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暑い夏はすぐ過ぎ去ってしまう。
今年はなんだかすごく寒くて、残暑も感じられないくらいだった。
あっという間に秋が来てしまった。

私とキリト様はその間も手紙のやりとりをしていた。

「わぁ、綺麗」

届いたばかりのキリト様からの手紙を開けると、紅葉した葉の栞が入っていた。

「ムギー、じじいが居間に来いってさ」

「うん、今行くわ」

ユイ兄様の怪我はすっかり良くなっていた。
前みたいに隠れて木に登っては学校を黙ってサボったりしているらしい。
やっぱりユイ兄様はこうじゃないとね。

私は手紙を机に置いて居間に向かった。
居間には家族が全員揃っている。
私が座るのを見計らって、お父様は話し出した。

「ツムギ。クヴェール伯爵様が、お前に別邸に遊びに来て欲しいと言っているがどうする?
というより、キリトさんからの強い要望だそうだ」

お父様の言葉に私は嬉しくなった。

「儀式じゃないのに行ってもいいの?」

「むぐ…まぁ、それはそれであってだな」

困っているお父様にお母様が笑っている。

「ツムギが決めればいいんだぞ!」

と、トーマス兄様が言ってくれた。

「俺も行く!ムギ一人じゃ寂しいじゃん」

「ユイ。誘われてるのはツムギなのよ」

「そんな…」

「ツムギなら大丈夫。私達にお手紙をくれるわよね?」

「もちろん」

お母様にしばらく優しく諭されて、ユイ兄様は渋々といった様子で頷いた。

「お父様、お母様、私行きたい。
キリト様のおそばにいたいの」

「うん、そうだな。
キリトさんはツムギをとても好いてくれているし」

「そうね。もし心配ならあの子に頼みましょうか」

「あぁ、そうだな。そうするとしよう」

『あの子』と言われて私は嬉しくなった。
彼女に久しぶりに会えるのだ。

「ツムギ、今すぐ、旅の支度をしなさい。
出発は明朝だ」

「はい」

ーーー

「ちぇー、俺も行きたかったわー」

ユイ兄様がブツブツ言いながら私の支度の様子を見ている。

「ユイ兄様、キリト様にユイ兄様が別邸に来てもいいか私から聞くわ」

「え?いいん?」

「ユイ兄様は会いたいでしょう?」

「ま…まあ」

ユイ兄様が照れたように笑う。
ユイ兄様は『あの子』が大好きである。
彼女もまたユイ兄様を好いてくれている。

「元気にしてるかな、ロジェ」

「会うのは何時ぶりだろうね」

「えー?二年ぶりくらい?」

ロジェは、私達ヴァル家に古くから仕えてくれているアーノルド家の娘さんのうちのひとりだ。
彼女には私達の護衛という役目がある。
何故なら彼女が凄まじく強かったためだ。戦乙女という二つ名を冠している。
その業界ではなかなかの有名人らしい。
(ロジェは私達と同じ年齢だ。)

「ロジェと一緒にいられるなんていいなー、ムギ」

「大丈夫。ユイ兄様もすぐ会えるわ」

「そうだといいな」

ふふ、とユイ兄様が幸せそうに笑う。
明日私は旅立つ。キリト様にも会えるしロジェにも会える。

(糸井紬には、生きていくための些細な幸せもなかった)

こんな声が頭の奥で聞こえてきた気がした。
それに悔しくなって私は心の中でこう唱えた。

(紬、私はあなた。すごく大事にされてるわ。皆、あなたが大好きだよ)

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