私が愛した少女

おっちゃん

文字の大きさ
上 下
10 / 14
第二章 濁流の教員生活

再出発

しおりを挟む
 8月、高認の試験。紫野はどの教科にも手応えを感じて終えることが出来た。試験の最終日は待ち合わせて食事を共にした。
 やはり、社会系に不安があったが、なんとかなりそうな気がする。試験が終わるとネット上に解答がアップされていたので、自己採点させて見ると、初日の科目は合格ラインを越えていた。ところが、2日目の試験で思いも寄らぬことが起こってしまった。試験官がアナウンスミスをしてしまい、問題の選択を誤ってしまったのだ。試験官が文科省の指示通りにアナウンスしていれば、紫野はすべての科目に一発合格していたはずだった。
 8月の終わり、明日から9月になるという頃、紫野に合格通知が届いた。やはり、あの科目だけが不合格だった。
 家庭の問題から小学校から不登校になりやっと入った高校では嫌がらせを受けて退学。紫野には何も悪いところはない。それなのに、彼女はどんどん学校という社会から排除されてきた。
 そんな彼女が蝋人形の仕打ちで身も心も死にかけた私に手を差し伸べた。私は紫野に勉強を教えることで蘇ったのだ。以来、私はずっと紫野の応援をして来た。紫野を連れて高校の先生に会いに行ったこともある。しかし、紫野の折れた翼は元に戻ることはなかった。留年の宣告をいけた後、私はすぐに二人の友人に相談した。彼らは同様に高認を受けさせることを勧めた。そこで、私は高認の過去問を調べ、私に教えられるかを判断したのだ。理系はなんとかなるが文系に自信がなかった。しかし、そういう訳には行かないので、世界史、日本史も教えられるようになろうと決意したのだ。
 日本史はともかくとして、世界史は困った。そこでまず中国四千年の歴史から攻略し、オスマン帝国、ムガル帝国など特徴ある歴史を攻略して行った。まるで、自分がセンター試験を受けるかのようだった。それに呼応するかのように、紫野も努力した。体調を壊して一緒に勉強できない時などは私に怒られながらも、高校受験の時と同じように着いて来た。
 だから、7科目も合格したのだ。あと1科目で彼女は18才の4月1日をもって高卒の資格が手にはいるのだ。
 ところで、これで終わらないのが私だ。紫野にはセンター試験を受けることを勧めた。もちろん、大学には行かない。センター試験を受けて、名のある大学に合格するだけが目的だ。
今の時代、大学を卒業してもそれだけでは何の役にも立たない。紫野の目指す仕事も大学を卒業する必要はない。しかし、目指す仕事に就いたとき、「実は大学入試センター試験に合格し、○○大学に合格したんだけど行くのは止めた。」なんてことあってもいいかなと思う。
高校受験と違って一人抜ければ一人補欠で合格するのが大学だから、誰にも迷惑はかからないだろう。むしろ、大学に学費が入る。
 私も8月で仕事をやめようと思ったが残念ながら、やめることはできなかった。これからも紫野の勉強をみながら、高校受験の子と高校退学者で高認を受けたいという子の面倒をみながら生きていきたい。
 私も紫野も同時に再出発をすることができるのだ。
しおりを挟む

処理中です...