた結果は自慢できるものではなかった。なにより叱られたのは、神の台座への案内者――うさぎ獣人のフリルを森に置いてきてしまったことらしかった。
もうあの場所へはいけない。「次に加護持ちが見つかるまで、聖水も幻の果実も手に入らない」と、教皇は悲嘆にくれていた。ざまあみろだ。

オレと周は、分厚い絨毯の敷かれた広間の床に転がされた。
周のことはもちろん心配だが、神子の可能性がある以上は、それなりに大事にされるだろう。
オレは、あの場で自分が殺されないことが意外だったが、教会の人間から神獣と呼ばれたことで納得した。彼らは、オレを神獣――神の力を持つ獣だと誤解していたのだ。オレは単なる前世が人間で、人の言葉がわかるだけの大きな猫。後に獣人になるとしても、特別な力などない。神獣だなんて持ち上げられたら、ここを逃げ出すことすら難しくなる。
話かけてくる人間たちの言葉にわからないふりをし、だらんと力を抜いたまま動けないふりをすれば、彼らの顔に失望の色が浮かぶのが見てとれた。これはただの珍しい獣、そう判断されたオレは家畜たちと同じ、藁の敷かれた小屋に運ばれた。
いつか抜け出す機会を見つけ出してやる。でも、こんな長い間、周の消息がわからないとは思っていなかった――

毎日周の髪を、顔をなめて、愛しんだあの日を思い出しながら、風が運んできてくれた細いひとすじの髪を見つめる。
猫のオレにはポケットもかばんもない、大事なものをしまう場所もない。
すぐに失くしてしまうだろう、儚い存在を、オレは惜しみながら飲み込んだ。
これだけは、誰にも渡したくなかった。

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