黒獣ダンジョン殺人事件

Sora jinNai

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インフェルノ

カロンの船渡し

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クテラ島 街道 12:29 p.m. フランチェスコ

 教会を出た調査団は遺跡を目指して出発した。

 クテラ島北側のオラクリオ港より南下、山際まで行くとくだんの遺跡がある。
 古代文明の残した宮殿跡と考えられたその遺跡は、旧教に登場する宮殿から名前を取って「グノートス宮殿」と呼ばれている。

 温かに見下ろす太陽。吹く風も海の湿り気をまとっていて、まるで包みこまれるようだ。広く踏み鳴らされた道の左右には、オリーブの木が一定の間隔で植えられている。

 クテラ島やエンティア共和国周辺の気候は特殊だ。一年を通して暑すぎず、寒すぎない。しかし夏は降水量ががくりと低くなり、小麦などの穀物が育たない。そのためこのように広大なオリーブ農園が形成されているのだ。その他の食材はほぼ全て輸入で賄っている現状である。

 エンティアがセレーネ帝国を無碍むげに出来ない理由がここにある。セレーネは農作・畜産物を輸出する、大陸では有数の商売相手なのだ。

 フランチェスコは興味のない地理や貿易の話を聞き流しながら云う。
「ところで、なぜそんな話を僕になさるのですか。えーと…サラディンさん」
「アイディン・スヴァーリですよ、アリギエリ君」

 アイディンは鼻上のメガネを定位置に戻して云う。
「いいですか、知識とは何でもかんでも取り入れる必要はありません。自分に必要そうなものだけを選り好みすれば良いんです。エンティアに行き、クテラに来て、遺跡に向かう。それに関わる知識だから教えるんです」

 フランチェスコは露骨に嫌な顔をしたがアイディンは話を続けた。

 旧教におけるグノートス宮殿は、王の息子が半神半人の姿で生まれたためそれを隠す目的で建てられたとされる。本来は俗称であったが名前だけが独り歩きし、いつしか本当に半神半人の王子が眠っていると信じられている。

「1499年にも調査団が結成されたのですが、そちらはモンスターに襲われて全滅したらしいです」
「99年というと、10年前ですか」
 フランチェスコは気がついたように云った。

「全滅の原因は分かっているのですか。盗賊か、モンスターか、はたまた落盤事故なんてことも」
「そのあたりも不明だから、今回は随分な大所帯で向かうわけですよ」

 情報を引き出そうと適当な質問を投げかける。
「ところで、海上の島であってもモンスターはいるのですね」
「地を這うだけがモンスターじゃありません。飛び、泳ぎ、登る。今なおそうやって生息域を広げているんです」

 モンスター退治を9年間続けたフランチェスコにとっては釈迦に説法であったが、彼の見せる慇懃無礼いんぎんぶれいな態度はおくびにも出さなかった。アイディンの言動が、大人の持つ世俗さみたいなものをまるで感じさせなかったためだった。

「お詳しいのですね。この島にはどんなものが」
「そうですね、たしかフェロシャスブルやクルールフォックス。山の中にはブラッドウルフやジャイアントバット、シャーパモールなどがいたはずです」

 雄牛に狐、狼、蝙蝠、土竜。フランチェスコは順にイメージしていく。自分がそれらを倒した時を思い出し、攻撃方法の対策や弱点を洗い直した。
 そして頭の中で全てのモンスターを倒し終えると顔を上げる。

「僕は一通り倒したことがありますから、大体のことはわかります。群れを作るフェロシャスブルとブラッドウルフは厄介ですが、ブルの餌になるようなものはこの辺にないし、畜産を行わない港方面にウルフが来ることも珍しいでしょう。どんなに強い相手も会敵しなければ怖くありません。最大の敵はシャーパモールです」
「ほほう、それは何故です」
 アイディンは興味深そうに質問する。

「穴を掘られて貴重な遺跡が崩れかねません」
「ふふ、それは確かに」

 道はゆるやかに傾斜がかかり、一行は丘に登った。
 丘といっても見晴らしの良いものではない。あたりは糸杉と樫の木で囲まれていた。
 フランチェスコたちは根がむき出したデコボコの道を注意深く進む。

 すると一気に開けた場所に出た。

 一帯は石の塊がむき出しになっていた。レンガのようにきちりと幾何学形に裁断されていて、それが文明によって作られたものだとひと目で分かった。同じ大きさの長方形が平行に並べられ、見事な階段を成している。教会とは異なる神秘性に一同は息を呑んだ。

「ここはすごいところでしょう」
 レアンドロは誇らしげに語った。高笑いの度に膨んだ腹が弾む。

「巨大な岩が寸分違わず直角に裁断されている。あっちはへこみや出っ張りのない、滑らかに切り出された石柱。それが支える神殿跡には彩色された壁画も現存しています。こんなものが2000年以上も前に作られているんなんて、とても信じられないですな。王家の巨大墳墓が金剥ぎや盗掘で失われる一方、旧教の神を祀った壁画はこうして美しく残されている。これは偶然か、それとも神の意図したものか」

 レアンドロは誰に向けるでもなく興奮した様子で喋り続ける。その興奮に水を差す用にリュディガーが口を挟んだ。
「今回の目的は観光ではなく、宮殿に残された地下遺跡の調査です」
 ゴホンと咳払いをすると、ルチョーニは地下遺跡の入口へ案内した。

 地下への入口は開けた場所にあった。崩れ落ちた壁や柱の間に、どこまでも深い闇へ階段が伸びている。

 傭兵たちは荷物を解き、各々の武器や防具を装備し始めた。
 フランチェスコはレザーアーマーを着込む。左腰にファルシオンを携え、右腰には使い古しの清め布を垂らした。周りの傭兵たちは彼の布をちらちらと横目で伺う。彼はその視線にすぐ気がついたが、気にせずカイトシールドをきつく腕に結びつけた。

 地下を固まって歩くことは難しいため、10人前後で分隊を作る。身分の低い戦奴であるフランチェスコは当然というべきか、最前線の最も危険なグループに割り当てられた。

 オイルランプに火を灯すと、フランチェスコたちは闇の中へと踏み込んだ。
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