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9-3 王女殿下のお忍び旅行③
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そして、日は落ちてしまい夜を迎える。村一番の邸宅である村長宅を宿舎にしたネクスタリアは、客間にて彼らが用意した晩食を食していた。村が用意出来る最大限の馳走であったが、何とか王女の口には合ったよう。褒めはしないが文句は言わず。腹を満たせればいいという感じだった。
また、そこには神太郎とルメシアも同席していた。一応、勇者の息子と公爵令嬢であるから敬意を払っているのだろう。というか、王女と同席出来る立場の話し相手が彼らしかいなかったと言うべきか。
そういうことなので、いい機会だと神太郎が問う。
「で、王女、ユーは何しにタカマ山へ?」
「日の出を拝みにな」
「日の出?」
「知らぬのか? タカマ山の日の出に祈願をすると、それが叶うという古くからの言い伝えがあるのだ」
「へー」
「本当は山頂からの御来光が良かったのだが、流石にそうもいくまい」
「何をお願いするの?」
「秘密だ」
お忍びで来るほどなのだ。余程のことで個人的なことなのだろう。神太郎も深くは問わなかった。
「ふーん。でも、いいことを聞いた。それじゃルメシア、折角だから俺たちも何か願うか」
「え? ええ、そうね。国家安康とか?」
「君臣豊楽とかな」
そうノリノリに答える彼には、もうすっかり王女に対する不満はなくなっていたよう。しかも……、
「飯が終わったら夜の散歩といくか。こんな機会、滅多にないだろうし」
「いいわね」
「ネクスタリアも行くだろう?」
「え?」
まるで友人のように王女まで誘った。彼女もそんな誘いを受けるとは思わず目を丸くしている。だから、神太郎はもう一回言う。
「散歩だよ。こんな閑静で美しい自然は城壁内じゃ味わえないだろう?」
「い、いえ、私は遠慮しておくわ」
「そう? 残念」
そうガッカリする神太郎をネクスタリアは興味深く見ていた。夕方までは自分に対して怒りを見せていたのに、今ではそれを気に掛ける様子もない。日帰りに拘っていたのに、すっかりこの宿泊を楽しんでもいるようだ。恐ろしく切り替えの早い男である。
三好家は皆揃って前向きタイプだとネクスタリアも聞いていたが、彼に接して初めてそれを実感する。ただの馬鹿ではないかもしれないと、彼女も考え直すようになっていた。
夜の湖畔はすっかり人気がなくなり、物静かだった。いや、実際は虫の声や草木の擦れる音が耳に入ってくる。それが神太郎とルメシアには心地良かった。
「たまにはいいなー、こういうのも。来て良かった」
灯りのランタン片手に、上機嫌に散歩する神太郎。隣を歩くルメシアもその気分転換振りに感心してしまう。
「怒ってたと思ったら、すぐに喜んで……。凄い切り替えの早さだこと」
「そりゃ、そうさ。人生楽しまないと損だろう?」
「確かにね」
彼女もその通りだと思った。将来の罰についてクヨクヨしていても仕方がないのだから、今は今を満喫するべきだろう。そして、神太郎はその気持ちに応えるものも用意していた。
「ルメシア、さっき村人に聞いたんだけど、いいものがあるらしくてさ。それ使っていいって」
「いいもの?」
「ほら、あれ」
そう言って彼が指したのは、湖の桟橋に係留されている船……いや、舟だ。二人しか乗れなさそうな小ささである。
「舟? え? 舟乗るの!?」
当然、ルメシアは不安になる。真夜中に小舟で湖に出るなど、初心者にとってはあまりにも危険である。……が、彼は構わず。
「さぁ、乗った、乗った」
ルメシアは神太郎に流される形で乗せられてしまった。
そして、しゅっぱーつ。舟は沖へと行く。
恐々と船縁を掴むルメシアに、悠々と櫂で舟を漕ぐ神太郎。進む度に舟は揺れ、舟が揺れる度にルメシアの不安が膨らんでいく。だから、彼女は訊かない方がいいと思いつつも一応訊いてしまう。
「ねぇ? 舟は得意なの?」
「いや、初めてだ」
「やっぱ訊かなきゃ良かった」
ただ、舟自体は順調に進んでいた。ルメシアも慣れてくると周囲を見渡す余裕が生まれてくる。特に目を引いたのは上だった。
「わぁ」
夜空にて輝く満月の美しさに、彼女はつい感嘆の声を上げてしまった。周囲に何もない湖上から眺めるそれは、実に幻想的。
停船し、夜景を堪能する二人。灯りが乏しい暗闇の中、それでも二人は互いの顔を確かめることが出来た。それは、月がその男女を祝福するように照らしてくれていたから。
「月が綺麗ですね」
「そうね」
神太郎の言葉に、ルメシアは微笑んで同意した。
邪魔者はいない。
二人だけ。
最高の時間だ。
ただ、遮蔽物のない湖上で風が吹くと、彼女の長い髪は靡き、舟は揺れ、不慣れな彼女を少しよろめかせた。それを神太郎が後ろから抱き支える。
「ありが……」
ルメシアは振り向いて礼を言おうとした。
……言おうとした。
……言おうとしたが、言えなかった。
すぐ目の前にある彼の顔に魅入られていたから。
月明かりに照らされた神太郎の顔を……。
真剣な面持ち。普段の不真面目さを感じさせないそれに、彼女はどう応じればいいか分からなかった。だから、任せるしかない。神太郎がゆっくり顔を近付け始めても、彼女は成すがままだった。
互いの鼻先が交差し、唇が迫る。
吐息も感じられた。
乙女は、ただその時が来るのを待つだけ。
そして、
二人の唇が、
重な……、
「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
獣の雄叫び!? 突然聞こえたそれが、ルメシアの視線をつい岸の方へと向けさせた。
……が、神太郎の手がそれを許さない。彼女の顎を掴み、無理やり自分へと向け直させ、こう窘める。
「俺だけを見ていろ」
そして改めて……、
……。
……。
……。
ひと時。
されど濃厚。
僅か十秒の繋がりだったが、ルメシアはとても長く感じられた。離す際も、名残惜しそうに彼を見つめている。唇に残った感触を味わいながら。
「どうだった? 約束通り、やり直したぞ」
神太郎は彼女の頬を撫でながら問うた。前にルメシアが望んだ告白のやり直しである。
ただ、そのルメシアは答えず、軽く目を背けさせるだけだった。それが彼女の返答。どうやら満足してくれたよう。
しかし……、
「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
再び獣の雄叫びが聞こえてくると、その余韻も流石に消し飛んでしまった。正気に戻ったルメシアが一言苦言を呈す。
「もう、早く戻って。神太郎だって聞こえてるでしょう?」
「折角のキス、あんなのに邪魔されたらムカつくだろう。それにあそこで止めてたら、しばらくお預けだったぞ」
「……まぁ、そうかも」
尤も異常事態なのは間違いない。二人は急いで帰路に着いた。
また、そこには神太郎とルメシアも同席していた。一応、勇者の息子と公爵令嬢であるから敬意を払っているのだろう。というか、王女と同席出来る立場の話し相手が彼らしかいなかったと言うべきか。
そういうことなので、いい機会だと神太郎が問う。
「で、王女、ユーは何しにタカマ山へ?」
「日の出を拝みにな」
「日の出?」
「知らぬのか? タカマ山の日の出に祈願をすると、それが叶うという古くからの言い伝えがあるのだ」
「へー」
「本当は山頂からの御来光が良かったのだが、流石にそうもいくまい」
「何をお願いするの?」
「秘密だ」
お忍びで来るほどなのだ。余程のことで個人的なことなのだろう。神太郎も深くは問わなかった。
「ふーん。でも、いいことを聞いた。それじゃルメシア、折角だから俺たちも何か願うか」
「え? ええ、そうね。国家安康とか?」
「君臣豊楽とかな」
そうノリノリに答える彼には、もうすっかり王女に対する不満はなくなっていたよう。しかも……、
「飯が終わったら夜の散歩といくか。こんな機会、滅多にないだろうし」
「いいわね」
「ネクスタリアも行くだろう?」
「え?」
まるで友人のように王女まで誘った。彼女もそんな誘いを受けるとは思わず目を丸くしている。だから、神太郎はもう一回言う。
「散歩だよ。こんな閑静で美しい自然は城壁内じゃ味わえないだろう?」
「い、いえ、私は遠慮しておくわ」
「そう? 残念」
そうガッカリする神太郎をネクスタリアは興味深く見ていた。夕方までは自分に対して怒りを見せていたのに、今ではそれを気に掛ける様子もない。日帰りに拘っていたのに、すっかりこの宿泊を楽しんでもいるようだ。恐ろしく切り替えの早い男である。
三好家は皆揃って前向きタイプだとネクスタリアも聞いていたが、彼に接して初めてそれを実感する。ただの馬鹿ではないかもしれないと、彼女も考え直すようになっていた。
夜の湖畔はすっかり人気がなくなり、物静かだった。いや、実際は虫の声や草木の擦れる音が耳に入ってくる。それが神太郎とルメシアには心地良かった。
「たまにはいいなー、こういうのも。来て良かった」
灯りのランタン片手に、上機嫌に散歩する神太郎。隣を歩くルメシアもその気分転換振りに感心してしまう。
「怒ってたと思ったら、すぐに喜んで……。凄い切り替えの早さだこと」
「そりゃ、そうさ。人生楽しまないと損だろう?」
「確かにね」
彼女もその通りだと思った。将来の罰についてクヨクヨしていても仕方がないのだから、今は今を満喫するべきだろう。そして、神太郎はその気持ちに応えるものも用意していた。
「ルメシア、さっき村人に聞いたんだけど、いいものがあるらしくてさ。それ使っていいって」
「いいもの?」
「ほら、あれ」
そう言って彼が指したのは、湖の桟橋に係留されている船……いや、舟だ。二人しか乗れなさそうな小ささである。
「舟? え? 舟乗るの!?」
当然、ルメシアは不安になる。真夜中に小舟で湖に出るなど、初心者にとってはあまりにも危険である。……が、彼は構わず。
「さぁ、乗った、乗った」
ルメシアは神太郎に流される形で乗せられてしまった。
そして、しゅっぱーつ。舟は沖へと行く。
恐々と船縁を掴むルメシアに、悠々と櫂で舟を漕ぐ神太郎。進む度に舟は揺れ、舟が揺れる度にルメシアの不安が膨らんでいく。だから、彼女は訊かない方がいいと思いつつも一応訊いてしまう。
「ねぇ? 舟は得意なの?」
「いや、初めてだ」
「やっぱ訊かなきゃ良かった」
ただ、舟自体は順調に進んでいた。ルメシアも慣れてくると周囲を見渡す余裕が生まれてくる。特に目を引いたのは上だった。
「わぁ」
夜空にて輝く満月の美しさに、彼女はつい感嘆の声を上げてしまった。周囲に何もない湖上から眺めるそれは、実に幻想的。
停船し、夜景を堪能する二人。灯りが乏しい暗闇の中、それでも二人は互いの顔を確かめることが出来た。それは、月がその男女を祝福するように照らしてくれていたから。
「月が綺麗ですね」
「そうね」
神太郎の言葉に、ルメシアは微笑んで同意した。
邪魔者はいない。
二人だけ。
最高の時間だ。
ただ、遮蔽物のない湖上で風が吹くと、彼女の長い髪は靡き、舟は揺れ、不慣れな彼女を少しよろめかせた。それを神太郎が後ろから抱き支える。
「ありが……」
ルメシアは振り向いて礼を言おうとした。
……言おうとした。
……言おうとしたが、言えなかった。
すぐ目の前にある彼の顔に魅入られていたから。
月明かりに照らされた神太郎の顔を……。
真剣な面持ち。普段の不真面目さを感じさせないそれに、彼女はどう応じればいいか分からなかった。だから、任せるしかない。神太郎がゆっくり顔を近付け始めても、彼女は成すがままだった。
互いの鼻先が交差し、唇が迫る。
吐息も感じられた。
乙女は、ただその時が来るのを待つだけ。
そして、
二人の唇が、
重な……、
「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
獣の雄叫び!? 突然聞こえたそれが、ルメシアの視線をつい岸の方へと向けさせた。
……が、神太郎の手がそれを許さない。彼女の顎を掴み、無理やり自分へと向け直させ、こう窘める。
「俺だけを見ていろ」
そして改めて……、
……。
……。
……。
ひと時。
されど濃厚。
僅か十秒の繋がりだったが、ルメシアはとても長く感じられた。離す際も、名残惜しそうに彼を見つめている。唇に残った感触を味わいながら。
「どうだった? 約束通り、やり直したぞ」
神太郎は彼女の頬を撫でながら問うた。前にルメシアが望んだ告白のやり直しである。
ただ、そのルメシアは答えず、軽く目を背けさせるだけだった。それが彼女の返答。どうやら満足してくれたよう。
しかし……、
「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
再び獣の雄叫びが聞こえてくると、その余韻も流石に消し飛んでしまった。正気に戻ったルメシアが一言苦言を呈す。
「もう、早く戻って。神太郎だって聞こえてるでしょう?」
「折角のキス、あんなのに邪魔されたらムカつくだろう。それにあそこで止めてたら、しばらくお預けだったぞ」
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尤も異常事態なのは間違いない。二人は急いで帰路に着いた。
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