教室の中の偏執狂

チギラ アキ

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ケース4:橘 浩輝(ひろき)

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 橘浩輝ひろきが美緒の実の父親になる人物と出会ったのは、浩輝ひろきが親の期待を裏切って造形美術大学に進学し、会社の経営ではなく建築デザインを学んでいる頃だった――。

 地元の小さな工務店だった橘組を大手ハウスメーカーと肩を並べる程に成長させたのは、浩輝ひろきの父の経営手腕にるものだった。会社が大きくなった分、跡取りである浩輝ひろきの社会的責任も重く、だがしかし大工の棟梁であった祖父に憧れをいだ浩輝ひろきにとっては、経営陣のトップに君臨するよりも一介の建築士として現場にたずさわっていたかった。

 その気持ちに正直に建築士をこころざした浩輝ひろきの夢の原点は、「理想の家」だった。浩輝ひろきが求める「理想の家」とは、その家に暮らす家族が自然と集まる空間を演出すること。そしてその浩輝ひろきの「理想の家」を具現化した人物が美緒の実の父である三浦諒という男だった……。

 その家には、真ん中にリビングと書斎を兼ねたホールがあり、そこから二階へ続く階段が弧を描くように備え付けられ、そのまま円形に廊下が伸び、それぞれの個室に繋がっている。吹き抜けになっている為、二階の廊下のどこからでも階下のホールを見下ろせるようになっている。

(俺がえがきたかった「理想の家」がここにある……)

 学内のコンペで最優秀賞を受賞した諒の作品に、浩輝ひろきは衝撃を覚えた。その才能に魅了され、彼の前では劣等感をいだかずにはいられなかった……。

 だが等身大の三浦諒という男は、その端整な顔立ちから受けるクールな印象を良い意味でくつがえす不器用なほど実直な人間で、その底意のない人柄にいつしか浩輝ひろきは掛け替えのない友として彼をしたうようになった。

 彼のその恵まれた才能と容姿に加え、不幸な生い立ちから生じる「影」は、人をき付けて止まなかった。

 だからこそ浩輝ひろきの婚約者が諒に好意を寄せたことも、なぜだかすんなり会得できた。

 浩輝ひろきの婚約者であった都倉柚妃ゆずきは代々市議会議員を輩出する家柄の娘で、家同士が祖父の代より懇意にしていたこともあって、お互い幼少の頃より顔見知りであった。妹のように思っていた柚妃ゆずきを一人の女性として意識するようになったのは、柚妃ゆずき浩輝ひろきと同じ大学を選んで入学したことが切っ掛けであった。

 しかし皮肉にもその大学で柚妃ゆずきは運命の出会いを果たした。

 純粋で危うい二人の恋は、都倉家の猛反対を受け、「真実の愛」に育ち、二人は駆け落ち同然の行為に出た。

 浩輝ひろきはそんな二人を複雑な想いで見守り、出来得る限りの支援もした。

 見捨てられなかったのは、浩輝ひろきにとって二人が真実大切な人だったからだ。二人共失いたくはなかった。二人が幸福しあわせならそれで良いとさえ思っていた。

 だが、諒が交通事故に遭い、あっけなく他界してから、勘当された身の上の柚妃ゆずきに頼るよすがもなく、身重の柚妃ゆずきを丸ごと受け容れるつもりで浩輝ひろき求婚プロポーズした。

「同情は要らない」となけなしのプライドで拒んでいた柚妃ゆずきであったが、世間知らずの自分には生活力が全くないと分かっていた。柚妃ゆずきには、浩輝ひろきの好意に甘えるしか、お腹の子を抱え、生きるすべがなかった。

 しかし、そんな気遣いばかりの毎日は、知らず知らず柚妃ゆずき体躯からだむしばんでいたのか、美緒を無事出産すると、まるで諒のあとを追うようにそのまま息を引き取った。

 浩輝ひろきは二人の忘れ形見である美緒をかたくなに手放さなかった。二人を失った喪失感は思った以上に大きく、罪のない赤子にすがるしか心の隙間を埋めるすべがなかった……。

(このまま美緒を手元に置いておくのは危険だ……)

 浩輝ひろきは、美しく成長した血の繋がらない娘を前にして、男としての本性を抑える自信がもはや持てなくなっていた……。男も女も狂わせる……それ程の魔性を美緒は秘めていた――。
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