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チケット

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「美味っ!姫華さん、美味しいです!」

「ふふ。よかったです」

透花は姫華が作った豆腐ハンバーグを食べている。今日は「ぴゅあーず」で頼んだチキンサラダしか食べていないので空腹の胃に沁みた。
もちろん今も豆腐ハンバーグ単品だが、何も食べないのと比べれば雲泥の差である。

もうすぐ計量なのでこれからは出来る限り、水分も控えなければならない。
おかげで夏場は毎年死にそうになる。

「今だって締まった体をされているのにさらに減量なんて」

姫華に心配そうに言われて、透花は笑った。

「計量さえ終われば沢山食べられるんで大丈夫です」

「透花くんは本当にキックボクシングがお好きなんですね」

「好き…」

姫華の言葉に透花は考えた。
確かにキックボクシングを始めた当初は、楽しくてしょうがなかった。
父親や周りの大人達が自分を手放しで褒めてくれたからだ。手先が不器用で、勉強も苦手だった透花には、まるで麻薬のようにそれは効いた。

とにかく練習さえ頑張れば自分はこの世に生きていていいのだといつの間にか思い込んでいた。

だが、実際プロになってみると生きにくいことこの上なかった。
練習はハードで、好きなものはなかなか食べられず、たとえ賞金を貰っても使う時間もない。

あれ…と透花は思う。

(俺…なんのためにキックボクシングしてるんだっけ?)

今までは生きるためだと自分に言い聞かせてきたが、どうやらそれは違ったようだと改めて実感する。

「お…俺…」

「透花くん?」

透花は溢れてくる感情を止められなくなっていた。

「俺、キックボクシングのこと嫌いになってて…でもっ、俺にはそれしかできないし…っ」

瞳から涙がボロボロ零れる。

「頑張ってるんですね、透花くんは」

ぎゅ、と姫華が透花を優しく抱き締めてくれた。そんな優しさが嬉しくて、透花は姫華の腕の中でオイオイ泣いてしまった。

「ずみません…」

「ティッシュありますから」

姫華が透花に、ボックスごとティッシュを渡してくれる。

「で、どうしましょうか?」

「え?」

なにをどうするのか透花にはさっぱり分からない。姫華が真剣な顔で言う。

「透花くんはこれからもキックボクシングだけで食べていけますか?」

「う…」

そう言われてしまうと自信はない。
選手を引退したらコーチなどの指導をする側に回ることもあるが、高卒の自分にそれは難しそうだ。
悩み始めてしまった透花に姫華は笑った。

「大丈夫ですよ、透花くん。
この世界には沢山生き方があります!」

「姫華さん…」

姫華がぴら、と出してきたもの。それはチケットだった。どうやらコンビニで発券してきたらしい。

「透花くんの次の試合、楽しみにしていますね!」

姫華の笑顔に、透花は頷く事しかできなかった。
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