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真司✕千晶

真司、手芸する

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「なぁ、千晶」

それはある日の夜のこと、風呂からあがったばかりの真司がタオルで頭を拭きながらやってきた。真司は黒色のスウェットを着ている。楽だからという理由でパジャマ兼部屋着にしているのだ。千晶はPCのキーボードを叩く手を止めて、真司を見上げた。ブログを絶賛執筆中だったのだ。真司が千晶に手渡してきたのは真司のスマートフォンである。

「このキャラの名前、誰か分かるか?」

「!」

スマートフォンの画面に映っていたのは、なにかのアニメキャラクターだった。千晶にも、なんのキャラクターかは分からない。巨大な剣を構えた、なかなかイケメンのキャラクターである。千晶は自分のスマートフォンで画像検索してみた。

「あ、この子はゲームのキャラクターなんですね。えーと、主人公の勇者さんのようです。名前はないみたいですが…」

「いや、妹二人がこのキャラ推してるからこいつの何か作ろうかなって」

「へ?」

千晶は真司を見上げた。千晶の表情を見た真司が思わずといった様子で笑う。千晶は真司が一体何を作るんだろうと思ったのだ。

「いや、作るって言ったって大したもんは作れないけど、久しぶりに羊毛フェルトをやってみようかなって」

「真司さん、すごいです!それなら細かいデザインが分かる画像送りますね」

「ありがとう」

✢✢✢

千晶はなるべく細かい部分が克明に分かる画像を何枚かネットで探し、真司に送った。

「うん、随分分かりやすいよ。ありがとう」

真司はといえば、チラシの裏にボールペンで何かを描いている。千晶が隣から覗き込むとディフォルメされたキャラが描かれていた。どうやら設計図らしい。なかなか上手いどころか、光った才能を感じる。千晶はそれにまた驚いた。

「真司さん、絵がすごく上手いですね」

真司が照れ笑いする。

「いや、昔の杵柄ってやつだ」

「もし良ければ、俺のブログのアイコン描いてくれませんか?」

「いいけど。ケーキか?」

真司に千晶は首を振って見せる。ケーキのアイコンならすでに使用している。

「なにか可愛いキャラクターがいいです!」

「なー」

飼い猫のナキがいつの間にか真司の膝の上で眠っていたようだ。千晶にも鳴きながら甘えてくる。

「ナキ、お前も真司さんに描いてほしいのか?」

千晶の言葉にナキはまた鳴いた。真司が頷く。

「分かった。それなら二人を描くよ。羊毛フェルトが完成してからでもいいか?」

「はい!」

「なー」

✢✢✢

「へえ、羊毛フェルトって針を刺して安定させるんですね」

千晶は真司の隣で作業を見つめている。

「あぁ。でももっと簡単にキャラクターのグッズとかが良かったかもなぁ。公式だし」

真司は作りながら弱気な声で言う。

「それなら俺にください」

「いや…でも」

「ください」

千晶の圧に真司が困ったように笑った。最終的には分かったよと首肯する。

「真司さん、そういうの全然話してくれない。趣味とか好きなこととかすごく大事なことなのに」

むすー、と千晶が膨れてみせると真司がまた笑う。

「笑い話じゃないんですよ!俺、真司さんのパートナーなんです!」

「いや、大したことじゃないかと思ったんだ」

「それを判断するのは俺です」

「そうか、そうだな」

真司が千晶の腕を掴んで引き寄せた。

真司にこうして抱き寄せられるだけでこんなに胸が熱くなるのは相手が真司だからだ。温かい広い胸に顔を寄せると真司の鼓動がする。真司は確実に生きていて、自分をとても愛してくれる。兄の顔が頭を過った。優しい兄の笑顔。

「千晶」

名前を呼ばれて見上げるとキスされていた。それに急激に顔が熱くなる。唇が離れても触れそうなくらい近い場所に真司がいる。真司はいつもと変わらず優しく笑っている。千晶は彼の唇にそっと唇を重ねるのだった。

おわり


~おまけ~

真司は仕事から帰ってきてから、こつこつ羊毛フェルトを作り、ついに完成させた。そのクオリティの高さに千晶は驚いてしまった。当然写真を撮らせてもらった。もちろんブログに載せるつもりで。
真司の妹二人はもちろん喜んだ。千晶はそれに内心がっかりしてしまった。もしかしたら自分のものになったかもしれないのにと。羊毛フェルトで作られたキャラクターは厳重に梱包されて発送された。

「千晶の分も作ろうか?このキャラクターじゃなくてもいいぞ」

「え、でも…」

「今を逃したら一生作らないかもしれない」

「!」

悪戯っぽく真司に言われて、千晶は思い切って最推しのゲームキャラクターを作ってもらうことにした。それは、可愛らしいエルフのキャラクターである。

「千晶は本当にこのキャラクター好きだよな。信念を貫いていてすごくいいと思う」

真司にそう褒められると少し照れ臭い。真司は早速キャラクターの設計図をおこしている。それがまた可愛らしいのだ。

「あ、このイラスト、アイコンにしたいです」

「いいぞー。せっかくだからいい紙に描き直して、千晶が色を塗ればいいじゃないか」

「合作ですね!」

「あぁ」

毎日、真司の隣で作業を見ているのは楽しい。千晶は隣でアイコン用のイラストに色を塗りながら、兄の笑顔を思い出していた。もう大丈夫だよ、と語りかけながら。

おわり
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