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3-1 弟、S級暗殺者 妹、宮廷薬師 ……俺、門番①
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この日、神太郎は繁華街に足を伸ばしていた。王国で最も人が溢れ、活気のある場所。魔族の脅威に晒されながらも、人々の必死の営みを感じられるここは彼のお気に入りである。それは彼女も同じようだ。
「活気があっていいわね」
隣を歩くルメシアが楽しそうに言った。辺りを見回すその目には、好奇心が宿っている。本来なら、彼女のような公爵令嬢が来るようなところではないだろう。……というか、また彼の隣にいる。神太郎は突っ込まざるを得なかった。
「相変わらず付いてくるんだな、ルメシア」
「何よ、いいじゃない別に。それに、今日の用は私も無関係ってわけじゃないんでしょう?」
「やっぱ異世界転生ってモテるんだなぁ」
「はぁ? 寝惚けないの。というより、アンタこそ私に惚れてるんじゃないの?」
「まぁな」
「え?」
「可愛いし、気が効くし、優しいし、品もあるし、責任感もあるし……」
思いつく限りの褒め言葉を口にする神太郎。その度に、ルメシアの顔はどんどん紅くなっていく。
そして最後に……、
「何より、上司だからな。恋人にしたら、仕事を融通してくれてサボり易くしてくれるだろうし」
そう本音を送ると、彼女の顔は能面のように無表情になった。そして、こう返した。
「アンタだけとは絶対に付き合わない」
その後、神太郎らは繁華街の裏に入っていった。路地は狭くなり、どことなく薄暗くも感じる。自然と人のガラも悪くなっていった。当然、ルメシアもここに来るのは初めてだろう。
「何か、物騒そうなところね」
どこからともなく聞こえてきた怒鳴り声が、彼女にそう漏らさせた。
「神太郎、本当にこんなところなの?」
「一回来たきりなんだが……多分この辺だな」
やがて、彼の記憶にある建物が見えてきた。とは言っても、周りと変わらないボロい一軒家だが。
神太郎はそこのドアをノックをし……返事がないので勝手に入っていった。中は薄暗く人気は感じられなかったが、彼は目的の人物である家主が在宅だと分かっているよう。真っ直ぐベッドへ向かった。そして、その上に転がっている物体を揺らす。
「おい」
「……」
「おい、起きろ」
「あん? ……何だ、神兄ちゃんか」
神太郎が何度か呼び掛けると、家主は寝惚け声で返事しながらやっと身を起こした。若い小柄な男である。恐る恐る様子を伺っていたルメシアに、神太郎は紹介する。
「コイツは弟の三好又四郎。三好兄弟の四番目だ」
「へー、弟さん」
正体が分かったからか、彼女も少しは表情が柔らかくなった。
一先ず、このままじゃ話も出来ないので三人は席に着く。又四郎も寝惚けつつももてなしの茶を出した。茶殻で作った薄い茶だったが。
「で、何の用だよ、神兄ちゃん。彼女を自慢しに来たのか?」
「それもあるが……」
ルメシアが横で「いやいやいや……」と手を振って否定しているが、彼は無視して続ける。
「この間、千満姉ちゃんが暗殺者に襲われたんだ。一応、犯人の目星は付いてるが、お前、何か知らないか?」
これが神太郎たちの用件。この間の千満暗殺未遂事件の捜査である。主犯は予想出来ているが、それだけでは断罪出来ない。犯人たちも玄人だからか何も証拠を得られず、何かしら手掛かりが必要だった。
「姉ちゃんが? マジで? 何だよ、俺にやらせてくれればいいのに」
「馬鹿言うな。殺されるぞ。実際、暗殺者の一人は姉ちゃんの連撃を食らわされていたからな」
「ひぇ……。ソイツ、生きてるの?」
「一応手加減していたみたいで、運ばれていったときはまだ息はあったが……。運良く助かっても重い障害が残るだろうな」
「ソイツ、前世に相当悪いことをしたんだろうな」
又四郎がそう言うと、
「いやいや、現世でも悪いことしてるだろう」
神太郎はそう突っ込んだ。そして兄弟で爆笑。そんな二人を呆れながら見比べているルメシアが、一つ質問をする。
「弟さんは何をされてるの?」
「暗殺者」
「暗殺者!?」
兄が答えた。次いで弟が一言付け加える。
「ただの暗殺者じゃない。S級暗殺者だ」
「S級?」
聞き慣れない言葉だったからか、彼女は首を傾げていた。それは神太郎も同じ気持ちだったが、弟のために更に補足する。
「悪いな、コイツは中二病なんだ」
「中二病?」
「ああ、もう中学三年生なのに、まだ中二病なんだ。可哀想に……」
「それは……お気の毒に」
神太郎の嘆く様を見て症状の重さを理解したのか、ルメシアも同情の言葉を掛けた。尤も、当人は全く納得していないようだが。
「おい、変なことを言うな!」
案の定、又四郎が吼えたので神太郎は諭す。
「変なことを言ってんのはお前だろう。何が暗殺者だ。何がS級だ。もっとまともな職に就け」
「折角異世界転生をしたんだぞ。神兄ちゃんみたいなしょぼい門番なんてやってられるか!」
「そもそもS級って何だよ?」
「そりゃ、A級の上だろ」
「Sの前はR。Sの後はT。アルファベットで十九番目だ。Aの前でもなければ、一番上でもない。ちゃんと勉強をしないから、そんな恥ずかしい間違いを犯すんだ」
「ちゃう! Sはスーパーとかスペシャルって意味だ。S級とかSランクとか、S表記はもう市民権を得てるんだぞ」
「それはオタク界隈の話だろう。まぁ、お前がオタクなのは気にしない。異世界転生の知識もお前から得られたんだからな。しかし、生活の方はどうなんだ? 暗殺者とか言ってるが、ちゃんと仕事はしているのか?」
「……まだ依頼はない」
「ほれみろ」
「俺はS級なんだぜ? 俺への依頼はハードルが高いんだ」
「宣伝とか広告とか出してるのか?」
「S級なんだから安売りはしねぇよ。そもそも暗殺の宣伝なんて出来るか」
「じゃあ、どうやって仕事を得るんだ?」
「そりゃ……そのうち依頼人が俺を捜し出して……」
「お前が暗殺者なのを知ってる奴、どのくらいいるんだ?」
「……家族だけ」
……仕事など来るはずがなかった。
「ここまで中二病が酷くなっていたなんて……」
兄は頭を抱えながら嘆いた。隣のルメシアも、今のやり取りで中二病がどういうものなのか理解したよう。
「大丈夫よ。弟さん、いつかきっと良くなるわ」
そして神太郎に同情し、その肩を優しく撫でるのであった……。
当然ながら、又四郎本人は二人の態度に不満噴出である。
「うっせー! 神兄ちゃんこそ、人のこと言えるのかよ。ハーレム作るなんて、それこそ中二病だろ!」
「俺はそのための努力をしている。見ろ、このルメシアも俺の逞しさに惚れてここにいるんだ」
ルメシアが横で「いやいやいや……」と手を振って否定しているが、彼は無視して続ける。
「又四郎、お前もただ待っていないで行動してみせろ。行動だ。自分から行動しないと何も得られないぞ」
それは弟を思っての窘めだった。
しかし、馬の耳に念仏。やはり兄弟なのだろう。神太郎が自由気ままに生きているように、又四郎もまた己の道を突き進んでいるのだ。受身という生き方で。
「いや、これは異世界転生で、俺は主人公なんだ。絶対上手くいくんだ!」
「主人公だぁ?」
その弟の宣言に、兄はつい聞き返してしまった。
「そうさ。今まで隠していたけど、俺にはスキルがある」
「スキルぅ?」
「この世界にはスキルというシステムがあって、どの人間にも備わっているんだ。しかし、皆それを認知出来ていない。それは神の領域だからな。けれど、俺だけはそれを知ることが出来る。何せ、この世界に転生するとき神からその力を授けられたんだからな」
「神? 俺は会っていないぞ」
「だろう? それだけで俺が主人公の理由になる。俺は神から特別なスキル『ユニークスキル』を与えられたんだ。そのうちの一つに、『ステータスオープン』ってのがあってな、対象の人物のステータスを見ることが出来るのさ」
「ステータスぅ?」
「まぁ、プロフィールみたいなもんだ。見てろよ……ステータスオープン!」
又四郎はそう叫びながら、神太郎とルメシアの前で掌をスライドさせた。そして、「ふむふむ」と二人に見えない『何か』を閲覧する。
「三好神太郎、十七歳。職業『衛士』。レベルは……12か。取得スキルは『病気耐性(強)』、『酒豪』、『ハゲ防止』の三つ。魔力値は驚異の0! こりゃ驚きだ。戦闘系のスキルも無いし、酷いなー」
又四郎はそれはそれは馬鹿にするように笑った。先ほどの神太郎の『呆れ』への仕返しのつもりなのだろう。因みに、『衛士』とは門番の正式名称だ。
「『酒豪』スキル? そういえば、俺酔い潰れたことないな」
ただ、弟も適当に言っているようではなく、兄にも思い当たる節はあった。
「へー、そんな力が……。凄い。それに『ハゲ防止』ってとても有用だと思うよ。ってか、絶対必要だよ、それ」
ルメシアも何故か熱心に褒める。
次いで、その彼女の番だ。……が、
「ルメシア・ケルヴェイン、十七歳。職業『衛長』。レベルは21。取得スキルは『勇敢Lv1』、『不屈Lv1』、『美肌』。魔力値は220で、取得魔術は《レイフィッシュ》、《アッパーム》など計四個。あと処女で……」
不意を突かれた言葉に、ブー! と茶を噴き出すルメシア。彼女が「おい、コラぁ!」とドスを効かせた抗議をすると、流石の又四郎も「ご、ごめんなさい」と素直に謝った。
それはともかく、神太郎たちはそのステータスとやらを見ることは出来ないが、一応、又四郎のことは信じた。意外な才能を知る。ただ、一つ確認を……。
「それ、魔術とは違う類なんだよな?」
「勿論さー」
「でも、スキルってのはその人物のただの個性って感じがするな」
「それは凡人だからスキルも他愛のないものになってるんだよ。俺ほどのレベルになると、スキルも有能なものばかりだぜ。『剣術Lv9』とか、『状態異常耐性Lv9』とか、『スキル無効化』とか……。因みに、俺のレベルは9999ね」
「うわぁ……。小学生が考えたみたいな数字」
「うるせー! ともかく、俺は選ばれし者なんだ。果報は寝て待て。その時が来るのをジッと耐え忍んでいるのさ」
見事に居直る弟。しかし、現実はどうだ? 兄はそれを突きつける。
「言い分は分かった。……だが、本当に時が解決してくれると思っているのか?」
「……」
「何もせず、ただ待っているだけで勝手に仕事が舞い込んでくると、本当に思っているのか?」
「……ぅ」
「ある日、突然そのドアが叩かれ、依頼が飛び込んでくるとでも思っているのか?」
「く、来るさ! 見てろよ。働かないからって三好家を追放された三男の俺。だけど、その実は一族最強のS級暗殺者。世界に名を轟かせた後で戻って来いって言われても、もう遅い!」
「追放って何だよ……」
「両親を悪徳政治家に殺された超絶美少女が、なけなしの金を持って俺に助けを求めてやっててくるんだ。そんでもって、俺は無料で仇を討ってやって、結果その子に惚れられて最高ラブラブ新生活を送るんだよ!」
高々と宣言される又四郎の将来設計。その構想に神太郎は呆れた。ルメシアも呆れていた。
そして最後に……、
「絶対、やってくる。今にもな!」
又四郎がそう叫びながら家のドアを指した時……、
ガチャ――。
そのドアが本当に開いた。
「「「え!?」」」
「活気があっていいわね」
隣を歩くルメシアが楽しそうに言った。辺りを見回すその目には、好奇心が宿っている。本来なら、彼女のような公爵令嬢が来るようなところではないだろう。……というか、また彼の隣にいる。神太郎は突っ込まざるを得なかった。
「相変わらず付いてくるんだな、ルメシア」
「何よ、いいじゃない別に。それに、今日の用は私も無関係ってわけじゃないんでしょう?」
「やっぱ異世界転生ってモテるんだなぁ」
「はぁ? 寝惚けないの。というより、アンタこそ私に惚れてるんじゃないの?」
「まぁな」
「え?」
「可愛いし、気が効くし、優しいし、品もあるし、責任感もあるし……」
思いつく限りの褒め言葉を口にする神太郎。その度に、ルメシアの顔はどんどん紅くなっていく。
そして最後に……、
「何より、上司だからな。恋人にしたら、仕事を融通してくれてサボり易くしてくれるだろうし」
そう本音を送ると、彼女の顔は能面のように無表情になった。そして、こう返した。
「アンタだけとは絶対に付き合わない」
その後、神太郎らは繁華街の裏に入っていった。路地は狭くなり、どことなく薄暗くも感じる。自然と人のガラも悪くなっていった。当然、ルメシアもここに来るのは初めてだろう。
「何か、物騒そうなところね」
どこからともなく聞こえてきた怒鳴り声が、彼女にそう漏らさせた。
「神太郎、本当にこんなところなの?」
「一回来たきりなんだが……多分この辺だな」
やがて、彼の記憶にある建物が見えてきた。とは言っても、周りと変わらないボロい一軒家だが。
神太郎はそこのドアをノックをし……返事がないので勝手に入っていった。中は薄暗く人気は感じられなかったが、彼は目的の人物である家主が在宅だと分かっているよう。真っ直ぐベッドへ向かった。そして、その上に転がっている物体を揺らす。
「おい」
「……」
「おい、起きろ」
「あん? ……何だ、神兄ちゃんか」
神太郎が何度か呼び掛けると、家主は寝惚け声で返事しながらやっと身を起こした。若い小柄な男である。恐る恐る様子を伺っていたルメシアに、神太郎は紹介する。
「コイツは弟の三好又四郎。三好兄弟の四番目だ」
「へー、弟さん」
正体が分かったからか、彼女も少しは表情が柔らかくなった。
一先ず、このままじゃ話も出来ないので三人は席に着く。又四郎も寝惚けつつももてなしの茶を出した。茶殻で作った薄い茶だったが。
「で、何の用だよ、神兄ちゃん。彼女を自慢しに来たのか?」
「それもあるが……」
ルメシアが横で「いやいやいや……」と手を振って否定しているが、彼は無視して続ける。
「この間、千満姉ちゃんが暗殺者に襲われたんだ。一応、犯人の目星は付いてるが、お前、何か知らないか?」
これが神太郎たちの用件。この間の千満暗殺未遂事件の捜査である。主犯は予想出来ているが、それだけでは断罪出来ない。犯人たちも玄人だからか何も証拠を得られず、何かしら手掛かりが必要だった。
「姉ちゃんが? マジで? 何だよ、俺にやらせてくれればいいのに」
「馬鹿言うな。殺されるぞ。実際、暗殺者の一人は姉ちゃんの連撃を食らわされていたからな」
「ひぇ……。ソイツ、生きてるの?」
「一応手加減していたみたいで、運ばれていったときはまだ息はあったが……。運良く助かっても重い障害が残るだろうな」
「ソイツ、前世に相当悪いことをしたんだろうな」
又四郎がそう言うと、
「いやいや、現世でも悪いことしてるだろう」
神太郎はそう突っ込んだ。そして兄弟で爆笑。そんな二人を呆れながら見比べているルメシアが、一つ質問をする。
「弟さんは何をされてるの?」
「暗殺者」
「暗殺者!?」
兄が答えた。次いで弟が一言付け加える。
「ただの暗殺者じゃない。S級暗殺者だ」
「S級?」
聞き慣れない言葉だったからか、彼女は首を傾げていた。それは神太郎も同じ気持ちだったが、弟のために更に補足する。
「悪いな、コイツは中二病なんだ」
「中二病?」
「ああ、もう中学三年生なのに、まだ中二病なんだ。可哀想に……」
「それは……お気の毒に」
神太郎の嘆く様を見て症状の重さを理解したのか、ルメシアも同情の言葉を掛けた。尤も、当人は全く納得していないようだが。
「おい、変なことを言うな!」
案の定、又四郎が吼えたので神太郎は諭す。
「変なことを言ってんのはお前だろう。何が暗殺者だ。何がS級だ。もっとまともな職に就け」
「折角異世界転生をしたんだぞ。神兄ちゃんみたいなしょぼい門番なんてやってられるか!」
「そもそもS級って何だよ?」
「そりゃ、A級の上だろ」
「Sの前はR。Sの後はT。アルファベットで十九番目だ。Aの前でもなければ、一番上でもない。ちゃんと勉強をしないから、そんな恥ずかしい間違いを犯すんだ」
「ちゃう! Sはスーパーとかスペシャルって意味だ。S級とかSランクとか、S表記はもう市民権を得てるんだぞ」
「それはオタク界隈の話だろう。まぁ、お前がオタクなのは気にしない。異世界転生の知識もお前から得られたんだからな。しかし、生活の方はどうなんだ? 暗殺者とか言ってるが、ちゃんと仕事はしているのか?」
「……まだ依頼はない」
「ほれみろ」
「俺はS級なんだぜ? 俺への依頼はハードルが高いんだ」
「宣伝とか広告とか出してるのか?」
「S級なんだから安売りはしねぇよ。そもそも暗殺の宣伝なんて出来るか」
「じゃあ、どうやって仕事を得るんだ?」
「そりゃ……そのうち依頼人が俺を捜し出して……」
「お前が暗殺者なのを知ってる奴、どのくらいいるんだ?」
「……家族だけ」
……仕事など来るはずがなかった。
「ここまで中二病が酷くなっていたなんて……」
兄は頭を抱えながら嘆いた。隣のルメシアも、今のやり取りで中二病がどういうものなのか理解したよう。
「大丈夫よ。弟さん、いつかきっと良くなるわ」
そして神太郎に同情し、その肩を優しく撫でるのであった……。
当然ながら、又四郎本人は二人の態度に不満噴出である。
「うっせー! 神兄ちゃんこそ、人のこと言えるのかよ。ハーレム作るなんて、それこそ中二病だろ!」
「俺はそのための努力をしている。見ろ、このルメシアも俺の逞しさに惚れてここにいるんだ」
ルメシアが横で「いやいやいや……」と手を振って否定しているが、彼は無視して続ける。
「又四郎、お前もただ待っていないで行動してみせろ。行動だ。自分から行動しないと何も得られないぞ」
それは弟を思っての窘めだった。
しかし、馬の耳に念仏。やはり兄弟なのだろう。神太郎が自由気ままに生きているように、又四郎もまた己の道を突き進んでいるのだ。受身という生き方で。
「いや、これは異世界転生で、俺は主人公なんだ。絶対上手くいくんだ!」
「主人公だぁ?」
その弟の宣言に、兄はつい聞き返してしまった。
「そうさ。今まで隠していたけど、俺にはスキルがある」
「スキルぅ?」
「この世界にはスキルというシステムがあって、どの人間にも備わっているんだ。しかし、皆それを認知出来ていない。それは神の領域だからな。けれど、俺だけはそれを知ることが出来る。何せ、この世界に転生するとき神からその力を授けられたんだからな」
「神? 俺は会っていないぞ」
「だろう? それだけで俺が主人公の理由になる。俺は神から特別なスキル『ユニークスキル』を与えられたんだ。そのうちの一つに、『ステータスオープン』ってのがあってな、対象の人物のステータスを見ることが出来るのさ」
「ステータスぅ?」
「まぁ、プロフィールみたいなもんだ。見てろよ……ステータスオープン!」
又四郎はそう叫びながら、神太郎とルメシアの前で掌をスライドさせた。そして、「ふむふむ」と二人に見えない『何か』を閲覧する。
「三好神太郎、十七歳。職業『衛士』。レベルは……12か。取得スキルは『病気耐性(強)』、『酒豪』、『ハゲ防止』の三つ。魔力値は驚異の0! こりゃ驚きだ。戦闘系のスキルも無いし、酷いなー」
又四郎はそれはそれは馬鹿にするように笑った。先ほどの神太郎の『呆れ』への仕返しのつもりなのだろう。因みに、『衛士』とは門番の正式名称だ。
「『酒豪』スキル? そういえば、俺酔い潰れたことないな」
ただ、弟も適当に言っているようではなく、兄にも思い当たる節はあった。
「へー、そんな力が……。凄い。それに『ハゲ防止』ってとても有用だと思うよ。ってか、絶対必要だよ、それ」
ルメシアも何故か熱心に褒める。
次いで、その彼女の番だ。……が、
「ルメシア・ケルヴェイン、十七歳。職業『衛長』。レベルは21。取得スキルは『勇敢Lv1』、『不屈Lv1』、『美肌』。魔力値は220で、取得魔術は《レイフィッシュ》、《アッパーム》など計四個。あと処女で……」
不意を突かれた言葉に、ブー! と茶を噴き出すルメシア。彼女が「おい、コラぁ!」とドスを効かせた抗議をすると、流石の又四郎も「ご、ごめんなさい」と素直に謝った。
それはともかく、神太郎たちはそのステータスとやらを見ることは出来ないが、一応、又四郎のことは信じた。意外な才能を知る。ただ、一つ確認を……。
「それ、魔術とは違う類なんだよな?」
「勿論さー」
「でも、スキルってのはその人物のただの個性って感じがするな」
「それは凡人だからスキルも他愛のないものになってるんだよ。俺ほどのレベルになると、スキルも有能なものばかりだぜ。『剣術Lv9』とか、『状態異常耐性Lv9』とか、『スキル無効化』とか……。因みに、俺のレベルは9999ね」
「うわぁ……。小学生が考えたみたいな数字」
「うるせー! ともかく、俺は選ばれし者なんだ。果報は寝て待て。その時が来るのをジッと耐え忍んでいるのさ」
見事に居直る弟。しかし、現実はどうだ? 兄はそれを突きつける。
「言い分は分かった。……だが、本当に時が解決してくれると思っているのか?」
「……」
「何もせず、ただ待っているだけで勝手に仕事が舞い込んでくると、本当に思っているのか?」
「……ぅ」
「ある日、突然そのドアが叩かれ、依頼が飛び込んでくるとでも思っているのか?」
「く、来るさ! 見てろよ。働かないからって三好家を追放された三男の俺。だけど、その実は一族最強のS級暗殺者。世界に名を轟かせた後で戻って来いって言われても、もう遅い!」
「追放って何だよ……」
「両親を悪徳政治家に殺された超絶美少女が、なけなしの金を持って俺に助けを求めてやっててくるんだ。そんでもって、俺は無料で仇を討ってやって、結果その子に惚れられて最高ラブラブ新生活を送るんだよ!」
高々と宣言される又四郎の将来設計。その構想に神太郎は呆れた。ルメシアも呆れていた。
そして最後に……、
「絶対、やってくる。今にもな!」
又四郎がそう叫びながら家のドアを指した時……、
ガチャ――。
そのドアが本当に開いた。
「「「え!?」」」
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