転生金吾 ~戦国一の裏切り者 小早川秀秋、異世界でも人間から魔族へ寝返る~

北条新九郎

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第一章 異世界・天下布武 編

34話 宰相の本性

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 対魔連合・本陣。山頂の魔族同士の争いを遠望していたメルベッセは苛立っていた。

「何をやっているのだ、ザルツフォンは。オカヤマ勢を奇襲しながら攻め切れていないではないか」

 このメルベッセ、何とザルツフォンと繋がりがあったのである。但し、そのことは人間側では誰一人知らない。知られればメルベッセは間違いなく失脚を免れないからだ。ここで魔族を使うのは、謀略家である彼の乾坤一擲の策である。しかし、それが芳しくない。いや、それどころか失敗するだろう。

「くそ、倍以上だぞ。倍以上の戦力で奇襲を掛けたというのに、敗れるというのか……。それほどなのか、ファルティスは……勇者は!」

「どうやら魔族どもが内輪揉めを起こしているようですな」

 そう言いながら、再びやってきたのはルードリアンの将軍。他国の諸将たちも引き連れてきたのは、その内輪揉めについての相談のためだろう。メルベッセも素知らぬ顔でそれに答える。

「所詮は獣ということだ」

 続けてこうも口にした。

「ただ、これは好機でもある。魔族同士が仲違いしている今のうちに、オカヤマ勢へ攻勢を掛けるべきだと思うのだが?」

「今我々が攻めれば、仲違いしている魔族たちが再び協調するやもしれん。このまま見守るのが良かろう。あのまま相打ちになってくれればそれでいい」

「う、うむ……」

 試しにブラウノメラ勢への支援を提案したメルベッセだったが、案の定事情を知らない彼には反対された。

 そして……、

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 山頂から聞こえてきたときの声が、メルベッセの顔を激しく焦燥しょうそうさせた。

 つまり、オカヤマ勢の勝利である。

「勝敗は決したようですな。だが、これで魔族どもの戦力も半減したはず。攻略も容易くなりましたぞ」

 願ってもいない展開だと微笑む将軍。片や、メルベッセは沈黙。持っていた手杖で、延々と地面を突き続けていた。

「メルベッセ宰相?」

「……」

「メルベッセ宰相!」

「何だ!?」

 将軍の呼び掛けに、メルベッセは癇癪かんしゃくを起こすのを必死にこらえて答えた。事情を知らない将軍は、どうしたのか? と、眉間にシワを寄せながらも言葉を続ける。……だが、

「今後はどうされるおつもりか? 敵の戦力が落ちた今、攻勢を掛けるのも手ですぞ」

「攻勢だ!? 今になって言うな!」

 更に吐かれた無理解の建策けんさくが、踏み止まっていたメルベッセの憤怒を爆発させてしまった。

「あのオカヤマ勢を甘く見るな。ブラウノメラ勢七百の奇襲を返り討ちにしたのだぞ。あんな統制の取れた魔族の軍隊相手に、人間が真っ向から敵うものか!」

 正論である。高所という地の利を奪われ、人間を遥かに凌ぐ生物が組織的な攻撃を食らわせてくるとなれば、あそこは人間にとって死地でしかない。……ただ、それは口にしてはならない情報でもあった。将軍は聞き捨てならない言葉を問い返す。

「ブラウノメラ勢七百? 貴方はあの仲間割れのことを知っていたのですか?」

「そうだ、あの魔族たちにオカヤマ勢を討たせる手筈だったのだ! それが失敗した以上、この戦力では勝てん!」

 その指摘に対してメルベッセが素直に自供したのは、もう限界だったからだろう。後のない彼にとって、もう間違いは犯せない。しかし、相手には関係ない。

「あ、貴方は……あろうことか魔族と手を組んでいたのか? 帝国宰相である貴方が!?」

「オカヤマを討つには魔族の力も必要だった! オカヤマはあまりにも危険だ。ここで潰さなければ人間界は滅びるぞ!」

「人間と魔族が組むオカヤマを潰すために、貴様も魔族と組んだと言うのか! 己がしたことが分かっているのか!?」

「オカヤマだ! どんな手を打ってでもオカヤマを潰さなければならないのだ!」

 怒声を放つ将軍に、メルベッセも逆切れの怒声で返す。その総司令官の狼狽うろたえぶりは、相手のみならず他国の将軍や衛兵たちをも呆れさせてしまう。

 戦場では思い通りに事が進まないのは、軍人なら誰もが知っていること。長年城に篭り、人を騙すことしかしてこなかったこの文官にはそれが理解出来ないのだろう。己の保身のために慌てふためく醜い老人。……それが彼らの見立てだった。

 しかし、それは違う。メルベッセが苦しんでいる理由は、命惜しさでもなければ天下統一頓挫とんざでもない。他に理由があったのだ。だが、ここにいる誰もそれを知ることは出来ないだろう。

 しばらくして落ち着きを取り戻した謀略家は、険しい面で睨んでくる将軍に最後の秘策を説く。

「……だが、まだ手はある。セルメイルだ。今頃、セルメイル軍がオカヤマに攻め込んでいるはず。そうすれば山頂のオカヤマ勢も退却せざるを得ず、そこを我々が追撃すれば討ち滅ぼすことが出来る」

「セルメイルとも組んでいたのか、貴様は」

 驚きを越して呆れてしまう将軍。

「儂は天下一の謀略家だぞ。これでバスタルド帝国の宰相にまで成り上がったのだ!」

 それでもメルベッセは誇りをもってそう叫んだ。無数の謀略を自由自在に操ることこそ、彼にとって至高の生き様なのである。

 尤も、それは他人の信頼を損なうことでもあるのだが、彼はそれに気付かず……いや、意に介さず堂々と宣言してみせた。それほどまでに謀略を愛していたのだ。ハッキリ言って異常。そして案の定、将軍たちは疑念の目を向けてしまった。

「……その策、本当に使えるのか?」

「これは対魔連合総司令官としての方針だ」

 強大な帝国の宰相にそう言われれば、もう従う他ない。

「よし、各軍、追撃の準備をしておけ。オカヤマ勢を討った後は、そのままオカヤマに雪崩れ込み、醜い都を破壊尽くしてやる」

 追い詰められた男の醜い憤怒の前で、将軍らは不承不承ふしょうぶしょうの軍礼をするのであった。

 ……と、その時、

「急報! 急報ぉぉぉ!」

 本陣に一人の兵士が駆け込んできた。息を切らしながら諸将たちを押し退け、総司令官の前で跪く。そしてこう叫んだ。

「南方、ヤナワン街道にセルメイル軍が出現! 我が軍の補給路を断ちました!」

「なんだとぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」

 続いて、メルベッセが絶叫した。己の秘策の崩壊を目の当たりにし、絶望の表情を晒す。

「は、話が違う……。話が違うではないか……。メルタニーは何をやっている……」

 最後の秘策が憤怒と共に崩れ去り、湧き上がってくる失望がその肥満体を揺すり始める。メルベッセはひざまずくまいと杖にしがみ付きながら必死に立ち続けた。

「それはこちら台詞だぁぁぁ!」

 そこに三度目の叫びが場を走った。ルードリアンの将軍だ。遂に我慢の限界を迎えた彼は、メルベッセに激情をぶつけ返す。

「言ったではないか! セルメイルへの抑えを向かわせるべきだと! 何だ、この様は!」

「うぐっ……」

「もう限界だ! こうも好き勝手に振舞われては勝てるものも勝てん! ルードリアン軍は離脱させてもらう」

「何だと!?」

「このままセルメイルに退路まで断たれたら、オカヤマどころではなくなる。その前に帰国させてもらう。バスタルドに逆らってでもな」

「ま、待て! ならん、ならんぞ! 今ここで引くことは対魔連合の瓦解、魔族への敗北を意味する。ここは人間たちで団結して……」

「何が団結だ! その団結を破壊したのは貴様であろう!」

「っ……!」

 言葉を失う老夫。周りを見回せば、他の諸将たちも彼に反感、軽蔑の眼差しを送っていた。ルードリアンの将軍の言葉はここにいる全ての者の代弁である。それを証明するかのように、彼らも続けて口を開く。

「我が軍も引き上げさせてもらう」

「我が王の大切な兵を無駄死にさせるわけにはいかぬ」

「勝機は完全に失われた」

 こうして、メルベッセの渾身の謀略『対魔連合』は完全に霧散したのであった。謀略を糧とした彼もその全てを失うと、遂に力なくその場に崩れ落ちてしまう。更には、ここぞとばかりに将軍らの溜まっていた鬱憤がぶつけられる。

「所詮は戦場を知らぬ文官よ」

「こんな馬鹿げた戦は初めてだ」

「見事に汚名を残しましたな」

 力で従わせてきた属国の人間たちに罵られても、メルベッセの顔には怒気が蘇ってこなかった。その呆けた面は抜け殻のよう。これが思うがまま大帝国の政を司った奸物の末路か……。

 その様子を見て、最後にルードリアンの将軍がこう吐き捨てた。

「天下一の謀略家だと? ただの愚策士ではないか」

 だが……それがいけなかった。

「……愚策? 愚策だと?」

 メルベッセが力を振り絞るように訊き返した。……いや、違う。

「今、儂の策が愚策だと言ったのか?」

 力を湧かしながら、だ。手杖を使わず立ち上がった彼は、血眼による凄まじい眼力をもって将軍を睨んだ。鼻息も荒くなり、青筋まで立てている。白い吐息まで吐いていた。

「儂の……俺の策は完璧だった。……貴様らが、貴様ら人間が素直に従っていれば、今頃人間界も魔界も全て制していたのだ!」

 そのドスの効いた声は獣のそのもの。その握っていた手杖にヒビまで入れる腕力は獣以上。その人が変わったような豹変ぶりに将軍もついすくんでしまう。

 そして、「メルベッセ宰……」と呼び掛けた刹那、その顔面をメルベッセの手杖の先がぶち抜いてしまった。

 悲鳴を上げる諸将。返り血を浴びる宰相。

 それはもう老夫の所業ではない。

「ザルツフォンも、メルタニーも、貴様らも、そして勇者も……。どいつもこいつも俺に従わずぅ……」

 いや、人間の所業ですらない。

「俺の最高の謀略を汚しおってぇぇぇ!」

 メルベッセが先ほどから苦しんでいた理由。それは、命惜しさでもなければ天下統一の頓挫でもなかった。

 その理由は至って単純……。

 己の『性』を満たせなかったからである。
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