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全ての始まりは放課後のティータイム

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 セルラが今現在一人でお茶をしているのは決して、彼女が嫌われているからではない、とセルラ自身は思いたかった。
 今日はこのネイビー国立学園で最も大切な日と評される婚約ティータイムの時間なのだ。

「こんな日に限っても私の隣には誰もいないのね」

 セルラがそうやって悲しそうな表情を出しながら、弱音を吐くのも仕方のないことだった。

「今日は自分がこの学園の婚約者に選ばれるかもしれない大切な日。だけど、時間になっても誰も来ない」

 説明しよう。
 婚約ティータイムとは学園の男たちが女の子にティータイムの申し込みをして、オッケイすればその場で即婚約成立というこの学園独自のルールなのだ。
 セルラは今日と言う日を本当は楽しみにしていた。
 心のどこかでセルラ自身のことを好きになってくれる男の子が現れるのではないか、自分も有名なシンデレラのように虐げられていても王子様が自分のことを見つけてくれるのではないか。
 そんな思いを心のどこかに抱いてここまで歩いて来たのだ。
 だけど、そんな幻想はとっくに打ち砕かれている。
 セルラは気づいてしまった。

(私は誰からも選ばれなかった)

 傷ついているだけでは意味がない、といつものセルラならばそう言ったかもしれない。しかし、そんな気力は残っていなかった。

「あら、セルラ。こんなところで一人にみじめにどうしたんですか?」
「……カナリヤ。どうしたの?」

 今セルラに話しかけたものの名前はカナリヤという。セルラにとってはいつも自分のことを虐めるのが当然だと思っている彼女のことがとんでもなく苦手だった。
 どうして、彼女がこんなところまで来たのか。
 その理由はうすうす理解できていた。
 彼女の隣に一人の精悍な顔つきの男の子が立っているのだからすぐに分かるというものだ。

「私はこのリビトと婚約が成立したの。昔から仲が良かったし、それにお互いがお互いのことを大好きだからね。ねえー、リビト!」
「ああ、私は君のことが大好きだよ」

 リビトと呼ばれた少年は明らかにセルラのことを見下した表情で見下ろしていた。

「君は……ああ、カナリヤがたまにかまってあげてる子か。君みたいに友達の居ない女の子にも優しくするなんてさすが僕のカナリヤだ。これからもぜひ優しくしてあげてくれ」

(カナリヤが私にきつく当てってるのは知ってるくせに、どうしてこうもひどいことを言えるのだろうか? ……でもそんなことを考えてももうどうしようもない)

「ああ! そういえば知っていますか? このセルラって子、実はあの悪役令嬢の孫娘なんですよ」
「なに! あの悪役令嬢といえば、絵本にもなっている国王陛下と女王陛下の仲を引き裂こうとした悲しい物語の悪役令嬢か」
「……」
「大正解! よく知っているね、リビト」
「まあ、簡単な推測さ」

 嘘だ、と思った。
 セルラには分かる。きっとカナリヤが私が教科書にも出てくるほどの悪役令嬢の孫娘であることを知ってから、わざとそれを学園中にばらしたのだ。
 セルラがあまりいい境遇ではなくなったのはその時からだった。

「君と婚約をしなければならない男は大変そうだ。だって君はあの悪役令嬢の孫娘なんだから、きっと婚約者のことを虐めて、その婚約者の真実の愛も邪魔するんだからな」
「ほんとね。というかリビトもう行きましょう? これ以上この場所にいたら体が汚れちゃう」
「確かにそうだな。こんな場所にいては魂が汚れてしまうわ」

(どうして私ばかりがこんな思いをしなくてはいけないのだろうか?)

 セルラは幼いころから何かにつけて、「あなたはあの悪役令嬢の孫なんだからきっと将来はあの婆に似るんだわ」と言われてきた。
 彼女からしてみれば優しくて勇敢なお祖母ちゃんなのだが、世間ではそんな目で見てくれない。
 一度ついたレッテルはそう簡単にははがすことができず、お祖母ちゃんは史上最悪の悪役令嬢として名を馳せてしまっている。
 いったいどうしてこんなことになってしまったのだろうか、となんど自問自答したことだろう。
 なぜ悪役令嬢の孫と言うだけでこんなことを言われなきゃいけないのだろうか、とずっと考えていた。
 だけど、たとえばセルラの持っている教科書に載っているネイビー王国の人間を大虐殺した隣の国の王がいるが、その孫と仲良くしろと言われても無理かもしれないとセルラは思ってしまう。
 きっと世紀の大悪人の子孫と言うだけで周りは気持ち悪がるのだから仕方ないと思っていた。
 セルラはもう自分の人生はこれからもずっとこうなのだとあきらめていた。きっといじめられて、迫害されてみじめな人生を送るのだろうとそう思っていた。
 しかし。

「君たち! いったいそこで何をしているのかな?」

 一人の学園の生徒がさっそうと現れて、セルラとカナリヤたちの間に割り込んできた。金髪の綺麗な美しい瞳を持ったまだ少しあどけない様相を持った少年だ。

「で、殿下! どうしてこんなところに!」
「そうですわよ。あなたは婚約者を見つけないといけないでしょ」
「誰かの心が傷ついた音がしたからな、この俺が駆け付けたというわけだよ」

 セルラの瞳が大きく見開かれる。
 この日から、セルラの運命は大きく変わっていく。そんな予感が彼女の胸の中を渦巻いていた。
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