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魔族に一泡吹かせる為に、俺達は一計を案じる
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※
その日の夕刻、ティーカは一人、商業都市から遠く離れた山の洞窟へ一人やってきていた。
彼女は脇に抱えられる程度の布に包まれた何かを抱え、足早に洞窟の中へと足を踏み入れる。
そのまま明かりもないまま、薄暗い洞窟を少し進むと、彼女は足を止め壁を探って何かを探していた。
やがて、彼女の手が壁の一点で止まる。
彼女はその壁を押し込む。すると、その壁の一部分がガコッと押し込まれ、彼女の前の壁が扉のようにゴロゴロと一人でに開き始める。
岩の間が扉のように開ききったのを確認し、彼女はそこを潜り内側の壁の一点を同じように押し込み扉を閉める。
そこから通じる通路を進むと、壁に燭台と蝋燭が置かれる人工的な階段に出る。
その階段を下ると、通路の先の入り口からは急に明るい西日が差してきた。
ティーカはそこを無言で潜り、その先に広がる広大な広場に出る。
その広場には、四足歩行の猛獣、一つ目の巨人、醜悪に歪んだ顔立ちの小人など多種多様な魔獣達がいた。そして、その中心には何者かが三人、並んで待っていた。
その何者かは、人と同じように四肢を持つ二足歩行の生物だ。禿頭の頭や異様に筋肉質な肉体などは、ほとんど人間と変わらない。違うのは、灰色や緑色の肌色、手足に伸びる刃物のように鋭利な爪、そして背中に生える巨大な蝙蝠のような翼だ。
彼らは魔族と呼ばれる存在。この大陸とは異なる霧深い大陸の先にいる魔の力を有する存在。
そうして、今、ティーカの弟を人質に彼女を従えている存在だ。
彼らはティーカが広場に入ってきたのを確認すると、こちらへ向かって歩いてくる。
それを確認して、ティーカは足を止める。それを確認し、魔族達も同じように足を止め、卑しく邪悪な笑みを浮かべて彼女に声をかける。
「戻ったか。首尾はどうだった? あの男は、始末できたか?」
不協和音のような不快な声。少なくとも、彼女にはそう聞こえるしわがれた声に顔を微かに顰めつつ、ティーカは脇に抱えていた包みを前に出す。
「ここよ。これがあの男の首。確認して」
そう言って、彼女は魔族達に向って包みを投げた。
魔族もそれをキャッチすると、包みをびりびりに破く。
すると、そこには人間の男、眞殿蒼馬の首があった。彼は目を見開き、苦しんだ様子で首を落とされている。
「約束通り、あの男の首はとってきたわ。これで貴方達を邪魔する者はいない」
ややぎこちなく、ティーカははっきりと口にした。その声が微かに震えている事に、魔族達が気づく事はない。
逆に、彼らははっきり確認した憎き男の首を前に楽し気に笑う。その声は、この間と同じく不況和音でしかない。
「ギャハハハハ、やったぞ! あの憎き男を始末できた!」
「魔方陣を破壊された時は焦ったが。これであの時の失態は注げた。あの方にもいい報告が出来る」
「今夜は祝杯をあげよう。ギャハハハハハハ~~~!!!」
口々に騒ぐ魔族達。彼らは目の前の光景をまるで疑う事もなく、狂喜乱舞している。
その光景を、ティーカは冷然とした目で彼らを見つめている。しかし、先ほどまでのおぞましいと思っているような視線ではなく、どちらかと言えば観察するかのような視線だ。
その視線に気づいてか、気づいていないのか、魔族達は無言で立っているティーカに視線を移す。
「さて、それじゃ約束を果たしてくれたわけだし、我が同胞に褒美を与えないとな」
その言葉に、ティーカは身構える。彼らの下卑た笑みが、これからの展開を想像する事は容易だった。
来たか。
頬を伝う汗。それを感じ、ティーカの内心に緊張が走る。彼女は油断なく、足に力を籠めていつでも動けるようにしておく。
「約束通り、お前達兄弟を解放してやろうじゃないか。もうやるべき事は大体済ませてもらったしな」
「ここで首になっている男が破壊してくれた魔方陣は他のところに設置して、人間の王都を挟撃すればいいしな」
「というわけだ、人間の娘よ……お前はもう、用済みだ」
そう叫ぶと、魔族の一人が一足飛びに飛び出した。同時に、周囲の魔獣達が何匹か、飛び出した。
「お前を解放してやろう。この世からな!!」
予想通りの展開。想定していたから、それを避ける事は何てことは無かった。
ただ、結局作戦は失敗したのだと、彼女は奥歯をかみしめた。
「飛べ!! ティーカ!!」
声が響いたのはその瞬間だった。その声に反応して、ティーカは大きくその場を飛びのいた。
直後、巨大な漆黒の球体が天空から飛来する。
「なにぃぃ!!」
その球体の接近に気付いて、飛び出した魔族が気づく。が、彼がかわすよりも早く、球体は彼に直撃、一緒に駆けだした魔獣ともども呑み込んだ。
「ば、バカなぁぁ!! この力はぁぁ!!」
球体に呑まれた魔族は、悲鳴と叫びが融合された声で激しく叫んだ。が、見る間に彼の体は塵に変わり、魔獣ともども灰燼と帰した。
「バカな! なんだと!!? この力は!!」
その現象を目の当たりにした魔族達は狼狽える。彼らは周囲を伺い、何が起きたのかを確認しだす。
「けッ。絶対やると思ってた通りの事しやがって。ステレオタイプの悪党が!」
そんな彼らの頭上から、怒りを孕んだ声がした。ティーカは背後に着地した後、その声が降り注いだ事に心から安堵する。対して、魔族達は慌てて声のした方へ顔を向ける。
すると洞窟の上部、そこにぽっかり空いた横穴に吊り上がった目を更に逆立てている青年と獣人の少女、青年に背負われた小柄な少年の姿があった。
「まったく、よ~。悪党のやる事は」
その姿に魔族達は慄く。
その三人の姿は、彼らにとって有り得ない筈だった。いや、有り得ないのは三人の内に一人、目つきの悪い青年、自分が首を持っている筈の眞殿蒼馬その人だった。
※
満を持して、というかギリギリ間に合って、俺はミリと共に助け出したティーカの弟を背負い、洞窟上部の横穴から顔を出した。見下ろした先にいるのは、なんか漫画とかで見た事のあるようなこってこての化け物。アーリマンだったかがあんなんだった気がするな。
奴らは俺が現れた途端、思い切り狼狽えたように騒ぎ出す。それが遠目ではっきり表情が見えないここからでもはっきりと見える。
「バカな……何故、貴様がいる」
「貴様は確かに死んだ筈。そう、あの女も確かに言っていた」
「残念ながら死んでないんだよな、コレが」
肩を竦め、俺はおどけた調子で告げる。そうして、にやにやと狼狽える魔族達を見下ろす。
「そんなはずはない……その証拠に、貴様の首はここにある!」
魔族達は手に持っていた蒼馬の首を掲げる。が、そこにあったのは、手ごろなサイズの人間の頭をかたどった岩の塊だった。
「な、なんだ、これは?」
「ああ。ティーカの弟を探す時間を稼ぐ為に、ティーカには先にお前らの元に行って幻を見せる術で俺の生首に見える岩を持っていって貰ったのさ」
そうだ。ティーカから、すべての事情を聞きだした夜、俺はこの作戦を提案した。
内容は単純で、ティーカが魔族達の注意をひきつけている間に俺達が二人で弟を助け出す事。
その為に、まずは奴らをだます必要がある。だから俺は、彼女に幻術で俺の生首を作るように指示、それを持って魔族達のところへ行き、彼らの注意が俺が死んだという事に向いている間に、術を施して貰ったお陰で位置を特定できる弟を探し出す事にしたのだ。
探すのには多少骨は折れたが、何とか間に合ったらしい。
もしも嘘がバレたら、間違いなくティーカは殺されるだろう。その為に、幻術で目を眩ませられる最大の時間程度で弟を探し出さなければならない。それも、なるべく気付かれないように。
その点には中々苦労したが、弟を警護していた魔獣をどうにか省力で倒せた俺達は見事弟の救出に成功したわけだ。それから、急いでティーカの元へと戻る。施してしまった術の性質上、彼女の居場所も手に取るように分かった。問題はこの洞窟の道順が分からない事だったが、どうにか上手く辿りつけた。
すべては俺の計画通り。偽物の首で騙せる相手かはよくよく確認してからでないといけなかったが、ティーカ曰くその点はとても組し易い相手だと言われていたから心配していなかったが。
「なんだと!!? 」
俺が種を明かすと、更に魔族達は狼狽え、そしてその顔がみるみる内に赤黒く染まっていくのが分かる。
どうやら怒ったようだ。
「おのれ! 人間の分際で、我々をたばかるとは!!」
「あんな単純な手に引っかかるお前らが悪い。注意してりゃ誰でも気付くさ、そんなモノ。作戦立てた後、お前らには力はあっても知恵は足りないって聞いて、何とかうまく行くとは思ったが、まさかここまで上手く行くとはね。お前ら、ほんとにアホなんじゃないのか?」
そう、あからさまに挑発するように告げると、魔族達は更に怒りを顕わにして怒鳴りつけてくる。
「貴様ぁ~~! 我らを侮辱しおって。もう許さんぞ、小童が!!」
そう威勢よく叫び、奴らはさっと背後を振り返る。そこには、先ほどから立ち止まったままのティーカがいた。
「だが、まずは我らを裏切った貴様から始末してやる!」
「ただで死ねると思うな。八つ裂きにしてくれるわ!!」
叫び、魔族達は一斉にティーカへと飛び掛かろうとする。その進路上へ、俺はやや威力を抑えた漆黒の砲弾を撃ち込む。砲弾は一直線に、一瞬で飛来すると魔族達の進路を阻む。同時に、広場全体に向けても同じように発射して周囲に控えていた魔獣達を行きがけの駄賃代わりに吹っ飛ばした。
「ッ!」
「おっと、行かせねぇぞ。お前らの相手は俺だ!」
叫び、俺は背負った少年をミリに預け、二人同時に横穴から飛び降りた。
「っと。正直言ってよ~。何が許さねぇでボケどもが。散々人の事利用しといて」
着地すると、俺はすぐに体制を立て直して魔族達へ歩き出し、呟く。
「てめぇらに人をどうこうする資格なんか無ぇんだよ、腐れ外道どもが!」
同時に、俺の中に溜まっていた怒りが噴出する。それはいつもみたいに過去の出来事を想起しての怒りではなく、純粋に今の状況への怒りだ。
「ふざけんじゃねぞ! 何の罪も無ぇ姉弟を捕まえて、人質とって無理やり協力させて、用済みになったら殺すだ、やってる事悪党の役万じゃねぇか。反吐が出るんだよ。マジでムカついてんだよ、俺はぁぁぁぁ~!」
昔テレビで見たやくざ映画のやくざみたいに柄悪く告げる俺。怒りのボルテージがマックスに到達し、俺の中で怒りが炸裂する。同時に迸る漆黒の輝き。黒い光が全身から噴き出し、天へと流れていく。
「ただで済むと思うんじゃねぇぞ、クソどもが! てめぇらは死ぬのすら生ぬるい! くらえぇぇぇ~~!!」
叫びと共に、俺は一足飛びに魔族達との距離を詰めた。一瞬の出来事に、魔族達はたじろぐ。
隙を突かれ、無防備になった魔族達の腹部に、俺は左右の連打を一発ずつ叩き込んだ。
途端、頽れる二人の魔族。
「本来だったら一発で終わらせてやるところだがよ。一発二発殴ったくらいじゃ収まりが着かねぇんだ! 手加減してでも、俺は気のすむまでお前らを殴る! 歯食いしばれ、くそったれ!!」
そこから、俺は両腕をガンガンと相手の九の字に折れて下がった顔にアッパーカットと振り下ろしの拳を叩きつける。それらを喰らった魔族達は、一人は上空にかちあげられ、一人は地面に叩きつけられる。
そこに俺は更なる追撃を決める。具体的には、空に浮いてる方には腹目掛けて渾身の正拳突きを、地面に叩きつけた方がバウンドする顔を思い切り蹴り上げ、宙に浮かせる。
俺はそこへ更に追撃で回し蹴りを叩き込む。すると、宙に浮いた彼らの体が後ろへと飛んでいく。
その一体めがけて、俺は力いっぱい突進。吹っ飛んでいく魔族の襟首を掴み、顔面を殴って、殴って、殴った。
その威力も、一発では死なない程度に制御したものであり、未だ魔族達は原型を保っている。
「おら、おらおらおらおらぁ! オラオラオラオラオラ!!! おらぁぁ~~~~~!!」
宙に浮く魔族達の体。そこ目掛けて、俺は何発もの打撃を連打で浴びせ、特大の砲弾を一発叩き込んでやった。
すると、砲弾を喰らった魔族は瞬く間に黒い光に呑み込まれ、轟く轟音と悲鳴と共に、光に呑み込まれたものも跡形もなく消し飛んでいた。
それを確認し、俺はもう一人の魔族へと向き直る。
彼は殴られ過ぎて、顔が二目とみられない程に晴れ上がり、動けなくなっていた。
その様子を見下ろし、俺は魔族の顔を見る。
すると、その瞬間、とある記憶が脳裏を過る。
それは二度目の転職を経たころ。坊主頭の社長の元、今度こそまっとうに働いて稼ぐぞと意気込んでいた俺だったが、周囲がサボっているのにその他の仕事を散々押し付けられ、うんざりしていた。
その上、会社では助け合いだなんだと言ってはばからない。しかし、どんなに暇でも俺を手伝う人間はおらず、結果俺は一人で苦労をしょい込む羽目になった。
その事で、社長に注進し、給料を上げろと迫ったところ、何故か職務態度が悪いという理由でなぜか減俸を喰らうという謎の理不尽に出くわしたのである。
ちなみに、その会社はちょくちょく労働基準法を守れておらず、色々と問題がある職場だった。が、それでも昔よりはマシだと思い、必死で努めたが、結局他の人間には出世の話はあっても、他より多くの仕事をこなす自分にお鉢が回ってくる事は無かった。
「あぁぁ~~。ざっけんなよ、クソが! 国の法で認めてもらって会社やってる癖に、そこから守れって言われてる事一つも守れずに、俺にばっか仕事押し付けて、その現状を訴えたら意味不明な減俸だとコラ! 調子に乗ってんじゃねぇよ!! いつも自分が暇なら他人を手伝えとか偉そうに言っておいて、俺は手伝われた覚えなんぞ一度もねぇぞ!! いい加減にしろよ、腐れ坊主が」
突然の事に、俺は記憶の中にいる社長に深い怒りを覚えた。そして、何故かその顔が、倒れて苦悶する魔族のソレと重なる。
「ああ、そうか。お前、何かに似てると思ったらあの腐れ社長にか。そうか、そうか」
その事実に、俺は怒りのボルテージを更に高め、低くくぐもった声でそうつぶやいた。
「えッ!?」
対して、何を言われたかすら分からない魔族は、困惑した目で俺を見つめる。そんな魔族に対し、俺は右手を振りかぶり、全身から溢れる漆黒の光を振りかぶった拳の先に集中した。その光はいよいよ輝きを増して、今やドス黒い闇のように俺の振り被った腕に集約される。
「往生せいやぁ、クソ社長似のくそったれがぁぁ~~!! さっさとくたばれ、ボケェェ!!」
そして、その全エネルギーをぶち込んだ拳を俺は一気に振り下ろす。そうして、俺の拳が魔族の顔面にクリーンヒット、瞬間溜めこんだ圧倒的エネルギーの奔流が魔族の体を一瞬で呑み込んでしまう。
「バカな!! 我々選ばれし者達が、人間ごときに……そんな! そんなぁ! バカなぁぁぁ!!!」
最後断末魔を残して、魔族は漆黒の光に包まれながら塵へと帰っていった。
そうして、俺の目の前に敵はいなくなったのだった。
俺はすぐに振り返り、奥で立ち尽くすティーカを見つめる。
「ほら。上手く行ったろ!」
そして、親指を立て、最高の笑顔を彼女に向けた。
その日の夕刻、ティーカは一人、商業都市から遠く離れた山の洞窟へ一人やってきていた。
彼女は脇に抱えられる程度の布に包まれた何かを抱え、足早に洞窟の中へと足を踏み入れる。
そのまま明かりもないまま、薄暗い洞窟を少し進むと、彼女は足を止め壁を探って何かを探していた。
やがて、彼女の手が壁の一点で止まる。
彼女はその壁を押し込む。すると、その壁の一部分がガコッと押し込まれ、彼女の前の壁が扉のようにゴロゴロと一人でに開き始める。
岩の間が扉のように開ききったのを確認し、彼女はそこを潜り内側の壁の一点を同じように押し込み扉を閉める。
そこから通じる通路を進むと、壁に燭台と蝋燭が置かれる人工的な階段に出る。
その階段を下ると、通路の先の入り口からは急に明るい西日が差してきた。
ティーカはそこを無言で潜り、その先に広がる広大な広場に出る。
その広場には、四足歩行の猛獣、一つ目の巨人、醜悪に歪んだ顔立ちの小人など多種多様な魔獣達がいた。そして、その中心には何者かが三人、並んで待っていた。
その何者かは、人と同じように四肢を持つ二足歩行の生物だ。禿頭の頭や異様に筋肉質な肉体などは、ほとんど人間と変わらない。違うのは、灰色や緑色の肌色、手足に伸びる刃物のように鋭利な爪、そして背中に生える巨大な蝙蝠のような翼だ。
彼らは魔族と呼ばれる存在。この大陸とは異なる霧深い大陸の先にいる魔の力を有する存在。
そうして、今、ティーカの弟を人質に彼女を従えている存在だ。
彼らはティーカが広場に入ってきたのを確認すると、こちらへ向かって歩いてくる。
それを確認して、ティーカは足を止める。それを確認し、魔族達も同じように足を止め、卑しく邪悪な笑みを浮かべて彼女に声をかける。
「戻ったか。首尾はどうだった? あの男は、始末できたか?」
不協和音のような不快な声。少なくとも、彼女にはそう聞こえるしわがれた声に顔を微かに顰めつつ、ティーカは脇に抱えていた包みを前に出す。
「ここよ。これがあの男の首。確認して」
そう言って、彼女は魔族達に向って包みを投げた。
魔族もそれをキャッチすると、包みをびりびりに破く。
すると、そこには人間の男、眞殿蒼馬の首があった。彼は目を見開き、苦しんだ様子で首を落とされている。
「約束通り、あの男の首はとってきたわ。これで貴方達を邪魔する者はいない」
ややぎこちなく、ティーカははっきりと口にした。その声が微かに震えている事に、魔族達が気づく事はない。
逆に、彼らははっきり確認した憎き男の首を前に楽し気に笑う。その声は、この間と同じく不況和音でしかない。
「ギャハハハハ、やったぞ! あの憎き男を始末できた!」
「魔方陣を破壊された時は焦ったが。これであの時の失態は注げた。あの方にもいい報告が出来る」
「今夜は祝杯をあげよう。ギャハハハハハハ~~~!!!」
口々に騒ぐ魔族達。彼らは目の前の光景をまるで疑う事もなく、狂喜乱舞している。
その光景を、ティーカは冷然とした目で彼らを見つめている。しかし、先ほどまでのおぞましいと思っているような視線ではなく、どちらかと言えば観察するかのような視線だ。
その視線に気づいてか、気づいていないのか、魔族達は無言で立っているティーカに視線を移す。
「さて、それじゃ約束を果たしてくれたわけだし、我が同胞に褒美を与えないとな」
その言葉に、ティーカは身構える。彼らの下卑た笑みが、これからの展開を想像する事は容易だった。
来たか。
頬を伝う汗。それを感じ、ティーカの内心に緊張が走る。彼女は油断なく、足に力を籠めていつでも動けるようにしておく。
「約束通り、お前達兄弟を解放してやろうじゃないか。もうやるべき事は大体済ませてもらったしな」
「ここで首になっている男が破壊してくれた魔方陣は他のところに設置して、人間の王都を挟撃すればいいしな」
「というわけだ、人間の娘よ……お前はもう、用済みだ」
そう叫ぶと、魔族の一人が一足飛びに飛び出した。同時に、周囲の魔獣達が何匹か、飛び出した。
「お前を解放してやろう。この世からな!!」
予想通りの展開。想定していたから、それを避ける事は何てことは無かった。
ただ、結局作戦は失敗したのだと、彼女は奥歯をかみしめた。
「飛べ!! ティーカ!!」
声が響いたのはその瞬間だった。その声に反応して、ティーカは大きくその場を飛びのいた。
直後、巨大な漆黒の球体が天空から飛来する。
「なにぃぃ!!」
その球体の接近に気付いて、飛び出した魔族が気づく。が、彼がかわすよりも早く、球体は彼に直撃、一緒に駆けだした魔獣ともども呑み込んだ。
「ば、バカなぁぁ!! この力はぁぁ!!」
球体に呑まれた魔族は、悲鳴と叫びが融合された声で激しく叫んだ。が、見る間に彼の体は塵に変わり、魔獣ともども灰燼と帰した。
「バカな! なんだと!!? この力は!!」
その現象を目の当たりにした魔族達は狼狽える。彼らは周囲を伺い、何が起きたのかを確認しだす。
「けッ。絶対やると思ってた通りの事しやがって。ステレオタイプの悪党が!」
そんな彼らの頭上から、怒りを孕んだ声がした。ティーカは背後に着地した後、その声が降り注いだ事に心から安堵する。対して、魔族達は慌てて声のした方へ顔を向ける。
すると洞窟の上部、そこにぽっかり空いた横穴に吊り上がった目を更に逆立てている青年と獣人の少女、青年に背負われた小柄な少年の姿があった。
「まったく、よ~。悪党のやる事は」
その姿に魔族達は慄く。
その三人の姿は、彼らにとって有り得ない筈だった。いや、有り得ないのは三人の内に一人、目つきの悪い青年、自分が首を持っている筈の眞殿蒼馬その人だった。
※
満を持して、というかギリギリ間に合って、俺はミリと共に助け出したティーカの弟を背負い、洞窟上部の横穴から顔を出した。見下ろした先にいるのは、なんか漫画とかで見た事のあるようなこってこての化け物。アーリマンだったかがあんなんだった気がするな。
奴らは俺が現れた途端、思い切り狼狽えたように騒ぎ出す。それが遠目ではっきり表情が見えないここからでもはっきりと見える。
「バカな……何故、貴様がいる」
「貴様は確かに死んだ筈。そう、あの女も確かに言っていた」
「残念ながら死んでないんだよな、コレが」
肩を竦め、俺はおどけた調子で告げる。そうして、にやにやと狼狽える魔族達を見下ろす。
「そんなはずはない……その証拠に、貴様の首はここにある!」
魔族達は手に持っていた蒼馬の首を掲げる。が、そこにあったのは、手ごろなサイズの人間の頭をかたどった岩の塊だった。
「な、なんだ、これは?」
「ああ。ティーカの弟を探す時間を稼ぐ為に、ティーカには先にお前らの元に行って幻を見せる術で俺の生首に見える岩を持っていって貰ったのさ」
そうだ。ティーカから、すべての事情を聞きだした夜、俺はこの作戦を提案した。
内容は単純で、ティーカが魔族達の注意をひきつけている間に俺達が二人で弟を助け出す事。
その為に、まずは奴らをだます必要がある。だから俺は、彼女に幻術で俺の生首を作るように指示、それを持って魔族達のところへ行き、彼らの注意が俺が死んだという事に向いている間に、術を施して貰ったお陰で位置を特定できる弟を探し出す事にしたのだ。
探すのには多少骨は折れたが、何とか間に合ったらしい。
もしも嘘がバレたら、間違いなくティーカは殺されるだろう。その為に、幻術で目を眩ませられる最大の時間程度で弟を探し出さなければならない。それも、なるべく気付かれないように。
その点には中々苦労したが、弟を警護していた魔獣をどうにか省力で倒せた俺達は見事弟の救出に成功したわけだ。それから、急いでティーカの元へと戻る。施してしまった術の性質上、彼女の居場所も手に取るように分かった。問題はこの洞窟の道順が分からない事だったが、どうにか上手く辿りつけた。
すべては俺の計画通り。偽物の首で騙せる相手かはよくよく確認してからでないといけなかったが、ティーカ曰くその点はとても組し易い相手だと言われていたから心配していなかったが。
「なんだと!!? 」
俺が種を明かすと、更に魔族達は狼狽え、そしてその顔がみるみる内に赤黒く染まっていくのが分かる。
どうやら怒ったようだ。
「おのれ! 人間の分際で、我々をたばかるとは!!」
「あんな単純な手に引っかかるお前らが悪い。注意してりゃ誰でも気付くさ、そんなモノ。作戦立てた後、お前らには力はあっても知恵は足りないって聞いて、何とかうまく行くとは思ったが、まさかここまで上手く行くとはね。お前ら、ほんとにアホなんじゃないのか?」
そう、あからさまに挑発するように告げると、魔族達は更に怒りを顕わにして怒鳴りつけてくる。
「貴様ぁ~~! 我らを侮辱しおって。もう許さんぞ、小童が!!」
そう威勢よく叫び、奴らはさっと背後を振り返る。そこには、先ほどから立ち止まったままのティーカがいた。
「だが、まずは我らを裏切った貴様から始末してやる!」
「ただで死ねると思うな。八つ裂きにしてくれるわ!!」
叫び、魔族達は一斉にティーカへと飛び掛かろうとする。その進路上へ、俺はやや威力を抑えた漆黒の砲弾を撃ち込む。砲弾は一直線に、一瞬で飛来すると魔族達の進路を阻む。同時に、広場全体に向けても同じように発射して周囲に控えていた魔獣達を行きがけの駄賃代わりに吹っ飛ばした。
「ッ!」
「おっと、行かせねぇぞ。お前らの相手は俺だ!」
叫び、俺は背負った少年をミリに預け、二人同時に横穴から飛び降りた。
「っと。正直言ってよ~。何が許さねぇでボケどもが。散々人の事利用しといて」
着地すると、俺はすぐに体制を立て直して魔族達へ歩き出し、呟く。
「てめぇらに人をどうこうする資格なんか無ぇんだよ、腐れ外道どもが!」
同時に、俺の中に溜まっていた怒りが噴出する。それはいつもみたいに過去の出来事を想起しての怒りではなく、純粋に今の状況への怒りだ。
「ふざけんじゃねぞ! 何の罪も無ぇ姉弟を捕まえて、人質とって無理やり協力させて、用済みになったら殺すだ、やってる事悪党の役万じゃねぇか。反吐が出るんだよ。マジでムカついてんだよ、俺はぁぁぁぁ~!」
昔テレビで見たやくざ映画のやくざみたいに柄悪く告げる俺。怒りのボルテージがマックスに到達し、俺の中で怒りが炸裂する。同時に迸る漆黒の輝き。黒い光が全身から噴き出し、天へと流れていく。
「ただで済むと思うんじゃねぇぞ、クソどもが! てめぇらは死ぬのすら生ぬるい! くらえぇぇぇ~~!!」
叫びと共に、俺は一足飛びに魔族達との距離を詰めた。一瞬の出来事に、魔族達はたじろぐ。
隙を突かれ、無防備になった魔族達の腹部に、俺は左右の連打を一発ずつ叩き込んだ。
途端、頽れる二人の魔族。
「本来だったら一発で終わらせてやるところだがよ。一発二発殴ったくらいじゃ収まりが着かねぇんだ! 手加減してでも、俺は気のすむまでお前らを殴る! 歯食いしばれ、くそったれ!!」
そこから、俺は両腕をガンガンと相手の九の字に折れて下がった顔にアッパーカットと振り下ろしの拳を叩きつける。それらを喰らった魔族達は、一人は上空にかちあげられ、一人は地面に叩きつけられる。
そこに俺は更なる追撃を決める。具体的には、空に浮いてる方には腹目掛けて渾身の正拳突きを、地面に叩きつけた方がバウンドする顔を思い切り蹴り上げ、宙に浮かせる。
俺はそこへ更に追撃で回し蹴りを叩き込む。すると、宙に浮いた彼らの体が後ろへと飛んでいく。
その一体めがけて、俺は力いっぱい突進。吹っ飛んでいく魔族の襟首を掴み、顔面を殴って、殴って、殴った。
その威力も、一発では死なない程度に制御したものであり、未だ魔族達は原型を保っている。
「おら、おらおらおらおらぁ! オラオラオラオラオラ!!! おらぁぁ~~~~~!!」
宙に浮く魔族達の体。そこ目掛けて、俺は何発もの打撃を連打で浴びせ、特大の砲弾を一発叩き込んでやった。
すると、砲弾を喰らった魔族は瞬く間に黒い光に呑み込まれ、轟く轟音と悲鳴と共に、光に呑み込まれたものも跡形もなく消し飛んでいた。
それを確認し、俺はもう一人の魔族へと向き直る。
彼は殴られ過ぎて、顔が二目とみられない程に晴れ上がり、動けなくなっていた。
その様子を見下ろし、俺は魔族の顔を見る。
すると、その瞬間、とある記憶が脳裏を過る。
それは二度目の転職を経たころ。坊主頭の社長の元、今度こそまっとうに働いて稼ぐぞと意気込んでいた俺だったが、周囲がサボっているのにその他の仕事を散々押し付けられ、うんざりしていた。
その上、会社では助け合いだなんだと言ってはばからない。しかし、どんなに暇でも俺を手伝う人間はおらず、結果俺は一人で苦労をしょい込む羽目になった。
その事で、社長に注進し、給料を上げろと迫ったところ、何故か職務態度が悪いという理由でなぜか減俸を喰らうという謎の理不尽に出くわしたのである。
ちなみに、その会社はちょくちょく労働基準法を守れておらず、色々と問題がある職場だった。が、それでも昔よりはマシだと思い、必死で努めたが、結局他の人間には出世の話はあっても、他より多くの仕事をこなす自分にお鉢が回ってくる事は無かった。
「あぁぁ~~。ざっけんなよ、クソが! 国の法で認めてもらって会社やってる癖に、そこから守れって言われてる事一つも守れずに、俺にばっか仕事押し付けて、その現状を訴えたら意味不明な減俸だとコラ! 調子に乗ってんじゃねぇよ!! いつも自分が暇なら他人を手伝えとか偉そうに言っておいて、俺は手伝われた覚えなんぞ一度もねぇぞ!! いい加減にしろよ、腐れ坊主が」
突然の事に、俺は記憶の中にいる社長に深い怒りを覚えた。そして、何故かその顔が、倒れて苦悶する魔族のソレと重なる。
「ああ、そうか。お前、何かに似てると思ったらあの腐れ社長にか。そうか、そうか」
その事実に、俺は怒りのボルテージを更に高め、低くくぐもった声でそうつぶやいた。
「えッ!?」
対して、何を言われたかすら分からない魔族は、困惑した目で俺を見つめる。そんな魔族に対し、俺は右手を振りかぶり、全身から溢れる漆黒の光を振りかぶった拳の先に集中した。その光はいよいよ輝きを増して、今やドス黒い闇のように俺の振り被った腕に集約される。
「往生せいやぁ、クソ社長似のくそったれがぁぁ~~!! さっさとくたばれ、ボケェェ!!」
そして、その全エネルギーをぶち込んだ拳を俺は一気に振り下ろす。そうして、俺の拳が魔族の顔面にクリーンヒット、瞬間溜めこんだ圧倒的エネルギーの奔流が魔族の体を一瞬で呑み込んでしまう。
「バカな!! 我々選ばれし者達が、人間ごときに……そんな! そんなぁ! バカなぁぁぁ!!!」
最後断末魔を残して、魔族は漆黒の光に包まれながら塵へと帰っていった。
そうして、俺の目の前に敵はいなくなったのだった。
俺はすぐに振り返り、奥で立ち尽くすティーカを見つめる。
「ほら。上手く行ったろ!」
そして、親指を立て、最高の笑顔を彼女に向けた。
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